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プロローグ1

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「えーと…」
 思わず口から出るのは独り言ばかり。
 でも、誰もいないからこその独り言だし、それを咎める人もいない。ボッチ万歳とはこのことだ。
 朝ごはんは、今日はアイテムボックスを見て決める。気が向いた時に作った大量の料理から、水もお湯も食材もスパイスも多種多様。食べたことも見たこともないような素材もたくさん。みんな右端の量のところに∞って書いてある。ふと気になって上からサーっと流し見ているけど、右のバーみたいなのは数ミリずつしか動いてない。どれだけ入ってるんだろうね。ありがとう。おかげで怠惰に暮らせています。

 朝ごはん用に、食パンを取り出してみる。トーストとベーコンエッグと、プチトマトにレタス、スライスした紫玉ねぎ、最近その辺で詰んだ「食べられる。サラダに最適」と鑑定技能で出てた野草を和えたサラダにする。あとは適当に色々混ぜ作ったドレッシング。
 お行儀悪いけど、アイテムボックスの表示を流し見ながらもぐもぐ。美味い。トーストにホイップバターをのせて…じわっと溶け出した、良い感じのところでかぶりつく。
 美味しい…頬が弛むのをとめられない。

◇◇◇

 こういう風に自堕落に暮らしはじめてから、どれくらい経っただろう?
 左上の日付の右に表示がある。6258日。もちろんこちらの世界の時間だ。

 これでもまともに暮らせるようになってる方だ。
最初のうち…と言うよりはついこの間、3600日くらいまでだったんじゃないだろうか…もうひたすら寝ていて、食事も何もしない日も珍しくなかった。

 そのうちふと本が読みたくなって、それでも起き上がりたくなくて、このステータスボードとか言うディスプレイを眺めるようになって、アイテムボックスだかインベントリだかの中に電子書籍があるのに気付いて、起きている時は適当に読むようになって……そして、ふと喉が乾いて水が欲しいと思って、なんの疑問持たずにコップ入りの水をディスプレイから出して飲んで………気付いた。

 そう言えば私、死んだよね?……ということに。

 その後はパニックの連続だった。
 まず、自分が死んだ、というのはハッキリしている…と思う。日本生まれ日本育ちの平々凡々の日本人で、たぶん結婚して子供がいて、子供が大人になるくらいの年齢までは生きていた筈だ。でも、
「子供の名前が思い出せない?」
 子供達だけじゃない、多分夫も、そして自分も、自分の親の名前も、すべてが漠然としている。
 そもそも、多分死んだというのはわかっているのだけど、その前後の記憶も、濃霧の中のようにボヤけている。
(忘れてる?……)
 眠ってばかりだったここ最近のことを思いだすと、ここに来たばかりの時は、多分私は泣いてばかりいた気がする。何かを思って…子供?夫?家族?友人?……
「ダメだ。思い出せない」
 先程から口から出てくる声も、気づけばとても違和感を感じる。私の声じゃない…気がする?
 寒気がした。自分という存在が、指の間をサラサラと砂時計の砂のように流れ落ちていくような、今まで無意識に信じていた存在が、最初から存在していなかった?
 ああ、私は一体誰なのか?いや、そもそも何なんだ?

 気付いてしまったら、後から後から湧き出てくる疑問。私は膝から崩れ落ちたのだった。ホント、こういう記憶というか実感というか…そういう当たり前の感覚って、生きる基本というか土台みたいなものだったんだ。大切なものだったんだね。

 そんな感じで文字通り膝から崩れ落ちたのに、膝に感じたのは衝撃でも痛みでもなく、浮遊感だった。

「あのー…」

 空間は白いような、それでいて真っ暗闇のような、本当に変な場所で…その得体の知れなさや掴みどころの無さに、すでにパニック状態だった私は余計に混乱していて…

「すんません…あのー…聞こえます?」

 目の前にいきなり現れた、それこそ掴みどころの無い容姿と声の人の存在に…

「わっ!え?ま、マジですか⁉︎…おーい!…えっとその…お気を確かにーーーーーーー!」

 ぶっ倒れたようだ。
 だめだ、もう死ぬ。いや、私は死んでた?もういい、本当に、もうダメ。理解できない。お嬢様とか虚弱体質な人がビックリして気絶するとか、本当にあるんだとか思ってごめんなさい。

◇◇◇

 残念なことに、どうやら私が倒れたのは一瞬だったらしい。気づけばその『取り立てて特徴の無い人』に抱き起こされていた。
 それでも、一度倒れたことで思考がリセットされたのが良かったのか、だいぶ落ち着いてきた。
「ええとですね。私のこと、見えますよね?声聞こえますよね?」
 とりあえず頷いた。
「あー…その…どこまで認識してます?」
 声は出さない。いや、出すのを忘れているというのが近いかな。
「ええとですね…まず、ご自分が亡くなってここに来たのは分かってます?」
 直球だ。どストレート。それにビックリして反射的に頷いた。
「その人生って、今思い出せますか?」
 なんだか目の前の『よくわからない人』に、急に不信感が湧いた。いや、最初から怪しいわけだが。というより、この状況こそが謎なのだけれど。
 とりあえず、首を僅かに横に振って見せた。
「全く?家族構成とか、幼少期の記憶とか、生活記録みたいなのは?」
 首を傾げてしまった。何が聞きたいのかわからない。
「…気絶するとか、そういう感覚はあるみたいだし、言葉も通じるし…記憶も少しはある感じかな?」
 『特徴のない人』はぶつぶつ呟くと、私を立たせた。

「とりあえず、あなたの今の状況を説明させていただいても、良いですか?」

◇◇◇

 長い長い話だった。かいつまんで言うと、私の人生(あまり覚えていないけれど)は、神様の調整不足、というかサボりの結果、いろいろな意味で皺寄せという名の不運を押し付けられていた、ということらしい。世界というものを運営?していると、ちょくちょく皺寄せというか、あまり良くない影響が時々出てくるそうで、本来は神様はそれらを上手くやりくりして、不自然にならないように調整するのがお仕事らしい。

 でも、私の生きてきた世界の神様とやらは、偶然生まれて、目についた「生まれつき運の良い人間」や「生まれつき器用な人間」「生まれつき我慢強く努力できる人間」たちに、『世界の皺寄せ』をまるっとなげていた、と…それは人生において、いわゆる不運な出来事になることが多く…一言で不運と言っても、ちょっとした段差につまづいて転びかけることから、あり得ない状況で事故に巻き込まれて即死するような事故レベルのものまで、それはそれは様々なのだという。

「それって、どういうことですか」
 これ以外に返す言葉があるのなら教えて欲しいもんだ。

「だから、あなたの生前の苦労の8割くらいは、本来は背負わなくても良かったものだった、という……」
「それで」
「え?」
「あなたが今話したそれと、今私がここにいて、あなたがそれを説明しているのはなんのためですか?」
 怒りというか、感情も沸点を通り越すとかえって冷静になるようだ。
「そして、あなたは誰ですか?」
 取り立てて特徴のない彼は、あーーー…とちょっと狼狽えたように視線を泳がせて、一度唇をキュッと引き結びと真っ直ぐ私を見た。
「まずは、自己紹介というか…私は、あなたの生きていた世界とは違うところの世界の管理人です。いわゆるあなたの世界の神の同業者みたいなものですかね」
「…わかりました」
「あー、そしてですね、最近あなたの世界の管理人の様子がおかしいというのが話題になりましてね。同業者同士で秘密裏に調べた結果、貴女のような方がチラホラ見つかったんですよね。でも、救済させようにも、貴女の世界の神はそれを了承しないというか、それも出来ない感じでして…」
「…出来ない?」
「わかりやすく言うと、精神的に限界みたいな」
「…はあ」

 要は、この世界で調整しようにも担当者が仕事ができない状態な上に、救済(おそらくは生まれ変わって幸せに…な意味らしいが)しようにも部外者じゃ出来ない。でも、抜け道が一つありますよ、と。

「ラノベでいうところの異世界に転生とか、そんな感じですね!私たちの管理する所で、新しい人生はじめませんか?」

にっこり。『特徴のない人』はどこそこで見かけるニコニコマークみたいに笑った。
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