113 / 175
4章
22.ギュンタのクマ
しおりを挟む
やっと昨日、空調管理アイテムが無事に完成した。
自動車に付けた漏斗と似たような物を取り付けるところまで決めたは良かったものの、詰め込める制限を調べたり、大きさの調整をしたりと想像以上に時間がかかってしまった。
だが時間の分だけの成果は得られた。
ファドゥール領の分もスカビオ領の分もどちらも満足のいく出来で、共に感謝された。
荷台に載せて届けに来たついでにイヴァンカと会ってお茶をして、今度はギュンタとも少し話をしていこうと思った。けれどギュンタは空調管理アイテムの様子を見に来ることはなかった。
最近は自分の薬草園に篭もりがちになったらしいとは聞いていたが、まさか今日も出てこないとは……。
「学園に入学したら三年は薬草園から離れるでしょう? だから今のうちにやれることはやっておきたいって。心配だけど、研究に打ち込むギュンタが好きだから、今は我慢しているの」
イヴァンカはお茶を飲みながらそう話してくれた。
タイミング的にサルガス王子が王都に向かってから篭もりだしたようなので、身近な人が王都に行ったことで自覚させられたといったところだろう。
イヴァンカと同じく、私も研究に打ち込むギュンタが好きだ。真っ直ぐな姿勢は応援したくなる。
だから邪魔にならない程度に声だけかけることにした。
「ギュンタ、いる?」
「ウェスパルにルクスさん。いらっしゃい。今日はどうしたんだ?」
「空調管理アイテムのメンテナンスが終わったから置きに来たの。温度調整も出来るようにしたから、後で確認してみて」
「そっか、ありがとう」
「それより、クマがひどいけど大丈夫? ちゃんと休んでいるの?」
ギュンタの目の下には真っ黒いクマが出来ていた。
とても数日では育てられないほど立派なものだ。応援したい気持ちもあるが、ここまで酷いと心配になってしまう。
あまりの様子にルクスさんも眉間に皺を寄せている。
「休んではいるんだけど、最近眠りが浅いみたいで……」
「良かったら温泉に入ってみない? リラックスすれば眠れるようになるかも」
「周りの人間で同じような症状が起こっている奴はいないのか」
「いや、俺だけ。研究が気になって眠れてないだけだと思う」
「そうか」
ルクスさんはまだ納得がいっていないようだ。
私も少しだけ引っかかっている。
ギュンタの真っ直ぐさは何も今に始まったことではない。今回に限ってここまで寝不足が続くなんてあるのだろうか。
彼の死因が寝不足だなんて思いたくはないが、すでにお兄様は領に帰ってきている。
時期が時期だけに普段以上に心配になってしまう。
「栄養剤も飲んでいるし、まだ続くようだったら温泉に浸からせてもらうよ」
けれどギュンタは軽く笑うだけ。
当の本人はそこまでのこととは思っていないようだ。
「あまり根を詰めすぎるなよ?」
「研究も大事だけど、体調が一番だから。無理しないでね」
大事な幼馴染みに「死ぬかもしれないんだよ!」なんて言えるはずもない。
伝えられるのは遠回しな言葉だけだった。
「あんまり長居しても邪魔になるからお暇するね」
「ありがとう。アイテムも後で見せてもらうよ」
「きっと驚くから覚悟しておいて!」
精霊達と話しているルクスさんに声をかけ、ギュンタの薬草園を後にする。
「精霊達と何を話していたんですか?」
「ギュンタのことを少し、な。我の思い過ごしだと良いのだが……」
「眠れないっていうのは心配ですよね。また近いうちに様子を見に来ましょう」
「うむ」
車を走らせながら、一週間後にギュンタの様子を見に行くことに決めた。
その際、元気がないようだったらあの激マズ薬を飲ませよう。
あんなにマズいものを飲んだらきっと目が覚めるどころか一周回って眠くなるはずだ。
どんな仕上がりにするかと盛り上がっているうちに家に着いた。
どうかギュンタにあれを飲ませずに済みますようにーー。
そんな私の願いは叶うことはなかった。
薬の瓶を手に、一週間ぶりに訪れた薬草園で見たのはやつれたギュンタの姿だった。
「よく来たな」
「ねぇ、ギュンタ。今からでも休んだ方がいいんじゃ……」
「もうすぐキリのいいところまで行くんだ。そうしたら休むから」
声は弱々しく、笑みにも元気がない。まだ眠れていないようだった。
明らかに大変な状態なのに、本人はまだ進もうとしている。異常だった。
「それでは遅いのだ」
ルクスさんは人型になると、私の手から瓶をひったくった。蓋を取り、強引にギュンタの口に突っ込む。抵抗する彼の頭を押さえ、瓶を傾ける。
「何しているんですか!」
慌てる私とは打って変わって、周りの精霊達が彼を止める様子はない。
むしろ私の前で両手を広げている。まるで手出しはしてくれるなとでも言っているようだ。
どうするべきか迷っているうちに、ギュンタはふらりと倒れてしまった。
よく眠れるようにと安眠効果のある草を入れたが、あの草に即効性はない。あまりのまずさに気を失ったのだろう。スウッと寝息が聞こえてくる。
強引なやり方だったが、眠りについてくれたらしい。
だがルクスさんはそこで止まるつもりはないようだ。
「よし、寝たな。今のうちに済ませるぞ」
「済ませるって何を?」
「詳しい話は後だ。ウェスパル、ギュンタの胸に手を乗せろ」
「え、なんで」
「早くしろ!」
「はいっ」
「頭の中で大きな時計を思い浮かべるのだ。そしてその針を逆の方向へ進ませろ。戻れと強く念じながら、我が止めろというまで時計の針を巻き戻し続けろ」
意味は分からない。
けれどルクスさんは切羽詰まっている様子で、精霊達は手を組んで祈りを捧げている。
私はそれに答えるしかない。
言われた通りに時計を思い浮かべ、針を戻していく。
戻れ、戻れ。
そう強く念じながら。
自動車に付けた漏斗と似たような物を取り付けるところまで決めたは良かったものの、詰め込める制限を調べたり、大きさの調整をしたりと想像以上に時間がかかってしまった。
だが時間の分だけの成果は得られた。
ファドゥール領の分もスカビオ領の分もどちらも満足のいく出来で、共に感謝された。
荷台に載せて届けに来たついでにイヴァンカと会ってお茶をして、今度はギュンタとも少し話をしていこうと思った。けれどギュンタは空調管理アイテムの様子を見に来ることはなかった。
最近は自分の薬草園に篭もりがちになったらしいとは聞いていたが、まさか今日も出てこないとは……。
「学園に入学したら三年は薬草園から離れるでしょう? だから今のうちにやれることはやっておきたいって。心配だけど、研究に打ち込むギュンタが好きだから、今は我慢しているの」
イヴァンカはお茶を飲みながらそう話してくれた。
タイミング的にサルガス王子が王都に向かってから篭もりだしたようなので、身近な人が王都に行ったことで自覚させられたといったところだろう。
イヴァンカと同じく、私も研究に打ち込むギュンタが好きだ。真っ直ぐな姿勢は応援したくなる。
だから邪魔にならない程度に声だけかけることにした。
「ギュンタ、いる?」
「ウェスパルにルクスさん。いらっしゃい。今日はどうしたんだ?」
「空調管理アイテムのメンテナンスが終わったから置きに来たの。温度調整も出来るようにしたから、後で確認してみて」
「そっか、ありがとう」
「それより、クマがひどいけど大丈夫? ちゃんと休んでいるの?」
ギュンタの目の下には真っ黒いクマが出来ていた。
とても数日では育てられないほど立派なものだ。応援したい気持ちもあるが、ここまで酷いと心配になってしまう。
あまりの様子にルクスさんも眉間に皺を寄せている。
「休んではいるんだけど、最近眠りが浅いみたいで……」
「良かったら温泉に入ってみない? リラックスすれば眠れるようになるかも」
「周りの人間で同じような症状が起こっている奴はいないのか」
「いや、俺だけ。研究が気になって眠れてないだけだと思う」
「そうか」
ルクスさんはまだ納得がいっていないようだ。
私も少しだけ引っかかっている。
ギュンタの真っ直ぐさは何も今に始まったことではない。今回に限ってここまで寝不足が続くなんてあるのだろうか。
彼の死因が寝不足だなんて思いたくはないが、すでにお兄様は領に帰ってきている。
時期が時期だけに普段以上に心配になってしまう。
「栄養剤も飲んでいるし、まだ続くようだったら温泉に浸からせてもらうよ」
けれどギュンタは軽く笑うだけ。
当の本人はそこまでのこととは思っていないようだ。
「あまり根を詰めすぎるなよ?」
「研究も大事だけど、体調が一番だから。無理しないでね」
大事な幼馴染みに「死ぬかもしれないんだよ!」なんて言えるはずもない。
伝えられるのは遠回しな言葉だけだった。
「あんまり長居しても邪魔になるからお暇するね」
「ありがとう。アイテムも後で見せてもらうよ」
「きっと驚くから覚悟しておいて!」
精霊達と話しているルクスさんに声をかけ、ギュンタの薬草園を後にする。
「精霊達と何を話していたんですか?」
「ギュンタのことを少し、な。我の思い過ごしだと良いのだが……」
「眠れないっていうのは心配ですよね。また近いうちに様子を見に来ましょう」
「うむ」
車を走らせながら、一週間後にギュンタの様子を見に行くことに決めた。
その際、元気がないようだったらあの激マズ薬を飲ませよう。
あんなにマズいものを飲んだらきっと目が覚めるどころか一周回って眠くなるはずだ。
どんな仕上がりにするかと盛り上がっているうちに家に着いた。
どうかギュンタにあれを飲ませずに済みますようにーー。
そんな私の願いは叶うことはなかった。
薬の瓶を手に、一週間ぶりに訪れた薬草園で見たのはやつれたギュンタの姿だった。
「よく来たな」
「ねぇ、ギュンタ。今からでも休んだ方がいいんじゃ……」
「もうすぐキリのいいところまで行くんだ。そうしたら休むから」
声は弱々しく、笑みにも元気がない。まだ眠れていないようだった。
明らかに大変な状態なのに、本人はまだ進もうとしている。異常だった。
「それでは遅いのだ」
ルクスさんは人型になると、私の手から瓶をひったくった。蓋を取り、強引にギュンタの口に突っ込む。抵抗する彼の頭を押さえ、瓶を傾ける。
「何しているんですか!」
慌てる私とは打って変わって、周りの精霊達が彼を止める様子はない。
むしろ私の前で両手を広げている。まるで手出しはしてくれるなとでも言っているようだ。
どうするべきか迷っているうちに、ギュンタはふらりと倒れてしまった。
よく眠れるようにと安眠効果のある草を入れたが、あの草に即効性はない。あまりのまずさに気を失ったのだろう。スウッと寝息が聞こえてくる。
強引なやり方だったが、眠りについてくれたらしい。
だがルクスさんはそこで止まるつもりはないようだ。
「よし、寝たな。今のうちに済ませるぞ」
「済ませるって何を?」
「詳しい話は後だ。ウェスパル、ギュンタの胸に手を乗せろ」
「え、なんで」
「早くしろ!」
「はいっ」
「頭の中で大きな時計を思い浮かべるのだ。そしてその針を逆の方向へ進ませろ。戻れと強く念じながら、我が止めろというまで時計の針を巻き戻し続けろ」
意味は分からない。
けれどルクスさんは切羽詰まっている様子で、精霊達は手を組んで祈りを捧げている。
私はそれに答えるしかない。
言われた通りに時計を思い浮かべ、針を戻していく。
戻れ、戻れ。
そう強く念じながら。
0
お気に入りに追加
473
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢は、どう考えても悪役の器じゃないようです。
三歩ミチ
恋愛
*本編は完結しました*
公爵令嬢のキャサリンは、婚約者であるベイル王子から、婚約破棄を言い渡された。その瞬間、「この世界はゲームだ」という認識が流れ込んでくる。そして私は「悪役」らしい。ところがどう考えても悪役らしいことはしていないし、そんなことができる器じゃない。
どうやら破滅は回避したし、ゲームのストーリーも終わっちゃったようだから、あとはまわりのみんなを幸せにしたい!……そこへ攻略対象達や、不遇なヒロインも絡んでくる始末。博愛主義の「悪役令嬢」が奮闘します。
※小説家になろう様で連載しています。バックアップを兼ねて、こちらでも投稿しています。
※以前打ち切ったものを、初めから改稿し、完結させました。73以降、展開が大きく変わっています。
闇黒の悪役令嬢は溺愛される
葵川真衣
恋愛
公爵令嬢リアは十歳のときに、転生していることを知る。
今は二度目の人生だ。
十六歳の舞踏会、皇太子ジークハルトから、婚約破棄を突き付けられる。
記憶を得たリアは前世同様、世界を旅する決意をする。
前世の仲間と、冒険の日々を送ろう!
婚約破棄された後、すぐ帝都を出られるように、リアは旅の支度をし、舞踏会に向かった。
だが、その夜、前世と異なる出来事が起きて──!?
悪役令嬢、溺愛物語。
☆本編完結しました。ありがとうございました。番外編等、不定期更新です。
【完結】婚約者はお譲りします!転生悪役令嬢は世界を救いたい!
白雨 音
恋愛
公爵令嬢アラベラは、階段から転落した際、前世を思い出し、
この世界が、前世で好きだった乙女ゲームの世界に似ている事に気付いた。
自分に与えられた役は《悪役令嬢》、このままでは破滅だが、避ける事は出来ない。
ゲームのヒロインは、聖女となり世界を救う《予言》をするのだが、
それは、白竜への生贄として《アラベラ》を捧げる事だった___
「この世界を救う為、悪役令嬢に徹するわ!」と決めたアラベラは、
トゥルーエンドを目指し、ゲーム通りに進めようと、日々奮闘!
そんな彼女を見つめるのは…?
異世界転生:恋愛 (※婚約者の王子とは結ばれません) 《完結しました》
お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!
みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した!
転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!!
前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。
とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。
森で調合師して暮らすこと!
ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが…
無理そうです……
更に隣で笑う幼なじみが気になります…
完結済みです。
なろう様にも掲載しています。
副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。
エピローグで完結です。
番外編になります。
※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。
【完結】悪役令嬢のトゥルーロマンスは断罪から☆
白雨 音
恋愛
『生まれ変る順番を待つか、断罪直前の悪役令嬢の人生を代わって生きるか』
女神に選択を迫られた時、迷わずに悪役令嬢の人生を選んだ。
それは、その世界が、前世のお気に入り乙女ゲームの世界観にあり、
愛すべき推し…ヒロインの義兄、イレールが居たからだ!
彼に会いたい一心で、途中転生させて貰った人生、あなたへの愛に生きます!
異世界に途中転生した悪役令嬢ヴィオレットがハッピーエンドを目指します☆
《完結しました》
シナリオ通り追放されて早死にしましたが幸せでした
黒姫
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢に転生しました。神様によると、婚約者の王太子に断罪されて極北の修道院に幽閉され、30歳を前にして死んでしまう設定は変えられないそうです。さて、それでも幸せになるにはどうしたら良いでしょうか?(2/16 完結。カテゴリーを恋愛に変更しました。)
ヒロイン気質がゼロなので攻略はお断りします! ~塩対応しているのに何で好感度が上がるんですか?!~
浅海 景
恋愛
幼い頃に誘拐されたことがきっかけで、サーシャは自分の前世を思い出す。その知識によりこの世界が乙女ゲームの舞台で、自分がヒロイン役である可能性に思い至ってしまう。貴族のしきたりなんて面倒くさいし、侍女として働くほうがよっぽど楽しいと思うサーシャは平穏な未来を手にいれるため、攻略対象たちと距離を取ろうとするのだが、彼らは何故かサーシャに興味を持ち関わろうとしてくるのだ。
「これってゲームの強制力?!」
周囲の人間関係をハッピーエンドに収めつつ、普通の生活を手に入れようとするヒロイン気質ゼロのサーシャが奮闘する物語。
※2024.8.4 おまけ②とおまけ③を追加しました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる