私とへーちゃんと子どもたち

斯波

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 まずはこの『兵助』と名乗ったが『へーちゃん』であるかの確認だ。
 いくら『へーちゃん』と呼べる名前だとはいえ、別の相手である可能性がない訳ではない。もしも『へーちゃん』でなかったとしても、座敷童ならいい。だが人間だったとしたら、彼は不法侵入者だ。ご近所さんの可能性も否めないが、それならばおばあちゃんの死は知らされている訳で、おばあちゃんが許していたとしても屋敷にいる人間が私に変わってしまった以上、不法侵入である。それに加えて、若い女が寝ているところに当たり前のように居座るなら罪は重くなる一方だ。

 この近くって交番あったっけ?
 通報してからどのくらいで駆けつけてくれるのだろうか。必要とあればこの男を捕らえておく必要があるが、さすがに縄とか結束バンドは持ち込んでいない――となるとやはり気絶させるのが一番か。だが大の男を気絶させる方法なんてそんな簡単にひらめく訳が……あのゴルフクラブ使えるかも。頭を避ければ殺人にはならない……と思う。ゴルフクラブで人を殴った経験なんてないから分からないけれど。
 自分でも物騒なことを考えているという意識はある。だがこの場所で私の身を守れるのは私だけなのだ。ゴルフクラブまでの距離は数歩分離れてはいるものの、まずは先ほどまで使っていた枕と毛布で相手の視界を遮って……。
「そう、座敷童だよ。みんなにはへーちゃんって呼ばれてる。だからはるちゃんも気軽にへーちゃんって呼んでくれると嬉しいな」
 兵助は何事もないようにさらっと告げた。ゴルフクラブのお世話にならずに済みそうなのは嬉しいけれど、同時に疑問が沸々と湧き上がる。
「座敷童って『童』って付くぐらいだから子どものはずでしょ。あなた、なんでそんなでかいのよ」
「僕も子どもだけど?」
 私がなぜそんなことを言い出したか、本気で分からないとでもいうように兵助は首をこてんとかしげる。
 最近の子どもの成長は早く、背の高い子だと小学生でも170cmを越えることもあるのだとか。だが見た目の項目から身長を外したところで、やはり彼は『子ども』と判断することは難しい。
「どこがよ……。見た目からして、私と同じくらいじゃないの」
 もちろん座敷童なんて下手すれば何百年と生きているのだろうから、生きてきた? 存在してきた? 年齢をカウントしていけば、ほとんどの座敷童が子どもではないと言えるのだろう。だが今の私が重要視したいのは『見た目』の問題だ。
「見る人によっては子どもだっていうから子どもでいいんじゃない?」
 幸子ちゃんも僕のこと子どもだって言っていたし、と付け加える兵助はカラカラと笑っていた。
「そんなアバウトな……」
 確かに120歳まで生きたおばあちゃんから見れば私と同じくらいの見た目の男性は子どもと言えるのかもしれない。それでも愚痴をこぼすくらいは許されるだろう。
「心配しなくても僕はれっきとした座敷童だから」
「……そう。ならこれからよろしく」
「はるちゃん、顔が暗いけどどうしたの?」
「別に。何でもない。私今から寝るから起こさないで」
「え、でもご飯出来てるよ?」
「後で食べるから置いといて」
「はるちゃん……」
 次第に泣きそうな表情に変わっていく兵助には悪いことをしている自覚はある。私のためにご飯を用意してくれたのだろうし、そもそもまともに挨拶すらせずにふて寝するなんて、私の方が子どもみたいだ。ましてや兵助は何も悪い事なんてしていないのだからなおのこと。それでも毛布をたぐり寄せて繭を作った私の瞳には涙が沢山溜まっていて、とてもではないが人様に見せられるようなものではない。人じゃなくて座敷童だけど。
 ここに来ることになった経緯はジェットコースターよりも急で、私の意思はほとんど無視されていた。用意だって大変だったし、コンビニまで徒歩5分とかからなかった実家暮らしは快適で簡単に手放したくはなかった。
 それでも『童』ってことは小さな子どもがいるのだろうと思いついてからは、斉藤のお屋敷に住むのを楽しみにもしていた。けれど実際にいたのは自分とさほど年の変わらない外見の男の子。私の考えは勝手な思い込みにしか過ぎなかったのだ。そうとも知らずはしゃいで……本当に馬鹿みたい。頬に涙が伝い落ちるとますます自分が情けなくてたまらなくなる。
 これから一緒に暮らすっていうのに、初日からこんなんじゃ明日以降が思いやられる。私がこんな態度じゃ兵助は機嫌を悪くして斉藤家から出て行ってしまうのではないか。
 そんな事態になったら私、親戚のみんなから責められるのかな? 最悪の想定が頭に浮かび、ますます繭を小さくしていく。
 繭というよりもダンゴムシ化がよく似合う生命体になりつつあった私に、兵助がかけた声は優しいものだった。
「ねぇはるちゃん」
「何よ」
「さっき見つけたんだけど、これっておもちゃ?」
『おもちゃ』という単語に反応し、毛布を脱ぐと兵助の手元にある物を奪い取るように素早く回収した。
「勝手に鞄の中身漁らないでよ!」
「ごめんね、はるちゃん。少しお顔が出ていたから僕、気になっちゃって……。
『へーちゃん』が小さな子どもだと思っていた私は子どもが好きそうなおもちゃをたくさん持ってきていたのだ。兵助が見つけたおもちゃはフクロウの形をしたおもちゃで、話しかけるとお話をしてくれるという、比較的ポピュラーかつ長年子ども達に人気のおもちゃである。そのほかにもサッカーボールよりも少し小さめのボールやお手玉、お手製のパネルシアターに縄跳びなど。へーちゃんと一緒に遊ぼうと思って、この1週間でいろんなところに足を運んだのだ。どのくらいの歳かもわからなかったから、どのくらいの子どもでも遊べるようにととにかくたくさんのおもちゃを吟味して――その結果がこれだ。
 笑いたければ笑えばいい。
 兵助が大きいと知っていた家族も教えてくれなかったなんて人が悪い。聞かなかった私も悪いのだろうが、事前に見た目の情報を少しでもくれればいらぬ恥をかく必要もなかった。フクロウのおもちゃを胸に抱えながら兵助をキッと睨む。けれど彼は睨みなど全く効いていないようで、キラキラとした瞳を一直線に私へと向ける。
「僕のために?」
「違うわよ」
『へーちゃんのために用意したおもちゃ』であって『兵助のために用意したおもちゃ』ではない。もちろん『へーちゃん』=『兵助』という図式は頭の中で完成していて、事実として理解はしている。けれど私が彼と出会う前に抱いていた『へーちゃん』はまだ小さな子どもで、目の前の『兵助』は子どもと呼べるかも曖昧なのだ。いくら座敷童には違いないとはいえ、こんなに大きいと知っていたなら私だってこんな子どものおもちゃなんて持ってこなかった。それも大量に。使いどころなんてあるはずもない。役に立つとしたらフクロウのおもちゃが私の数少ない話し相手になるかもしれないってところだろうか。そんなのって悲しすぎるけれど……。おもちゃを抱く力を一層強めながら視線を逸らせば、兵助は私の鞄を引き寄せた。そして『漁るな!』という私の注意を気にしてか、鞄の口を大きく開いて中身を観察し始めた。
「あ、紙芝居もある! 紙芝居なんて久しぶりだから楽しみだな~」
 漁るな、ではなく見るなと注意すべきだったのだろう。だがそもそも人の鞄の中身を勝手にのぞき見るのも人としてどうかと思う。いや、兵助は人ではないのだけれど。はぁ……と吐き出したくなるため息をこらえ、彼を見ればすっかり鞄の中身に釘付けになっていた。この目はご機嫌を取ろうとしているのではなく、完全におもちゃに興味を持つ子どものそれだ。まさかこんなところで子どもらしさを発揮してくるとは……。相手がこれでは鞄をのぞき見されたことを怒る気にもならない。
「紙芝居じゃなくてパネルシアター」
「それパネルシアターっていうんだね。後でみせて」
「…………今度ね」
「約束だよ!」
「はいはい」
「ねぇ、はるちゃん」
「何?」
「ご飯、食べる?」
「……うん」
 すっかり毒気を抜かれた私はこの後、へーちゃんのお手製のご飯を食べて、お風呂に浸かって――お日様の香りのするお布団で爆睡した。
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