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第二章
第二章4 ~絶対にやめてくださいって言ったじゃないですか~
しおりを挟む清澄聖羅は寝る際、バスタオル一枚の格好になっていた。
バスタオルに宿った「神々の加護」はバスタオル一枚のみを身体に巻き付けた状態の時にもっとも効果を発揮し、それ以外の身に付け方だと加護が緩んでしまう。
起きている時ならば、胸に巻いている布を外すなどして、ほんの数秒で加護を最大に発揮させることが出来る状態に持って行くことが出来るのだが、寝ている間はそういうわけにもいかない。
もっとも無防備な時にはもっとも加護を発揮している状態にするのは、当然の備えだった。その格好で寝ていると寝相でバスタオルがはだけてしまい、朝恥ずかしい思いをすることになるのだが、身の安全には替えられない。
ただ、聖羅にはその状態では出来ないことがあった。
(月夜の国の王様……アハサさんとまた話しておきたい気はするのですが……)
聖羅が夢を見ている間に、二度ほど干渉してきた『月夜の国』の王・アハサ。
その助言はいまのところ的確であり、ルィテ王国の者達が、その立場から教えてくれなかった情報を提供してくれたこともあった。
聖羅はそのアハサと夢の中で対話したことを、いまのところルィテ王国の者にも、ヨウやリューといった存在にも伝えていない。
本当は『月夜の国』という国がどこにあるのか、どういう性質を持つ国なのか、その王はどういう人物なのか調べたかったのだが、聖羅としてはアハサは別方面からの情報源として出来ればルィテ王国の者たちには秘匿しておきたかったのだ。
(本が読めれば……こっそり調べることも出来たんですけどね……)
アハサ曰く、『自分のことは人間なら誰でも知っている』とのことだったので、使用人レベルでも聞けば知っていることを教えてくれるだろう。
しかしその使用人はルィテ王国から与えられている世話役であって、聖羅を最優先してくれるわけではない。『月夜の国』について調べているということがイージェルドやオルフィルドにも伝わってしまう。
それは避けたいが、かといってアハサという存在が善良な存在なのかどうかもわからないまま、与えられる情報を信じすぎるのも問題だ。
(ああ、もう……あっちもこっちも警戒しなきゃいけないことだらけです……)
もしも、聖羅がもう少し子供であったなら。
何も考えずにルィテ王国の者達を信用して全てを任せ、身を委ねていたかもしれない。
あるいは、バスタオルの加護がなくても生きていける世界であったなら。
バスタオルを提供し、生命だけでも保証してもらうことを決められたかもしれない。
だが聖羅は大人の女性で、善良ではあっても邪悪を知らないわけではない。
なまじ人を信じることの危うさを知ってしまっている分、身動きが取れなくなってしまっているのだった。
(とはいえ、です。このまま状況が動くことに対応してばかりでは、いつか無理が来てしまうでしょう……私から状況を動かさなければなりません)
そう聖羅は考えていた。
いまのところはギリギリなんとか対応出来ていたが、それには限度がある。与えられるばかりではなく、自分の居場所は自分で確保しなければ安心できない。
これまでの経緯を踏まえて、ヨウとは完全に信用しても問題ない関係になれたと考えられる。リューは目的が目的なため、信用は出来ても頼りすぎるわけにいかない。
(リューさんには手も足も出なかったとはいえ、大妖精であるヨウさんも決して弱いわけではないですから……心苦しいですが、それを利用させてもらうしかないですね……)
周辺諸国に声をかけて行われる式典や会合には、準備に時間がかかるため、開催はまだ先の話だ。
その間に出来る限りの状況を整えようと、聖羅は決心して眠りについた。
そして翌朝、目を覚ました聖羅は、自分がバスタオル一枚の格好でベッドの上に寝転がっていることを自覚し、いまだ異世界にいることを知る。
大きく伸びをして身体を解し、寝乱れたバスタオルの裾を整えながらベッドから降りた。
寝癖などが着いていないか、軽く確認した後、身支度を調える。
寝汗や目やになど、元の世界であれば気になっていたことは、ここでは気にする必要がなかった。
(恥ずかしいということさえ除けば、最高の加護なんですけどね……)
バスタオルに宿った加護は外敵からの刺激を弾く以外にも、身体的に可能な限り清潔・健康を維持してくれるという効果があった。暑さ寒さを無効化するのもそうだが、聖羅の身体は考え得る限り清潔かつ健康な状態を保ち続けている。
それは元の世界でさえあり得なかったことで、聖羅の身体は元の世界にいた頃よりもずいぶん綺麗になっていた。精神的に相当なストレスがあるはずだが、いまのところ肌荒れや体調不良が表出したことはない。
聖羅はまだ二十歳になったばかりであり、そこまで肌の衰えを感じたことはなかったが、そんな彼女でさえ、最近の肌の張りはまるで高校時代に戻ったようだと感じていた。
(いえ、下手したらその頃より肌の艶やハリはいいかもしれませんね……)
この世界に来て、唯一確実に良かったと言える点である。
状態がいいおかげで、この世界の美形に囲まれてもそこまでの劣等感を抱かずに済んでいるということはある。
それでも、生真面目な性格の聖羅としては、顔を水で洗う習慣はやめられなかった。これは実際に清潔かどうかというよりは、気分的な問題だ。
本当は入れるなら風呂にも入りたいところだが、それはこの世界の事情で不可能だった。
(この世界に入浴の文化がないのは残念ですね……)
魔法で清潔な状態を維持できるため、入浴の文化は根付いていないのである。
正確には全く存在しないわけではなく、例えば森や山の奥などに自然に湧いている温泉に浸かることはある。
それは元の世界でいうところの海水浴のようなもので、日常的に行うものではないのだ。
雑談の際に入浴が文化として存在すると話した際、オルフィルドはこの王城に入浴施設を作ってもいいと提案したが、聖羅はそれを全力で固辞した。
入浴しないことで不都合が生じているのならばともかく、バスタオルのおかげで身体を清潔に保てる以上、自分の精神的な充足のためだけにそんな施設を用意させるのは忍びなかった。
(まあ、入浴の際もタオルは外せませんから……あまり効果はないかもしれませんが)
暑さ寒さを無効化し、常に最適の感覚を保ってくれる加護があるっため、お風呂のお湯をどう感じるのかは聖羅にもわからなかった。
害がないレベルに抑えられるのか、それとも全く無効化してしまうのか。
ご飯などは普通に温かいか冷たいかを感じられるため、風呂もそういう最適な温度で感じられるのではないかと推測しているが、全身を水に浸けたことがない以上、確実なことはわからない。
(……いえ、そういえば、最初に浅い水場に落ちましたっけ)
魔王が封印されていたと思われる場所で、小島を浮かべていた不思議な水のことを聖羅は思い出していた。
後にそれ自体が動いて攻撃してきたため、ただの水ではなかったが、そのとき聖羅は水浸しになっていた。
(あのときは、さほど冷たくはなかったですけど……あれだけ地下にある空洞だったのですから、実際は非常に冷たかったと考えるべきですが……そうすると、やはり水やお湯に浸かっても、それなりの感覚で済むということでしょうか……)
そんなことをつらつらと考えつつ、聖羅はバスタオルを腰までずりさげ、トップレスの姿になる。
ブラジャーを着けずに過ごして数週間経つが、いまのところ聖羅の胸の形が崩れてくるような気配はなかった。
それも加護のうちなのか、聖羅の体質的なものかはわからない。
わからないが、聖羅は女性の端くれとして、その事実をありがたく受け取っていた。
(ええと……今日は、と……)
胸に巻く用の布には、いくつかの種類が用意されている。種類があるとはいえ、それはささやかな違いであり、基本的には白一色だった。
バスタオルに色を合わせるとそうならざるを得ないため仕方ないのだ。
適当に手に取ったそれを身体に巻き付けていく。万が一にも腰のバスタオルに被さらないよう、かなり余裕を持って巻いているため、へそや一番下の肋骨あたりまで見えてしまうのだが、バスタオルには替えられない。
かなり心もとない格好ではあるが、バスタオル一枚に比べれば雲泥の差だ。
乳房を支えるように布で持ち上げ、くるりと二、三周胸に巻き付け、最後に余った部分の布端を首の後ろで結ぶ。
本当は固結びにしたいところだが、万が一の際はすぐに外さなければならないので、引っ張ればほどける結び方にしてあった。
改めて鏡の中の自分の姿を確認する聖羅。
(……うん。まあ、水着……といえなくはない……ですね)
腰に巻いているのがバスタオル、というのがなんとも不格好ではあるが、パレオと思えばいい。見た目だけなら、人に全く見せられない姿というわけでもない。
この格好ができて、本当に助かったと聖羅は思っていた。
下着は身に付けられていないので、股間がスースーするというのが悩ましいところではあるのだが。
(贅沢をいったら罰が当たりますよね)
なるべく足を大きく動かさないようにしつつ、聖羅は隣の部屋に移動し、待機していた使用人のクラースにお願いして、いつもの身支度をしてもらう。
いつも通りに朝食を部屋に用意してもらい、完全な和食というわけではないが、十分和風な朝食をとって、人心地ついた頃。
それは――嵐のようにやってきた。
そろそろテーナルクとの対話を約束していた時間になるかという頃、なんとなく城内がざわついているのを、聖羅は感じ取った。
「……? どうしたんでしょう?」
聖羅の部屋は最初に用意された部屋がヨウとリューの小競り合いのために吹き飛んで以降、より見晴らしのいい――要するに同じようなことが起きても被害の少ない――上層部に移されていた。
その部屋からだと、窓から城内の様子が窺えるのだ。
なにやらいつもは整然と移動している兵士や使用人たちが、慌てふためいて右往左往しているように見えた。
聖羅の住む部屋から中庭に至るまでの通路は基本的に人の立ち入りが禁止されているため、部屋の外が騒がしくなっているわけではなかったが、明らかにいつもと様子が違った。
不安に思った聖羅を慮ってか、部屋の隅に控えていたクラースが動き出した。
「セイラ様、私が様子を見て参ります」
「お願いします。もし、私……あるいはリューさんたちの関係であればすぐに呼んでください」
「かしこまりました」
そう言ってクラースが出て行った後、聖羅はもう一度城内の様子を窓から伺う。
兵士や使用人の表情を見る限り、せっぱ詰まった状況というよりは、突然の事態に慌てている、という様子だった。
例えるなら、事故などが起きて危険が迫っているという雰囲気ではなく、突然思いもかけない来客が来て、対応に奔走しているというような――
聖羅がそう思った時、廊下側の扉の向こうが騒がしくなった。
先ほど出て行ったばかりの、クラースらしき声もその喧噪の中に混じっている。
聖羅は思わず身構えたが、さりとて他に何が出来るわけでもなく、ただ騒いでいる存在たちが近づいてくるのを黙って見ていることしか出来なかった。
喧噪が扉の前まで来たかと思うと、扉がノックもなく勢いよく開かれる。
そして、同時にいくつものことが起きた。
「どぉーもぉー! はじめましてにゃっ、聖女さまっ!」
聖羅の知らない快活そうなひとりの女性が、ドアを開けながら元気に挨拶し、
「ちょっ……まっ……ばっ……!」
その女性に手を牽かれ、赤い顔をしたひとりの少女が引き摺られて部屋に入って来て、
「あああ! なんてことしてくれるんですの! このお馬鹿姫っ! も、申し訳ありません、セイラさんっ!」
聖羅が昨日顔を会わせたテーナルクが、蒼い顔をしてその二人に続いて入ってきた。
なお、その後ろにはクラースをはじめとした多数の使用人や兵士もいたようだが、機転を利かせたクラースが部屋の中を覗けない位置で、止まるように抑えてくれたようだ。
部屋に入ってきた三人は、それぞれがそれぞれ、属性は違えども絶世の美女、あるいは美少女であり、同性の聖羅でさえ、思わず見惚れる美しさを有していた。
その先頭に立つ、褐色肌の元気な女性が、輝かんばかりの笑顔で聖羅に向けて口を開く。
「あなたが聖女様ですにゃー? ボクはルィテ王国南のフィルカードからやってきた、ルレンティナ・フィルカードにゃー。仲良くしてくれたら嬉しいのにゃ!」
奇妙な語尾で、いまだかつてこの世界に来てからはされてないような、フレンドリーな態度で挨拶をされ、唖然とするしかない聖羅であった。
そんな彼女に構わず、女性――ルレンティナは手を引いていた少女を、聖羅の前に押し出す。そして「こちらはあーみんですにゃ!」と彼女を紹介して「自分で名乗りますから貴女は黙っていてください!」と、本人に怒られた。
ルレンティナに比べれば、華奢で病弱そうな印象を受けるが、『姫』と言えばどちらかといえば彼女のような存在を思い浮かべるだろう。
その姫らしい彼女は、静かに聖羅に向けて頭を下げる。
「お初にお目にかかります、キヨズミセイラ様。わたしはルィテ王国の北の国、ログアンから参りましたアーミアと申します。このような初対面となってしまい、誠に申し訳ありません……」
恐縮して頭を下げ続ける彼女に、聖羅はなんといえばいいのか迷っていたが、そんな彼女にフォローを入れたのは、テーナルクだった。
「セイラさん。アーミア様は被害者ですわ。……そこのお馬鹿さんがわたくしたちの制止を振り切って……ルレンティア様、いくら友好国とはいえ……場合によっては国際問題に発展しかねない不作法ですわよ」
「てーなるんはお堅いにゃー。ボクと、てーなるんの仲じゃにゃいか!」
「わたくしと貴女との関係がいくら良好だったとしても、こんな不作法は通りませんわ!」
激しい言葉を交わし始める二人に対し、アーミアは深々と溜息を吐いている。
どうやらそれが日常のようで、セイラとしては唖然とする他ない。
ただ、聖羅としては、それ以上に問題にするべきことがあったため、そのやりとりを気にしている余裕はなかった。
二人の格好を見て、頭を抱えたくなるようなことがあったのだ。
(絶対にやめてください、って言ったじゃないですか……っ!)
突如現れたふたつの国の姫。
その彼女たちは、腰に一枚の布を巻き、胸を別の布で覆うという、極めて露出度の高い――現在の聖羅の格好を模したようなドレスを着ていたからだ。
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