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3章
◆シェリリン=スカーレットの幸せ(前編)
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『あなたが愛している男性は誰ですか?』
もしもそんな質問が投げかけられたなら、シェリリンは迷わず父の名を挙げることだろう。そして愛している女性はと聞かれれば母を挙げる。
幼い頃からずっと両親が大好きで、二人が理想の夫婦であった。
今もそれは変わらない。きっとこの先も。
父のように一心に愛してくれる男性が理想だった。だが政略結婚が一般的な貴族に生まれたからには、心から愛し合えるパートナーとめぐり合うことは難しい。それでも両親はその奇跡を引き当てたのだ。
ならば自分も。
そう願ったシェリリンは純粋だった。
純粋に父のような男性を求め、両親のような夫婦になることを望んだ。
そして第二王子 サルガスと出会った。
彼は父のように優しい瞳をしてはいなかったが、一目で強く惹かれた。
それが初恋であると確信していたし、長らくそう信じていた。
だがとあることがきっかけで、幼い頃から恋だと思い込んでいた感情は恋ではなかったことを理解させられた。
シェリリンがしていたのは『恋』ではなく『乞い』であったのだと。
今になって思うと、自分と同じく愛を欲する彼とならきっと上手く行くと信じていたのだろう。なんと醜く、けれど純粋な思いだった。
シェリリンは母のようになりたかった。
サルガスにひたすらに愛を乞えば、彼が父のようになってくれるのではないかと思っていた。
過去を振り返って、愚かだったと笑えるのは、シェリリンが今幸せだから。
それが歪みだと気付くきっかけをくれたのはとある兄妹だった。
ダグラス=シルヴェスターと、ウェスパル=シルヴェスター。
会話すらしたことのない彼らを初めて見かけたのは王家主催のお茶会でのことだった。
多くの令嬢・令息が集められたお茶会では、壁沿いに固まっている子達が一定数いる。地方から出てきた子であったり、デビューしたばかりで知り合いがいなかったり、といった理由が大半である。
シェリリンとて毎回彼らを気にしている訳ではない。
だが目にとめたのは、いつもは会話の中心にいるヴァレンチノ家の令息 イザラク=ヴァレンチノがいたからだ。
イザラクは彼とよく似た少年と、漆黒の色を持つ少女と共にいた。
すぐに彼らがシルヴェスター辺境伯の子どもだと気付いた。
シルヴェスター辺境伯といえば、邪神 ルシファーの眠る地を治めており、納税の義務がない代わりに常に最前線に立ち続ける家。
領主様と嫡男以外、ほとんど社交界に顔を出すことがなく、領民の多くは元冒険者が多い。そんな貴族としてはイレギュラーの塊。ジェノーリア王国の防衛の要で、最も敵に回してはいけない相手でもある。
確かご令嬢はマーシャル王子の婚約者であったはず。
マーシャル王子はサルガス王子の弟で、年は一つ下。本来、お茶会などで顔を合わせる回数も多いはずだが、彼と会った回数は数えられるほど。それほど身体が弱いのだ。
大人達はそんな彼を度々『生け贄』と呼んだ。それが病弱に生まれた彼の役目なのだと。
そんなマーシャル王子は今日もお茶会を欠席していた。彼らはマーシャル王子の代わりにサルガス王子へ挨拶するつもりなのだろう。人が少なくなるまで離れて待っているようだった。
シルヴェスター家の人々は学園卒業後、揃って領地に戻ってしまう。おそらくシルヴェスターのご令嬢と言葉を交わす機会はほとんどないだろう。
この時、『ウェスパル=シルヴェスター』に抱いた印象は、一目で愛されて育ったと分かる令嬢、くらいだった。加えるなら、内気な性格だろうといったところか。
本当にそのくらいの印象しかなかったのだ。
この後のことがなければ兄妹揃って徐々に記憶から薄らいでいたことだろう。
けれど会が始まってしばらくした頃だろうか。兄の方が消えた。どうやらお茶会から抜け出したらしかった。
残された二人は少し待機してから会場を抜け出した。サルガス王子の周りにはまだまだ人がいる。先に兄を探しに行ったのだろう。大規模なお茶会ではよくあることだった。
だが今回ばかりは彼らが羨ましかった。
シェリリンは笑みを浮かべながらも退屈していたのだ。
父から、外ではあまりワガママを言わないように、と言われているが、誰かいびって遊ぼうかしら。だって暇なんだもの。いつものようにそんなことを考えていたと思う。
二人が会場を去ってから四半刻とせずにダグラス=シルヴェスターが戻ってきた。右手で蝶を摘まんでいる。どうやらそれを捕まえにいったらしい。
妹達に見せるつもりだったのだろう。
上機嫌で戻ってきた彼は妹の名前を呼びながら、会場内をぐるりと回った。けれど見つけられなかった。
彼らはすでに兄を探しに行った後なのである。
とはいえ、王城内から勝手に出ることはない。令嬢達が出入り出来る場所なんて限られているし、待っていればすぐ帰ってくることだろう。
もしもそんな質問が投げかけられたなら、シェリリンは迷わず父の名を挙げることだろう。そして愛している女性はと聞かれれば母を挙げる。
幼い頃からずっと両親が大好きで、二人が理想の夫婦であった。
今もそれは変わらない。きっとこの先も。
父のように一心に愛してくれる男性が理想だった。だが政略結婚が一般的な貴族に生まれたからには、心から愛し合えるパートナーとめぐり合うことは難しい。それでも両親はその奇跡を引き当てたのだ。
ならば自分も。
そう願ったシェリリンは純粋だった。
純粋に父のような男性を求め、両親のような夫婦になることを望んだ。
そして第二王子 サルガスと出会った。
彼は父のように優しい瞳をしてはいなかったが、一目で強く惹かれた。
それが初恋であると確信していたし、長らくそう信じていた。
だがとあることがきっかけで、幼い頃から恋だと思い込んでいた感情は恋ではなかったことを理解させられた。
シェリリンがしていたのは『恋』ではなく『乞い』であったのだと。
今になって思うと、自分と同じく愛を欲する彼とならきっと上手く行くと信じていたのだろう。なんと醜く、けれど純粋な思いだった。
シェリリンは母のようになりたかった。
サルガスにひたすらに愛を乞えば、彼が父のようになってくれるのではないかと思っていた。
過去を振り返って、愚かだったと笑えるのは、シェリリンが今幸せだから。
それが歪みだと気付くきっかけをくれたのはとある兄妹だった。
ダグラス=シルヴェスターと、ウェスパル=シルヴェスター。
会話すらしたことのない彼らを初めて見かけたのは王家主催のお茶会でのことだった。
多くの令嬢・令息が集められたお茶会では、壁沿いに固まっている子達が一定数いる。地方から出てきた子であったり、デビューしたばかりで知り合いがいなかったり、といった理由が大半である。
シェリリンとて毎回彼らを気にしている訳ではない。
だが目にとめたのは、いつもは会話の中心にいるヴァレンチノ家の令息 イザラク=ヴァレンチノがいたからだ。
イザラクは彼とよく似た少年と、漆黒の色を持つ少女と共にいた。
すぐに彼らがシルヴェスター辺境伯の子どもだと気付いた。
シルヴェスター辺境伯といえば、邪神 ルシファーの眠る地を治めており、納税の義務がない代わりに常に最前線に立ち続ける家。
領主様と嫡男以外、ほとんど社交界に顔を出すことがなく、領民の多くは元冒険者が多い。そんな貴族としてはイレギュラーの塊。ジェノーリア王国の防衛の要で、最も敵に回してはいけない相手でもある。
確かご令嬢はマーシャル王子の婚約者であったはず。
マーシャル王子はサルガス王子の弟で、年は一つ下。本来、お茶会などで顔を合わせる回数も多いはずだが、彼と会った回数は数えられるほど。それほど身体が弱いのだ。
大人達はそんな彼を度々『生け贄』と呼んだ。それが病弱に生まれた彼の役目なのだと。
そんなマーシャル王子は今日もお茶会を欠席していた。彼らはマーシャル王子の代わりにサルガス王子へ挨拶するつもりなのだろう。人が少なくなるまで離れて待っているようだった。
シルヴェスター家の人々は学園卒業後、揃って領地に戻ってしまう。おそらくシルヴェスターのご令嬢と言葉を交わす機会はほとんどないだろう。
この時、『ウェスパル=シルヴェスター』に抱いた印象は、一目で愛されて育ったと分かる令嬢、くらいだった。加えるなら、内気な性格だろうといったところか。
本当にそのくらいの印象しかなかったのだ。
この後のことがなければ兄妹揃って徐々に記憶から薄らいでいたことだろう。
けれど会が始まってしばらくした頃だろうか。兄の方が消えた。どうやらお茶会から抜け出したらしかった。
残された二人は少し待機してから会場を抜け出した。サルガス王子の周りにはまだまだ人がいる。先に兄を探しに行ったのだろう。大規模なお茶会ではよくあることだった。
だが今回ばかりは彼らが羨ましかった。
シェリリンは笑みを浮かべながらも退屈していたのだ。
父から、外ではあまりワガママを言わないように、と言われているが、誰かいびって遊ぼうかしら。だって暇なんだもの。いつものようにそんなことを考えていたと思う。
二人が会場を去ってから四半刻とせずにダグラス=シルヴェスターが戻ってきた。右手で蝶を摘まんでいる。どうやらそれを捕まえにいったらしい。
妹達に見せるつもりだったのだろう。
上機嫌で戻ってきた彼は妹の名前を呼びながら、会場内をぐるりと回った。けれど見つけられなかった。
彼らはすでに兄を探しに行った後なのである。
とはいえ、王城内から勝手に出ることはない。令嬢達が出入り出来る場所なんて限られているし、待っていればすぐ帰ってくることだろう。
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