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7 知的生命体

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 西暦2233年、ババ・ヴァンガの予言からちょうど200年後。人類は地球両極の氷河融解による海面の大上昇を経験した。公転軌道の変化、数万年単位で動く地球の周期、或いは太陽系が収束の兆しを見せ始めた。
 海面上昇に伴った影響が人類に甚大な被害を及ぼしたことも想像に難くない。
 これを受け、海に沈んだ大半の国々はその残された資源の確保と使い道を憂うことが日課となった。大災害から十年を経た現在、どの国においても新たな協定を結び資源共有国を増やすことが課題となっている。
 勿論、この日本もその誇るべき柔軟さを遺憾なく発揮し、世界規模のリソースシェアの波に乗じている。
 状況が状況だけに、国民構成の大半が国家を支える役人。おまけに生活必需品のほとんどが配給制である。役人以外はその家族で、嗜好品は定期的に配布される特別配給券により入手する。
 資源の乏しいお国柄、頼みの綱はいつだって海底に沈んだ遺物をさら復旧作業サルベージに向けられる。
 一方、手っ取り早く資源を確保したい国々は新型兵器の開発に勤しみ、十数年の時を経て未曾有の兵器開発に成功した――気候兵器、瞬間凍結器、アポトーシスウィルス……。
 当然ながら、平和を好む国も限られた資源の下、これに対抗する兵器及び装置を生産した。
 そんな中でも協定を結ぼうという動きは在った。いたずらに資源を消費するのはよして、限られた資源を共有しようではないか、と。
 在ったが、やはり駄目だった。
 だから強力な武器を持たない国はできるだけ好意的な国々の庇護にった。
 兵器による脅威は睨み合い、やがて拮抗し、それからは自滅するか先手で討たれるかの二択となった。
 それから更に200年後の今でも、遠い過去の空はここにない。
 厳ついサングラス越しに見えるのは、僕が生きるべきだった世界の平行線。あの頃より比較的多めの汚物が飛んでいる。
 空はこんなにも青いのに、暗い。人も小鳥も雲さえもそこにいることを許されない。
 弾道弾とそれに応える迎撃弾のやり取りを除いても、燦々と照り付ける太陽は僕らに厳しい。
 海洋コロニーの開発も未だ完成の兆しを見せない。僕が陸揚げされてもう一年が経過した。
 今は「夏」だろうか。あんなに小さな雲さえ申し訳なさそうだ。

        *

 今日も海底都市日本から様々な資源が浮上する。
 かつてネクロシグネチャーと呼ばれた未知の生命体が残した遺産。日本国防軍に対し彼らが張った日本西部<対転生亜空間帯アナザーワールド>も今や宝庫だ。
 慎重すぎる我々はあの闘いから二世紀もの時を経てようやく探査に踏み込んだのである。
 今日がいつもと違う点。海から引き揚げられる、その中でも兵器の部類において見掛けこそ普通の少女を詰めた重厚な入れ物が現れた。小さな窓から覗く姿は生身で、それはその少女がオリジナルである可能性を示していた。
 僕は特務官という立場の下、海に揚がった「初物」に触れることができる。
 だからまだ長年の堆積物を除去し切れていないそれを徐に撫でた。
 資源の名は『SACHIーA01』。
 当時は妙な威厳をもって佇んでいたであろう、今となっては「旧型」の生命維持装置にそう書いてあった。
 ――未知の旧型。
 水圧によって明らかになる過去の英知の結晶。分厚い窓から覗く、一見愛らしい少女の寝顔。
 僕は彼女を知っている。
 彼女は第一に僕の友であった。奴隷から家族へ、肉体関係を持ってからはその表現が相応しい。
 そして次に世界の大半を滅ぼした未知の知性体たちの核であったこと。
 限りなく人間味に溢れた科学の粋。今も昔も変わらない。
 そして再び彼女と出会った今、僕は言い様のない喜びに震え、今立っているこのちっぽけな陸地が、また何度目かの破滅を迎えるかもしれないという恐怖に涙した。
 どこかの時点で閾値に達し世界に現出した彼ら。彼らは常に世界を見ている。
 我々はいずれ、再び裁定の時を迎えるだろう。
『もう間もなく規定の滞在時間を超過します。速やかに遮光機体シェルターへ退避してください』
 かつて僕が愛した声音、面影を残した彼女が優しく告げる。
 共有した彼女の視界には、栗毛と真っ白な肌のそっくりな双子の姉妹が部屋中をはしゃぎ回る姿がある。
 僕は彼女たちを守っていかなくてはならない。見返りが欲しいのではない。ましてや世間体や見栄を気にするからでは決してない。僕自身がそうしたいのだ。
 この茫漠とした荒野、今となってはその大半が海の底に沈んだ莫大な虚構を前に、余りにも非力な僕は一瞬にして押し潰されるだろう。だがそれでも一向に構わない。その一瞬に僕が掛け得るすべてのものを投下する。
 効果エフェクトなど端から期待してはいない。ただ、何も為さずにいてはそれこそ余りにも虚し過ぎる。
 だから僕の妻子に対する思い、世界や誰にともなく発せられる「誓い」はいつだって個人的パーソナルだ。
 故に、その他周囲のことなどどうなっても構わない。しかし同時に、僕は経験からそれが本能的な生物として正しいことを知りながら、曲がりなりにも知的生命体であることを自負する「人間」としては大いに間違っていることも知っている。
 我々は慎ましく在るべきだ。幸せの内に在る者は、そうでない者が在るという事実を知り、やがては我が子、子々孫々の果てに同じ境遇に貶める可能性があることを憂う余裕を持たねばならない。
 そしてできれば手を差し伸べるか、或いは間接的に何ができるのか考えるべきだ。放っておくのも一つの手だろう。ただ、そこに破滅の片鱗を見たならば、直接手を下すべきである。
「何もできない」と嘆くことはない。
『慎ましくあること』、『足るを知ること』。
 これさえあれば、限られた資源の中でもどうにか生物らしい生活が可能になる。いずれは生殖行為も機械に頼ることなく自らの意思で統制できる日が来るかもしれない。大自然によって淘汰されていた本来の世界では意図せずそうであったし、理性を持った人間ならばそう在るべきである。
 行き過ぎた虚構はもう要らない。破滅はもう懲り懲りだ。
「ありがとう」
 彼女は僕に解らせてくれた。何よりも世界を愛した彼女は「世界」を滅ぼし眠った。
 愛らしい寝顔。輸送機がその器ごと担ぎ上げどこぞへ連れて行く。
 さようなら。
 僕は無骨な機体が消え入るまでその姿を見送った。

 彼らは再び見開かれた大きな瞳に、本当に美しいものが映る機会を今か今かと待ち望んでいる。



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