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終章
41. 四葉と白詰草
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「お嬢様、今日もお手紙が届いています」
「ありがとうアイリ」
穏やかな午後の昼下がり、陽当たりの良いテラスで刺繍を嗜むロゼリエッタの元にアイリが一通の手紙を持って来た。
あの裁判の日から半年あまりが過ぎていた。
ロゼリエッタは父の治める領地で日々を過ごしている。元々、賑やかな王都は肌に合ってはいなかった。華やかさはないけれど落ち着いたこの地は過ごしやすく、以前より体力も少しついたように思う。
クロードは改めて身の回りの整理をすると、マーガスと共に隣国に戻っていた。
アーネストの忘れ形見であることは、永遠に公表されることはないらしい。
その事実を知れば彼を慕っていた人々は喜んで受け入れてくれるだろう。でも、彼の婚約者だったかつての令嬢はきっと胸を痛める。
何しろ婚約者が他の女性と愛を交わしていたと、二十年近く経った今さら突きつけられるのだ。アーネストが事故に遭い、婚約を解消せざるを得なくなってから、様々な苦悩や葛藤があったことだろう。
とっくに彼女なり清算し、新たな家庭を築いているのに非常に屈辱的な仕打ちだ。
だから隠し通したままでいい。
隣国に渡ってほどなくして届いた手紙には、そう記してあった。
一度だけ、スタンレー公爵についても書かれていた。
公爵は隣国の前王弟フランツにこの国の情報を流していたこと、資金援助をしていたことなどで隣国に護送されている。極刑こそ免れたものの、相応に重い罰が課せられるようだ。
ただ、夫人や二人の子息が連座されることはなく、夫人の母方の領地へ向かうことになるらしい。
「またクロードから?」
「はい」
テーブルの正面で読書に耽っていた兄が尋ねる。
彼は半月に一度くらいの頻度で、こうして会いに来てくれていた。クロードから手紙が届いていることもすでに当然知っている。かと言って、やり取りに関して口を出すことはなかった。
手紙で連絡を取り合おうと約束もしないまま、クロードは隣国へ旅立っていた。だから彼の方から書いて送ってくれるなんて思ってもみなかったけれど、連日のように届くその内容は大体にして同じだ。
クロードの近況と、ロゼリエッタの体調への気遣い。
それから――まめに手紙をくれるのなら、もっと早く色々なことを話して欲しかった。二か月も前に送った拗ねたような返事を気にしているのか、隣国での彼の暮らしぶりは手に取るように分かる。手紙と言うよりは日記を認めている、そんな感じだ。
それに対してロゼリエッタからの返事もほぼ同じような内容だった。
変わりなく元気に過ごしている。それだけだ。言いたいことはたくさんある。でもロゼリエッタは結局伝えずに我慢した。伝えたらまた、クロードを想って泣いてしまう。
「お兄様のところにクロード様からのお手紙は届かないの?」
「近況程度は届くよ。たまにね、ほんのたまに」
レオニールはたまに、と何度も強調する。
兄にとって、いちばん親しい友人はクロードだった。彼は彼でロゼリエッタが抱くものとはまた違った種類の寂しさがあるのかもしれない。
「お兄様だって、たまにしか送らないのに」
「僕はいいんだよ。君が手紙に書いてくれるから。それに一応、結婚式の日取りが決まったって連絡はしたし。――日時を教えたところで来るかどうかわからないけどね」
「来て欲しいのなら、そうお伝えした方が良いと思うわ」
他ならぬ親友の結婚式なのだ。クロードだって、そこは都合をつけてくれるだろう。しかし兄は歯切れが悪く、来れないかもしれないしなあと独り言ちている。よく分からない話だ。
陽が暮れる前に屋敷に戻る兄を見送り、敷地内にある白詰草畑に向かう。
四葉は今日も見つかりそうにない。
幼い頃は、侍女の優しさがあったから見つけられた。そしてロゼリエッタ自身がクロードのことだけを想って探していた。
だけど、今はもう違う。
純粋にクロードの幸せを願っては探せない。
クロードは手紙をくれる。
でも一つだけ、全く書かれないことがあった。クロードの新しい婚約者の話だ。
アーネストのことを差し引いても隣国の貴族や令嬢たちが放っておくはずがない。婚約者がいないと知れば積極的に動くのではないだろうか。
だからロゼリエッタは心から彼の幸せを望めない。
それでも探し続ける。
(幸せになって、欲しい)
白詰草をかき分ける手元に影が差した。
背後から細長い影が伸びる。ロゼリエッタは手を止めて振り返った。
「アイリ? ごめんね、もう少しで戻るか、ら――」
顔を確かめる為に顔を上げ、その目が驚きで見開かれる。
アイリよりずっと高い場所にある顔。
太陽の日差しよりもずっと眩しい金色の髪。
空の色とも海の色とも違う青みがかった緑色の目。
優しい笑みを浮かべ、ここにいるはずのない人物が確かにいて、ロゼリエッタを見下ろしている。
「僕の可愛い白詰草。約束通り迎えに来たよ」
クロードはロゼリエッタの正面に回り、いつかと同じく姫君に対する騎士のように片膝をついて目線の高さを合わせた。
少しだけ、痩せた気がする。それとも半年の間に、さらに大人になったのかもしれない。
ロゼリエッタは俯いて首を振った。
「そんな約束を交わした覚えはありません」
「約束してるよ。ちゃんと後で迎えに来てって言った君に、必ず行くって答えてる」
そのやり取りは、二人で最後に出た夜会で交わした言葉だ。だけどそれは、ダヴィッドと一緒にいるところにクロードが来たことで――。
(――ううん。だってあの日は結局、クロード様とはあの場で別れて)
「思い出した?」
弾かれたように顔を上げれば、クロードはどこか楽しそうに笑う。こんな笑顔を見るのはずいぶん久し振りだ。最後に見たのはいつだっただろう。それを思い出そうとして、婚約してからは見た覚えがない気がしてやめる。
だけど、約束した時のクロードはどこか様子がおかしかった。
迎えに来て欲しいと言ったロゼリエッタの言葉が、原因だというのか。そんなそぶりなんて全くなかったのに。
クロードの手が、ロゼリエッタの頬に触れた。
その形を確かめるようにゆっくりと、壊してしまわないように優しく手をすべらせる。
(これは、夢?)
だとしたら身動ぎしたら途端に目が覚めてしまうかもしれない。
ロゼリエッタはじっとしていた。
おずおずと視線だけを動かしてクロードの顔を見つめる。綺麗な目の中に、自分だけが映っていた。
「本当は、おとなしくダヴィッド様に君を任せるつもりだった。もう二度と君に会えないつもりでマーガス殿下に手を貸していた。でも君が迎えに来て欲しいと言ってくれたから心が揺れた。君を諦められなくなった。君にそんなつもりがないことは分かっていたけれど――迎えに行ける日が来たらいいと思ったんだ」
「でも、その後に婚約の解消を切り出されました」
「――うん。他に巻き込まない方法が思いつかなかった。僕は自分の力を過信しすぎて、自分の置かれている状況を楽観視しすぎて、君を危険に晒そうとしていたから」
クロードは困惑したように眉尻を下げ、柔らかな白い頬を撫でる手を止めた。
「ここに来る前に、ダヴィッド様のところに行ったんだ。膝をついて深く謝罪した。僕の自分勝手な都合に巻き込んでしまった以上、殴られることを覚悟してもいた。だけど、最初から分かっていたと言われたよ。ダヴィッド様に常に嫉妬に塗れた目を向ける僕が君のことを手放せるわけがないって」
そうだ。
ダヴィッドも婚約の発表に関しては何も言わなかった。それはクロードとの婚約解消が公にされてはいなかった為だと思っていた。でも違った。ダヴィッドは彼なりに勘づいていたのだ。
ひどい仕打ちをしたと思う。
ダヴィッドと幸せになろうと思った気持ちに偽りはない。
でも結果的に嘘をつき、利用した。
「ダヴィッド様に、嫉妬なさっていたのですか」
「うん。僕には心から笑ってくれないのに、ダヴィッド様といる時の君はいつだって楽しそうに振る舞っていたから悔しかった。君を笑顔にすることさえしてやれない自分がもどかしかった」
そんなことを考えていたなんて知らなかった。
言ってくれたら――でもそれはお互い様だ。
ロゼリエッタも、困らせるなんて考えて飲み込んでしまわず、言えば良かった。
だけどそれは後になってから言えることであって、別離を経験しなければ何も言えないままだっただろう。
「クロード様なんか、嫌いです。……大っ嫌い」
ロゼリエッタは自ら身を引いた。
頬に触れる温かな手が、離れて行く。
寂しさを感じる前にクロードの首に両手を回して縋りついた。
「ずっと好きだったのに。クロード様の為に大人になろうとして、色んな気持ちを我慢していたのに」
「うん。泣きたい時に泣かせてあげられなくて、余計につらい思いをたくさんさせてしまったね」
「だから、もう、嫌い」
「それでもいいよ。嫌われていても、他の誰かを選んだとしても、僕はずっと、君だけがいい。君だけを愛してる」
嫌い、嫌い。
そう繰り返す度に、抱き締められて好きだと伝えられる。
ずっと、その腕で抱き締めて欲しいと思っていた。
愛してくれなくてもいい。
ただロゼリエッタだけを見つめ、その手で触れていて欲しかった。
「どうか――最初は友人からはじめてくれてもいい。それでもいつか僕と結婚して下さい」
クロードの声は、ロゼリエッタを強く渇望しているように聞こえた。
愛して欲しい。そう、望んでも良いのだ。
ロゼリエッタはクロードにしがみつき、頷いた。
クロードの差し伸べた手に、自分のそれをそっと重ねる。
優しく握り込まれたから強く握り返した。すると白詰草と四葉を編んで花冠を作るように指が絡んだ。
これでもう簡単に離れたりしない。離したり、しない。
「私、クロード様と初めてお会いした時にお兄様と遊んでいたカードゲームを、いつかクロード様と遊びたいって思っていました」
ささやかな憧れをクロードに伝える。
ふと、兄の歯切れの悪い様子を思い出した。
兄はもしかしたら、クロードが今日ここに来るのを知っていたのではないだろうか。クロードが振られてしまうかもしれないから、自分の結婚式には出ない可能性も考えていたのかもしれない。そんなことは、ありえないのだけど。
「でも、今度はお兄様と組みます。私と組むお兄様はきっと手強いから――頑張って倒して下さいませね」
「そのレオニールはとても手強そうだから、心してお相手するよ」
「ぜひ」
妹の結婚相手になるクロードに、レオニールの手厳しい様が脳裏に浮かぶ。
二人で無邪気に笑い合い、繋ぐ手に自然と力がこもった。
「ずっと、クロード様をお慕いしています」
「僕もずっと、君だけを想っているよ」
「たくさんお話しして、時々ちょっとケンカして、私はすぐ泣いてしまうと思います。そうしたら、抱きしめて下さい」
「うん。約束する」
ロゼリエッタは耳まで赤らめ、鮮やかな夕焼けの下をクロードと共に家まで歩く。
明日からはもう、彼の為に四葉は探さないだろう。
代わりに自分がたくさんの幸せを与えられる存在であれば良い。
そう、願った。
-END-
これにて完結となります。
最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
「ありがとうアイリ」
穏やかな午後の昼下がり、陽当たりの良いテラスで刺繍を嗜むロゼリエッタの元にアイリが一通の手紙を持って来た。
あの裁判の日から半年あまりが過ぎていた。
ロゼリエッタは父の治める領地で日々を過ごしている。元々、賑やかな王都は肌に合ってはいなかった。華やかさはないけれど落ち着いたこの地は過ごしやすく、以前より体力も少しついたように思う。
クロードは改めて身の回りの整理をすると、マーガスと共に隣国に戻っていた。
アーネストの忘れ形見であることは、永遠に公表されることはないらしい。
その事実を知れば彼を慕っていた人々は喜んで受け入れてくれるだろう。でも、彼の婚約者だったかつての令嬢はきっと胸を痛める。
何しろ婚約者が他の女性と愛を交わしていたと、二十年近く経った今さら突きつけられるのだ。アーネストが事故に遭い、婚約を解消せざるを得なくなってから、様々な苦悩や葛藤があったことだろう。
とっくに彼女なり清算し、新たな家庭を築いているのに非常に屈辱的な仕打ちだ。
だから隠し通したままでいい。
隣国に渡ってほどなくして届いた手紙には、そう記してあった。
一度だけ、スタンレー公爵についても書かれていた。
公爵は隣国の前王弟フランツにこの国の情報を流していたこと、資金援助をしていたことなどで隣国に護送されている。極刑こそ免れたものの、相応に重い罰が課せられるようだ。
ただ、夫人や二人の子息が連座されることはなく、夫人の母方の領地へ向かうことになるらしい。
「またクロードから?」
「はい」
テーブルの正面で読書に耽っていた兄が尋ねる。
彼は半月に一度くらいの頻度で、こうして会いに来てくれていた。クロードから手紙が届いていることもすでに当然知っている。かと言って、やり取りに関して口を出すことはなかった。
手紙で連絡を取り合おうと約束もしないまま、クロードは隣国へ旅立っていた。だから彼の方から書いて送ってくれるなんて思ってもみなかったけれど、連日のように届くその内容は大体にして同じだ。
クロードの近況と、ロゼリエッタの体調への気遣い。
それから――まめに手紙をくれるのなら、もっと早く色々なことを話して欲しかった。二か月も前に送った拗ねたような返事を気にしているのか、隣国での彼の暮らしぶりは手に取るように分かる。手紙と言うよりは日記を認めている、そんな感じだ。
それに対してロゼリエッタからの返事もほぼ同じような内容だった。
変わりなく元気に過ごしている。それだけだ。言いたいことはたくさんある。でもロゼリエッタは結局伝えずに我慢した。伝えたらまた、クロードを想って泣いてしまう。
「お兄様のところにクロード様からのお手紙は届かないの?」
「近況程度は届くよ。たまにね、ほんのたまに」
レオニールはたまに、と何度も強調する。
兄にとって、いちばん親しい友人はクロードだった。彼は彼でロゼリエッタが抱くものとはまた違った種類の寂しさがあるのかもしれない。
「お兄様だって、たまにしか送らないのに」
「僕はいいんだよ。君が手紙に書いてくれるから。それに一応、結婚式の日取りが決まったって連絡はしたし。――日時を教えたところで来るかどうかわからないけどね」
「来て欲しいのなら、そうお伝えした方が良いと思うわ」
他ならぬ親友の結婚式なのだ。クロードだって、そこは都合をつけてくれるだろう。しかし兄は歯切れが悪く、来れないかもしれないしなあと独り言ちている。よく分からない話だ。
陽が暮れる前に屋敷に戻る兄を見送り、敷地内にある白詰草畑に向かう。
四葉は今日も見つかりそうにない。
幼い頃は、侍女の優しさがあったから見つけられた。そしてロゼリエッタ自身がクロードのことだけを想って探していた。
だけど、今はもう違う。
純粋にクロードの幸せを願っては探せない。
クロードは手紙をくれる。
でも一つだけ、全く書かれないことがあった。クロードの新しい婚約者の話だ。
アーネストのことを差し引いても隣国の貴族や令嬢たちが放っておくはずがない。婚約者がいないと知れば積極的に動くのではないだろうか。
だからロゼリエッタは心から彼の幸せを望めない。
それでも探し続ける。
(幸せになって、欲しい)
白詰草をかき分ける手元に影が差した。
背後から細長い影が伸びる。ロゼリエッタは手を止めて振り返った。
「アイリ? ごめんね、もう少しで戻るか、ら――」
顔を確かめる為に顔を上げ、その目が驚きで見開かれる。
アイリよりずっと高い場所にある顔。
太陽の日差しよりもずっと眩しい金色の髪。
空の色とも海の色とも違う青みがかった緑色の目。
優しい笑みを浮かべ、ここにいるはずのない人物が確かにいて、ロゼリエッタを見下ろしている。
「僕の可愛い白詰草。約束通り迎えに来たよ」
クロードはロゼリエッタの正面に回り、いつかと同じく姫君に対する騎士のように片膝をついて目線の高さを合わせた。
少しだけ、痩せた気がする。それとも半年の間に、さらに大人になったのかもしれない。
ロゼリエッタは俯いて首を振った。
「そんな約束を交わした覚えはありません」
「約束してるよ。ちゃんと後で迎えに来てって言った君に、必ず行くって答えてる」
そのやり取りは、二人で最後に出た夜会で交わした言葉だ。だけどそれは、ダヴィッドと一緒にいるところにクロードが来たことで――。
(――ううん。だってあの日は結局、クロード様とはあの場で別れて)
「思い出した?」
弾かれたように顔を上げれば、クロードはどこか楽しそうに笑う。こんな笑顔を見るのはずいぶん久し振りだ。最後に見たのはいつだっただろう。それを思い出そうとして、婚約してからは見た覚えがない気がしてやめる。
だけど、約束した時のクロードはどこか様子がおかしかった。
迎えに来て欲しいと言ったロゼリエッタの言葉が、原因だというのか。そんなそぶりなんて全くなかったのに。
クロードの手が、ロゼリエッタの頬に触れた。
その形を確かめるようにゆっくりと、壊してしまわないように優しく手をすべらせる。
(これは、夢?)
だとしたら身動ぎしたら途端に目が覚めてしまうかもしれない。
ロゼリエッタはじっとしていた。
おずおずと視線だけを動かしてクロードの顔を見つめる。綺麗な目の中に、自分だけが映っていた。
「本当は、おとなしくダヴィッド様に君を任せるつもりだった。もう二度と君に会えないつもりでマーガス殿下に手を貸していた。でも君が迎えに来て欲しいと言ってくれたから心が揺れた。君を諦められなくなった。君にそんなつもりがないことは分かっていたけれど――迎えに行ける日が来たらいいと思ったんだ」
「でも、その後に婚約の解消を切り出されました」
「――うん。他に巻き込まない方法が思いつかなかった。僕は自分の力を過信しすぎて、自分の置かれている状況を楽観視しすぎて、君を危険に晒そうとしていたから」
クロードは困惑したように眉尻を下げ、柔らかな白い頬を撫でる手を止めた。
「ここに来る前に、ダヴィッド様のところに行ったんだ。膝をついて深く謝罪した。僕の自分勝手な都合に巻き込んでしまった以上、殴られることを覚悟してもいた。だけど、最初から分かっていたと言われたよ。ダヴィッド様に常に嫉妬に塗れた目を向ける僕が君のことを手放せるわけがないって」
そうだ。
ダヴィッドも婚約の発表に関しては何も言わなかった。それはクロードとの婚約解消が公にされてはいなかった為だと思っていた。でも違った。ダヴィッドは彼なりに勘づいていたのだ。
ひどい仕打ちをしたと思う。
ダヴィッドと幸せになろうと思った気持ちに偽りはない。
でも結果的に嘘をつき、利用した。
「ダヴィッド様に、嫉妬なさっていたのですか」
「うん。僕には心から笑ってくれないのに、ダヴィッド様といる時の君はいつだって楽しそうに振る舞っていたから悔しかった。君を笑顔にすることさえしてやれない自分がもどかしかった」
そんなことを考えていたなんて知らなかった。
言ってくれたら――でもそれはお互い様だ。
ロゼリエッタも、困らせるなんて考えて飲み込んでしまわず、言えば良かった。
だけどそれは後になってから言えることであって、別離を経験しなければ何も言えないままだっただろう。
「クロード様なんか、嫌いです。……大っ嫌い」
ロゼリエッタは自ら身を引いた。
頬に触れる温かな手が、離れて行く。
寂しさを感じる前にクロードの首に両手を回して縋りついた。
「ずっと好きだったのに。クロード様の為に大人になろうとして、色んな気持ちを我慢していたのに」
「うん。泣きたい時に泣かせてあげられなくて、余計につらい思いをたくさんさせてしまったね」
「だから、もう、嫌い」
「それでもいいよ。嫌われていても、他の誰かを選んだとしても、僕はずっと、君だけがいい。君だけを愛してる」
嫌い、嫌い。
そう繰り返す度に、抱き締められて好きだと伝えられる。
ずっと、その腕で抱き締めて欲しいと思っていた。
愛してくれなくてもいい。
ただロゼリエッタだけを見つめ、その手で触れていて欲しかった。
「どうか――最初は友人からはじめてくれてもいい。それでもいつか僕と結婚して下さい」
クロードの声は、ロゼリエッタを強く渇望しているように聞こえた。
愛して欲しい。そう、望んでも良いのだ。
ロゼリエッタはクロードにしがみつき、頷いた。
クロードの差し伸べた手に、自分のそれをそっと重ねる。
優しく握り込まれたから強く握り返した。すると白詰草と四葉を編んで花冠を作るように指が絡んだ。
これでもう簡単に離れたりしない。離したり、しない。
「私、クロード様と初めてお会いした時にお兄様と遊んでいたカードゲームを、いつかクロード様と遊びたいって思っていました」
ささやかな憧れをクロードに伝える。
ふと、兄の歯切れの悪い様子を思い出した。
兄はもしかしたら、クロードが今日ここに来るのを知っていたのではないだろうか。クロードが振られてしまうかもしれないから、自分の結婚式には出ない可能性も考えていたのかもしれない。そんなことは、ありえないのだけど。
「でも、今度はお兄様と組みます。私と組むお兄様はきっと手強いから――頑張って倒して下さいませね」
「そのレオニールはとても手強そうだから、心してお相手するよ」
「ぜひ」
妹の結婚相手になるクロードに、レオニールの手厳しい様が脳裏に浮かぶ。
二人で無邪気に笑い合い、繋ぐ手に自然と力がこもった。
「ずっと、クロード様をお慕いしています」
「僕もずっと、君だけを想っているよ」
「たくさんお話しして、時々ちょっとケンカして、私はすぐ泣いてしまうと思います。そうしたら、抱きしめて下さい」
「うん。約束する」
ロゼリエッタは耳まで赤らめ、鮮やかな夕焼けの下をクロードと共に家まで歩く。
明日からはもう、彼の為に四葉は探さないだろう。
代わりに自分がたくさんの幸せを与えられる存在であれば良い。
そう、願った。
-END-
これにて完結となります。
最後までお付き合い下さり、本当にありがとうございました!
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コメントありがとうございます!
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想い合っているのに踏み出せずにいた二人ですが、それでも最後まで見届けて下さりありがとうございました。
最終話のヒロインのセリフにもあるように、これからはケンカしてしまうことになっても気持ちを伝えることを大切にして関係を築いて行くので、どちらかが我慢することもなく二人でちゃんと幸せになります。
おゆう 様
コメントありがとうございます!
ヒロインは人間不信になっても仕方ない状況ですね……。
でも芯の部分では周りが思う以上にしっかりしているので、傷つきながらも自分にできることを頑張ろうとしています。