上 下
94 / 113
第6章 転生隠者の望む暮らし

8.隠者と森と雨

しおりを挟む
体調不良と所用が重なり、更新が遅くなりました。すみません。

———————————————

 今は雨降りだ。大きく鼻から息を吸い込むと、独特のにおいがした。
(雨の匂いじゃなくて、土中のバクテリアとかの匂いだったかな……)
 雨の森独特の匂いを堪能していると、ブラドとアナイナがあたりを見回して言った。
「我が主人よ、妖精の匂いがします」
「主人様、み、水妖精が生まれる時のような匂いがします……」
「……妖精が生まれる時って、世界樹の時のあんな感じ?匂いがするの?」
 世界樹の時は、多少動転していたのもあったけれど、多分匂いには気づかなかったと思う。
「匂いと言うか、気配というか……」
 アナイナが一生懸命話している。
「ここはマナが濃い方ですし、きちんと土が生きているので……あと、水は土と仲良しなので…そう言うのが、わわ、わかります!」
「なるほど、そうなのね。教えてくれてありがとう、アナイナ、ブラド」
「は、はいっ!」
 アナイナはパッと笑顔になった。
「世界樹での誕生とは違いますけど、ルールーの場合みたいに、自然から生まれてくることもありますもんね」
 カルラはふむふむとメモを取っている。しっとり濡れた空気を吸い込み、上を見上げると、結界に降り注ぐ雨が見えた。

 ここは、魔の森と私の家を挟んで、正反対の方角にある『白の森』だ。なぜか、土も木々も全体的に白っぽい。葉も全体的に黄緑色で、魔の森と比べると色素が薄いと感じる。今の季節は紅葉する種類の木も多いようだか、それらも全体的にパステルカラーのような色合いだ。
「全体的にふわふわした色合いが多いのね」
 色合いが華やかで人目を引くのか、森の浅い部分は観光客も多く、魔獣の多いところではそれを狩って生計を立てる冒険者もかなり居るらしいのだが、ここはその森の本当に奥深い所である上、今は雨降りだ。目視できる範囲にも探索術上にも、辺りに私たち以外に人は居ない。周りの動植物の鑑定をやりながら、ブラドとアナイナの言う「匂いのする方向」に向かって歩く。
(うん、間違いない……魔力、いやこの場合はマナだね。周りより濃い地点がある)
 一生懸命案内するアナイナを追いながら、展開させた探索術の反応を確認する。
 雨は透明な糸のようにシトシトと降り注ぎ、辺りは本当に静かだ。
「黒の森の雨はもっと激しい感じだったけど、ここの雨は静かに感じますね、主様」
 カルラの言葉に、私も同意だ。
「とても綺麗だけど……マナの濃さと言うか、反応は魔の森や、当たり前だけど聖地よりずっと低いね。本当に、ここにも世界樹みたいな木があったのかな……?」
 思わず、疑問がそのまま口から出てしまった。
「あの、あの…私たちに伝わる、古い記憶ですから……相当古い記憶ですし……」
 それまでずっと沈黙していた光の精霊王が、おずおずと口を開いた。
「そうだな。最初の滅びの前のことだ。記憶は時間と共にある程度薄れるものだ」
 いつの間にか私の背後にいた闇の精霊王が、辺りを鑑定しながら答えている。
「いえいえ、お二人の記憶が間違いではと言っているわけではないんです。ただ、本当に探索術に反応するマナの濃さが低いので驚いているだけです。ここは、この森の1番深いところですが、マナの濃度としては私の暮らしている所よりも低いくらいですね」
 濃度を鑑定して、メモしておく。属性ごとに表を出してみると、闇のマナが極端に低い。
「ここにハイエルフ達が暮らしていた時は、もっとマナが濃かったのかもしれませんね」
 光の精霊王は円グラフをじっと見つめている。
「ハイエルフ?」
「エルフの中で、稀に精霊との親和性が高い者が生まれることがあって……その者達は他のエルフ達よりも不老に近く、長寿だったらしいんですよ。その者達が、自分達をそう名乗ったのが始まりらしいですね。それに……」
 光の精霊王は顎に指を添え、首を少し傾げて考えている。その姿はこの白の森の景色と相まって、とても綺麗だった。きっとここに画家が居合わせたら絵を描き始めるはずだ。
「そのハイエルフ達が自分達を神に近い者と宣言して、この森を支配した時代から、地上で精霊魔法と言われている魔法の衰退が始まったようなんですよね」
 それが本当ならば、精霊魔法というのは使える人を選ぶ難しい魔法というよりも、もっと違う理由で使いにくくなっている、若しくは使い方というか、ノウハウが失われているという事にならないだろうか。
 私は慌てて先日やっと完成させた蓄音の紋様と、自分でもメモ用紙にペンを走らせる。実は、横でカルラとブラドも同じようにメモを取っているのだが、その姿がとっても可愛いと思ってしまうのは内緒だ。
(それにしても、こんな風にふいに凄いお話が聞けるなんて…)
 ひとしきり話を聞かせてもらい、お礼を言うと光の精霊王はニッコリと笑った
「いいえ! 私こそ、リッカが楽しんでくれたのなら嬉しいです」
 周囲の空気が明るくなるような、素敵な笑顔だった。以前も思ったが、光の精霊王は、精霊王たちの中でも顔立ちが1番セカイさんに似ているのだが、雰囲気は全く違う。恥じらうような、それでいて本当に嬉しさがこちらに伝わるような、綺麗な笑顔だ。聖地で最初に会った時とは比べ物にならないくらい、元気そうだ。
「リッカ? どうしましたか?」
 キラキラと笑う光の精霊王に不思議そうな顔を向けられてしまったので、私は微笑み返した。
「いいえ。光の精霊王が、初めて会った時よりもずっとお元気そうに見えたので、嬉しくなったのですよ」
「はい、リッカのおかげで元気になりましたよ」
 キラキラする笑顔の精霊王の頭を、思わず撫でてしまった。慌てて手を引っ込めて謝ろうとすると、嬉しそうに手を上から重ねられて、指を絡めるように繋がれた上に、輝くような笑顔を向けられ…そのまま顔を寄せられて、頬に軽く口付けられた。光の精霊王が、まるで子供の悪戯が成功した時のように笑うので、苦笑するしかなかった。
 いつの間にやら雨が弱くなり、木漏れ日のような物が差し込んで来た。
「我が主人様、ここです」
 アナイナの声が聞こえたので、目の前の枝をそっと手で避けると、そこには巨大な朽ちかけた切り株が現れた。
「…あぁ、これだろうな」
 闇の精霊王は納得したと言った顔で切り株を見やって頷いている。
 苔生した大きな切り株は、根のあたりが一部空洞になっていて、向こう側まで見えている。
「少し、鑑定させてね」
 切り株に話しかけてから、鑑定をかけた。現れた紋様をさらに詳細に鑑定する。

「世界樹というのは、一本ではなかったはずだ」
 
 そんな事を言われたので探し始めた———というのが今回の調査の目的ではあったのだが、実際にそれらしい痕跡を見つけたのは、今回が初めてだ。
「これは、光の世界樹と呼ばれていたようなんです」
 光の精霊王がぽつりと言った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

残滓と呼ばれたウィザード、絶望の底で大覚醒! 僕を虐げてくれたみんなのおかげだよ(ニヤリ)

SHO
ファンタジー
15歳になり、女神からの神託の儀で魔法使い(ウィザード)のジョブを授かった少年ショーンは、幼馴染で剣闘士(ソードファイター)のジョブを授かったデライラと共に、冒険者になるべく街に出た。 しかし、着々と実績を上げていくデライラとは正反対に、ショーンはまともに魔法を発動する事すら出来ない。 相棒のデライラからは愛想を尽かされ、他の冒険者たちからも孤立していくショーンのたった一つの心の拠り所は、森で助けた黒ウサギのノワールだった。 そんなある日、ショーンに悲劇が襲い掛かる。しかしその悲劇が、彼の人生を一変させた。 無双あり、ザマァあり、復讐あり、もふもふありの大冒険、いざ開幕!

転生令息は攻略拒否!?~前世の記憶持ってます!~

深郷由希菜
ファンタジー
前世の記憶持ちの令息、ジョーン・マレットスは悩んでいた。 ここの世界は、前世で妹がやっていたR15のゲームで、自分が攻略対象の貴族であることを知っている。 それはまだいいが、攻略されることに抵抗のある『ある理由』があって・・・?! (追記.2018.06.24) 物語を書く上で、特に知識不足なところはネットで調べて書いております。 もし違っていた場合は修正しますので、遠慮なくお伝えください。 (追記2018.07.02) お気に入り400超え、驚きで声が出なくなっています。 どんどん上がる順位に不審者になりそうで怖いです。 (追記2018.07.24) お気に入りが最高634まできましたが、600超えた今も嬉しく思います。 今更ですが1日1エピソードは書きたいと思ってますが、かなりマイペースで進行しています。 ちなみに不審者は通り越しました。 (追記2018.07.26) 完結しました。要らないとタイトルに書いておきながらかなり使っていたので、サブタイトルを要りませんから持ってます、に変更しました。 お気に入りしてくださった方、見てくださった方、ありがとうございました!

チートな幼女に転生しました。【本編完結済み】

Nau
恋愛
道路に飛び出した子供を庇って死んだ北野優子。 でもその庇った子が結構すごい女神が転生した姿だった?! 感謝を込めて別世界で転生することに! めちゃくちゃ感謝されて…出来上がった新しい私もしかして規格外? しかも学園に通うことになって行ってみたら、女嫌いの公爵家嫡男に気に入られて?! どうなる?私の人生! ※R15は保険です。 ※しれっと改正することがあります。

システムバグで輪廻の輪から外れましたが、便利グッズ詰め合わせ付きで他の星に転生しました。

大国 鹿児
ファンタジー
輪廻転生のシステムのバグで輪廻の輪から外れちゃった! でも神様から便利なチートグッズ(笑)の詰め合わせをもらって、 他の星に転生しました!特に使命も無いなら自由気ままに生きてみよう! 主人公はチート無双するのか!? それともハーレムか!? はたまた、壮大なファンタジーが始まるのか!? いえ、実は単なる趣味全開の主人公です。 色々な秘密がだんだん明らかになりますので、ゆっくりとお楽しみください。 *** 作品について *** この作品は、真面目なチート物ではありません。 コメディーやギャグ要素やネタの多い作品となっております 重厚な世界観や派手な戦闘描写、ざまあ展開などをお求めの方は、 この作品をスルーして下さい。 *カクヨム様,小説家になろう様でも、別PNで先行して投稿しております。

異世界へ全てを持っていく少年- 快適なモンスターハントのはずが、いつの間にか勇者に取り込まれそうな感じです。この先どうなるの?

初老の妄想
ファンタジー
17歳で死んだ俺は、神と名乗るものから「なんでも願いを一つかなえてやる」そして「望む世界に行かせてやる」と言われた。 俺の願いはシンプルだった『現世の全てを入れたストレージをくれ』、タダそれだけだ。 神は喜んで(?)俺の願いをかなえてくれた。 希望した世界は魔法があるモンスターだらけの異世界だ。 そう、俺の夢は銃でモンスターを狩ることだったから。 俺の旅は始まったところだが、この異世界には希望通り魔法とモンスターが溢れていた。 予定通り、バンバン撃ちまくっている・・・ だが、俺の希望とは違って勇者もいるらしい、それに魔竜というやつも・・・ いつの間にか、おれは魔竜退治と言うものに取り込まれているようだ。 神にそんな事を頼んだ覚えは無いが、勇者は要らないと言っていなかった俺のミスだろう。 それでも、一緒に居るちっこい美少女や、美人エルフとの旅は楽しくなって来ていた。 この先も何が起こるかはわからないのだが、楽しくやれそうな気もしている。 なんと言っても、おれはこの世の全てを持って来たのだからな。 きっと、楽しくなるだろう。 ※異世界で物語が展開します。現世の常識は適用されません。 ※残酷なシーンが普通に出てきます。 ※魔法はありますが、主人公以外にスキル(?)は出てきません。 ※ステータス画面とLvも出てきません。 ※現代兵器なども妄想で書いていますのでスペックは想像です。

チート幼女とSSSランク冒険者

紅 蓮也
ファンタジー
【更新休止中】 三十歳の誕生日に通り魔に刺され人生を終えた小鳥遊葵が 過去にも失敗しまくりの神様から異世界転生を頼まれる。 神様は自分が長々と語っていたからなのに、ある程度は魔法が使える体にしとく、無限収納もあげるといい、時間があまり無いからさっさと転生しちゃおっかと言いだし、転生のため光に包まれ意識が無くなる直前、神様から不安を感じさせる言葉が聞こえたが、どうする事もできない私はそのまま転生された。 目を開けると日本人の男女の顔があった。 転生から四年がたったある日、神様が現れ、異世界じゃなくて地球に転生させちゃったと・・・ 他の人を新たに異世界に転生させるのは無理だからと本来行くはずだった異世界に転移することに・・・ 転移するとそこは森の中でした。見たこともない魔獣に襲われているところを冒険者に助けられる。 そして転移により家族がいない葵は、冒険者になり助けてくれた冒険者たちと冒険したり、しなかったりする物語 ※この作品は小説家になろう様、カクヨム様、ノベルバ様、エブリスタ様でも掲載しています。

異世界転生したのだけれど。〜チート隠して、目指せ! のんびり冒険者 (仮)

ひなた
ファンタジー
…どうやら私、神様のミスで死んだようです。 流行りの異世界転生?と内心(神様にモロバレしてたけど)わくわくしてたら案の定! 剣と魔法のファンタジー世界に転生することに。 せっかくだからと魔力多めにもらったら、多すぎた!? オマケに最後の最後にまたもや神様がミス! 世界で自分しかいない特殊個体の猫獣人に なっちゃって!? 規格外すぎて親に捨てられ早2年経ちました。 ……路上生活、そろそろやめたいと思います。 異世界転生わくわくしてたけど ちょっとだけ神様恨みそう。 脱路上生活!がしたかっただけなのに なんで無双してるんだ私???

処理中です...