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1-4 第二の死

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 およそ三日ほど経った。眠気の周期で計ったので定かではない。
 エウルから教わった風読みも、何となく人を盗み見るようで避けてきたが、心が折れそうになって試みた――駄目だった。
 日々目まぐるしく移ろう世界を覗くことができたなら、どんなに癒されたことだろう。
 それから大体一か月、一年、十年と時は過ぎ、やがて月日を数えることもやめた。
 エウルの言っていたことを思い出した――「千年」。
 次の候補者が現れるまでの年月を伏して過ごす自分を俯瞰したイメージが頭を過り、完全に思考を停止した。眠くもない目を閉じてただ時の流れに身を任せた。
 夢を見た。目の前にはエウル、周りは相変わらずの伽藍。エウルはあの頃と同様に笑顔で手を振って駆けていく。重い足で必死に追い駆ける。見失う。気が付くと足元には彼女の衣服と灰が転がっている。
 突き動かされるように覚醒しエウルの最後を想像した。彼女は私に力の大半を譲って去った。それからしばらく駆けた後に倒れ伏し灰となって消えた。きっと私もそうなると確信した――いや、風の力を次代へ継承していない私にその先はあるのだろうか。
 そんな殊勝な考えが浮かんでいたことを覚えている。不思議と悲しさはなかった。
 ぼんやりと薄明りの空間に目を向けた。辺りの壁は何も変わらず、私が訪れた当初の状態を保っていた。相も変わらず、このまま悠久の時を朽ちることなく聳え続けるのだろう。
 崩れていない。壊れていない。そう言えば私は過去にそれらを散々壊した覚えがあった。
 確かに私の魔法を受けて崩れていた。その先に何があるのかと覗いて、また同じ壁が続いているのを見て「つまらない」と思った。
 伽藍は再生していたのだ。私の破壊などなかったかのように。私の存在など初めから認めていなかったかのように。常世の伽藍はとことん「死」というものを嫌うのだ。自らそれを選んでやってきた私など、ここには必要なかったのだ。そう思った。
 世界に降りて分かったことだが、魔素を使い切った魔石は灰のように崩れて消える。他の魔鉱石や魔結晶も同様。
 灰となったものは、原型を留めた遺骸とは違う。遺骸には魔素が多量に含まれるが、灰にはない。自然な最後を迎えたものは遺骸を残す。灰を残すものは魔素を失ったもの。つまり、同じ「死」ではないのだ。魔法の失われた世界において、自ら魔素を消費できるのは権能を持つ者に限られている。よって、正確には灰になることは「死」ではない。
「魔素を使い切れば灰になる」ことを知らない当時の私は、不要な残り滓のように崩れていく掌を呆然と眺めていた。
 私にはエウルの言う世界が訪れるのだろうか。いや、その保障はどこにもない。何故なら常世での正式な手順を踏まず、今にも身勝手な「死」を迎えようとしているのだから。
 単眼族とは何だろうか。この世界とは、常世の外とは一体どんなところなのだろうか。そもそも常世のことすらよく知りもしない。
 嗚呼――折角転生を果たし、第二の人生を全うしようと思っていたのに。
 そんなことを漠然と思い浮かべながら時を過ごし、もうどれだけ時が経ったかも知れず、夢を見て自身や世界に思いを寄せることすらもなくなった頃。
 ただ薄明りの部屋を映していた視界が不意に終わった。
 第二の「死」を迎えた瞬間だった。
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