私とへーちゃんと子どもたち

斯波

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「勝彦、お前なんでこんなとこだけ抜けてるんだ」
「だから、ごめんって」
「まぁ、今更そんなこと言ったって仕方がないだろう。私が説明しよう」
 今までずっと黙っていた、おばあちゃんの息子で次男の――佳政よしまさ――おじさんは一歩前へ出た。佳政おじさんが右の手のひらを差し出し、自分の前にと座るように無言で指示を出す。他の人達はスススっとその場を退き、作られた空きスペースで私は正座をする。
「いいかよく聞くんだはるちゃん。うちははっきり言って金持ちだ」
「うん、知ってる」
 小学校の高学年くらいからなんとなくそうなのだろうと気づきはじめ、中学に上がる頃には確信した。欲しいと願えば大抵の物が与えられる私は一般家庭の子どもとはかけ離れていたらしい。いいよね、と嫌みを言われても何のことが理解出来なかった低学年時代。察するようになってからは隠そうともした。けれど無理だった。元々私の物欲は強い方ではない。確かに欲しいと願えば与えてくれるが、そもそも私が願うものといえば他の子達とあまり大差がないものばかり。つまりすでに子ども達の間でもお金持ちフィルターがかかってしまっていて、私がどんな行動を取ろうとも関係などなかったのだ。それを理解したのは私立の学校に通い出してからのこと。そして彼らに悪気もなかったことも同時に理解した。だから小学校の同級生のことも嫌っていないし、お金持ちな実家も嫌いではない。むしろ社会不適合者の疑いすらある私を無理に働かせず、ニート生活を許してくれているのはお金持ちだからである。たまに買う宝くじで少しばかり家計に貢献してはいるが……。それも気持ち程度のもの。
 斉藤家の総資産が具体的にいくらあるのかまでは把握していない。
 だが叔父さん達は東京の一等地にマンションを何棟も持ってたりするし、事業を起こしていたりするから親族の資産を合計すると相当なものになるのだろう。
「うちがお金持ちなのは、うちには座敷童がいるからなんだ。その座敷童がへーちゃん。いつからうちにいるのかは俺も知らない。ばあちゃんのばあちゃんが生まれたときにはもういたらしい。」
 は? 座敷童? 
 いきなり何を? と言いたいところだが、とりあえず『へーちゃん』が人ではないということは理解した。あやかしや妖怪の類いなら写真にも写らないのも納得だ。写ったところでそれは人型ではなく、オーブと呼ばれる白っぽい球体なのだろう。あくまでテレビの心霊特集情報ではあるが、あれだけ特集していて座敷童の姿がくっきり写った写真などないのだから私の認識も間違ってはいないだろう。へーちゃんが人間ではないことに驚きは隠せなかったがそんなことよりも大切なことがある。
「で、そのへーちゃんと私はどんな関係があるっていうのよ」
 私達の関係性――今の私にとっての最重要な話題はこれだ。
 今まで知らなくとも何も問題はなかった。家族や親族だって誰一人として私が知らないことを気にしなかったくらいだ。きっとそこまで深い関係性はないだろう。だからへーちゃんが人でないにしても同居なんて無理だ。
 考え直して欲しいと佳政叔父さんを見上げる。すると目の前の叔父さんの眉間には皺がくっきりと刻まれている。つい数時間ほど前に子ども達がビール飲みたい! と迫ってきた時も同じ顔をしていたし、怒ってはいないと思う。おそらく困っているのだろう。真ん中に寄った皺を指先で解しながらうーんとうなっている。そしてようやく指を離したかと思えば意味不明の言葉を口にした。
「へーちゃんは次の管理者にお前を選んだんだ」
「……管理者って何?」
 散々唸っていた割に何一つかみ砕かれていない言葉に思わず疑問を口にしてしまう。だって『管理人』って言えば文字通り、何かを管理する人でしょう? 流れからして、おそらく管理するのは斉藤のお屋敷である可能性が高い。だがそれを選ぶとしたら以前住んでいたおばあちゃんが適任だろう。
「座敷童のへーちゃんは『ばあちゃんの家』というか『斎藤の屋敷』に暮らしてるんだ。へーちゃんはこのうちの家系ならみんな見ることができるし、普通に接することができる。でもへーちゃんと一緒に暮らすことができるのは管理者に選ばれたものだけなんだ」
「え?」
「へーちゃんは管理者に選んだものとしか一緒に暮らしたがらない。だから、今まであの家にはお前の前の管理者であるばあちゃんしか住めなかったんだ」
 親戚付き合いはするけど、一緒に住むとなると話は別ってことか。そこは人とあまり変わらないらしい。私も叔父さん達のこと嫌いではないけれど、じゃあ今日から一緒に暮らしてくださいと言われたら毎日緊張して疲れそうだし。
 へーちゃんが一緒に暮らしてもいいと判断した相手を『管理者』と呼ぶのは理解した。
 だが未だに一番大事なところは分からないままだ。
「それは分かったけど……なんで私なの?」

 ――なぜ私が管理者に選ばれたのか。

 私の家と斉藤のお屋敷まではだいぶ距離がある。その関係もあって私達家族がお屋敷に足を運ぶのは年に数回程度。それに比べて斉藤のお屋敷とほど近い場所には泰司叔父さん夫婦が住んでおり、おそらく訪問回数は私達家族よりも多いと思われる。泰司叔父さん以外にもこの屋敷から近い場所に住んでいる親戚は何人もいるはずだ。なのになぜ私選ばれたのか。その理由は分からないままだ。
 先ほどの佳政叔父さんのように眉間に皺を寄せながら首を傾げれば、叔父さんは今度こそ丁寧に説明してくれた。
「春香の1歳の誕生日にへーちゃんが春香としか暮らさないって言ったからだ。春香以外が住むなら出てくとまで言い出してな……」

 え、何それ?
 初耳なんだけど?
 ぽかんと口を開けて呆れる私だけを取り残して、親戚一同はもう20年以上も前の話に花を咲かせる。
「ああ、親族の中じゃ有名な話だな」
「それって、へーちゃんがだっこしてはるちゃんを離さなかったってやつ?」
「そうそう、それそれ」
「あの後大変だったんだよな。へーちゃん全然春香のこと離さなくて、ばあちゃんが説得してやっとって感じだったんだから」

 お父さん、娘が親元を離れるかもしれないって話をそんなにしみじみと語らないでよ……。目を細めるお父さんに、父親なら止めてよ! なんてしがみつく気にもならない。おそらくこれは断ることが出来ない、斉藤家の決定事項なのだろう。それでも一応……と「断るって選択肢は?」と口に出せば私以外の全員がこちらを振り向いて同じ言葉を口にする。
「ない」

 想像通り――だけど親戚とはいえ、大勢の大人に真顔で見つめれるのはなかなかの恐怖体験だ。

「お前が行かなかったらへーちゃん怒るだろうな」
「泣くんじゃない?」
「いや、出てくんじゃないかしら?」
「へーちゃんに出ていかれたらうち傾くかもな」
「確実に傾くわね」
 みんなの明るい笑い声は空気を震わせる。
 家が傾くかもしれないという話を笑いながらするってどうなのだろうか。じっとりとした目で見つめようとも彼らの心には全く響かない。この様子だと、断れば縄で括ってでもあの屋敷に連れて行かれそうだ。夢のニート生活からの転落は思いのほか早かった……。働かないなら家のために犠牲になれということか。
「というわけで、お前の家は1週間後から斎藤のお屋敷な。へーちゃんには連絡しとくから」
「え、ちょっと勝手に決めないでよ! せめて2週間は必要だって!」
「大丈夫大丈夫。1週間もあれば余裕だって。それに用意なんてしなくても大抵の物は揃ってるし、足りないものがあれば連絡してくれれば誰かしらが届けるから」
 こんなんでも私もうら若き乙女で、いろいろと準備というものあるんだけど……って誰も聞いちゃいない。私がへーちゃんの存在を認識していなかった期間どころか産まれてすぐに外堀は埋められていたようだ。男は度胸、女は愛嬌っていうけど、今の時代は女にも度胸が必要らしい。
「いつばあちゃんがいなくなるかわかんなかったけど学校卒業した後でよかったな」
「ほんとにね~」
「いや今だってよくは……」
「何言ってんだよ。春香、ニートだろ」
 いくら事実とはいえ、そんなにバッサリと切り捨てなくても……。
「兄ちゃん達は私が遠くに行っても寂しくないの?」
「ずっと前から知ってたし、いまさらだよな?」
「へーちゃんはいつでも遊びに来てね! って言ってくれてるから心配だった見に行けばいいだけだしな」
 私にはだだ甘だった兄ちゃんが口を揃えてこんなことを言うなんて……。ここでも完全に埋められている外堀が効果を発生しているらしい。ここまで来ると悲しみよりも怒りが沸いてくる。
 知ってたなら教えろ! 
 一歳の時に決まったことなんて教えてもらいでもしない限り知っている訳ないじゃないか……。
「お前がニートでも許されていた理由はお前の移住が確定事項だったからな」
「そんな……」
「諦めろ」
 まさかそんな理由でニートが許されているなんて思いもしなかった。
 人生そんなに甘くないということだろう。こんなことならアルバイト探し、もう少し粘れば良かったななんて後悔してももう遅い。

 こうして家族に手伝ってもらいながら移住セット作りを完成させ、あっという間に1週間が経過して――――――今に至る。
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