私とへーちゃんと子どもたち

斯波

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 そして歩くこと十数分――。
 森の中に一軒の古民家を見つけた。案外近くにあったらしいが、歩く方向を間違えれば大変なことになっていただろう。
 運良く見つけられた古民家の庭にはニワトリや牛などの家畜が放し飼いにされていた。柵や塀などはないが、家畜が森の中へと逃げ出す様子はない。家畜の周りには餌になりそうな草すら生えておらず、代わりに色とりどりの綺麗な花が咲き誇っていた。
 まるで今でも誰かが暮らしているのではないかと思うほどだった。
 管理人でもいるのだろうか?
 だからへーちゃんは取ってくる物を指定しなかったのかもしれない。そのまままっすぐと進み、縁側の辺りで中に向かって声を上げた。
「すみませーん。私、斉藤春香と申します。兵助さんにこちらから物をもらってくるように頼まれたのですが、誰かいませんか?」
 だが一向に返事は返ってこない。
 斉藤家の管理物みたいだし、入っちゃっても大丈夫だよね?
「すいません、お邪魔しちゃいますね」
 一言だけ断って、靴を脱いで縁側から家の中へとお邪魔することにした。だがいくら家の中を探しても誰もおらず、家の中には全く生活の跡が見えなかった。もちろん庭同様に綺麗ではあるのだが、古民家でありながらも住宅展示かと感じてしまうほどに綺麗すぎるのだ。
 もしかしてこの家はへーちゃんが管理しているのだろうか?
 綺麗好きなへーちゃんが管理しているならばこの状況でも納得できる。私が起きるよりも早くに起きているへーちゃんが朝早くに手入れにきているとしても不思議ではない。
 ならば言われた通り、この家から『好きな物』を持ち帰ることにしよう。
 家の中をもう一度回った私は、目に付いたものの中で一番印象に残った『あるもの』を持って、道を戻ることにした。


 来たときと同様に十数分かけて帰宅すると、すでに家の中に入っていたらしいへーちゃんと子供たちがダダダっと勢いよく駆けつけてきた。子ども達は分かるけど、へーちゃんまで走るなんて珍しいこともあるものだ。少し驚きつつも、出迎えてくれた彼らに帰宅の挨拶をする。
「ただいま」
「おかえりなさい、はるちゃん」
「ただいま。良い子で待ってた?」
「うん! 僕、偉い子。だから撫でて」
 頭を差し出してきた子どもの頭を撫でてやると、他の子達も次々に頭を差し出してくる。えらいえらいと順番に撫でてやると、彼らは嬉しそうに真っ白な頬を赤らめた。
 最後の一人を撫で終えれば、ずっと後ろで待っていたへーちゃんがにっこりと笑った。
「おかえりなさい、はるちゃん。家にはたどり着けた?」
「? たどり着けたけど?」
「そっか、よかった」
 自分が行けといったのに変なことを聞くものだ。もしかしてへーちゃんは私があの家にたどり着けない可能性を理解しつつ、お使いを頼んだのだろうか。確かに正反対に歩いてたらいつまでもたどり着けなかっただろうが……。予期せぬところで見てしまったへーちゃんの黒い部分? に思わずぶるりと身体を震わせる。けれどすぐに何やら様子がおかしいことに気づく。
「さすがはるちゃんだね」
「ねー」
 子ども達が私の周りをくるくると周りだしたのだ。そして口を揃えて私を褒める。

「さすが、って何が?」
 私が分からないだけで、この行動には何かしらの意味があったの?
 ブラックなへーちゃんが登場したのではない?

 完全にこの場で一人置いてけぼりになってしまった私の頭の中には複数のクエスチョンマークが浮かぶ。けれどへーちゃんも子ども達もその意味を教えてくれるつもりはないらしい。子ども達はくるくると回り続け、唯一止まっているへーちゃんはこてんと首を傾げる。
「それで、はるちゃんは何を持って帰ってきたの?」
 無事にたどり着けた訳だし、深くは気にしないことにしよう。気を取り直して、古民家から持ってきた『あるもの』をへーちゃんへと差し出した。
「まり」
 そう、私が持ってきたのは『まり』だ。
 縁側の端っこにぽつんと置かれていたそれを拝借してきた。
「え?」
「だから、まり」
 ボールって言った方がよかったのかな? でも、これまりだしな……。
「はるちゃん、なんでよりにもよってまりなの? もっといいものあったでしょ!」
 声を荒げるへーちゃんを目にするのは初めてだ。へーちゃんって何もしなくても怒らないのに、結構些細なことで怒るんだな~。新たな発見が出来たことに喜びながら、へーちゃんが納得出来るかは分からない理由を口にする。
「この子達と遊ぼうと思って。家から持ってきたボールはこの前穴が開いちゃって困ってたから」
 つい先日、一人の子がボールに穴をあけてしまった。故意ではない。ただ遊んでいたところをたまたま木か何かに引っ掛けてしまったのだろう。大型ショッピングモールで数百円ほどで売られていたボールだ。そんな丈夫な素材でもない。仕方ないと思っていたのだが、穴をあけてしまった子はあれからずっと気を落としてしまっている。あのボールはみんなのお気に入りだったから、責任を感じてしまっているのだろう。どうしたものか困っていたところに、まりを見つけたのだ。まりならボールの代わりになるし、私が持ってきたボールほど簡単に壊れることはないだろう。ならば持ってくる以外の選択肢などない。それにへーちゃんは確かに『何でもいい』といったのだ。それならまりでもいいだろう。


「はるちゃん、ぼくたちのために?」
「うん。これでまた一緒にボールで遊べるよ」
「嬉しいな。はるちゃんが僕たちのために持ってきてくれた」
「迷家に行ったのにぼくたちのおもちゃを取ってきてくれた」
「嬉しいな」
「はるちゃん、いい子」
「いい子」
 へーちゃんとは正反対に、子ども達はお祭り騒ぎだ。
 くるくる回るだけだった行動にも今や手の動きまでついて阿波踊りみたいになっている。それほどまりが嬉しかったのだろう。正直、この子達が話す『マヨイガ』が何かはよくわからないが、ここまで喜んでくれれば場所も分からない家を訪問した甲斐があったと言えるだろう。

「今から遊ぶ人~」
「「「「「「「「「「は~い」」」」」」」」」」
 もうすぐ暗くなる時間。
 屋敷の中に入っている子達をまた外に出すのもどうかと思う。けれどこんな時くらいはいいだろう。でも30分だけだからね、と子ども達に言い聞かせれば、すぐ近くで見守っていたへーちゃんは「ご飯の準備が出来たら呼ぶね」と優しく見送ってくれる。さすがはへーちゃんだ。一足先にドドドと外に飛び出して行った子ども達の背中を追って私も外へと駆け出す。手の中にはあの家から拝借したまり。それはどことなく私の手によく馴染んでいて、持ち帰ってくる時よりも持ちやすくなっているような気がした。
 そんなことあるはずもないから、私の気のせいなんだろうけど……。

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