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第四章
25. 泡沫の幸せ
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「お身体の具合は大丈夫ですか?」
「はい。ご迷惑とご心配をおかけしましたが、今はもう普段と変わらない体調まで回復しております」
翌朝、食堂に向かって朝食の席に着くと、すでに来ていたシェイドが気遣いの言葉をかけた。
オードリーの勧めに素直に従って、さらに大事を取って昨日一日をベッドの上で過ごしたおかげで今はすっかり元気になっている。ロゼリエッタが頷けば顔色の良さもあって信用したのか、シェイドも小さく頷き返した。
昨日は眠り続けていたこともあり、シェイドとは一度も顔を合わせていない。
もっとも、婚約者のいる年頃の女性の部屋に家族でもない男性がいるのは褒められたことではなかった。不純な不貞目的ではなくとも、夜更けに看病してくれたらしいことは異端なのだ。
最初の夜に付き添ってくれたことへのお礼を言うべきか迷い、やめる。
ロゼリエッタが目を覚ます前にシェイドはもういなくなっていた。勝手に髪に触れてしまった手前、ロゼリエッタも気がついていたとは言い出しにくい。
そして多分、お互いに何もなかったふりを続けていた方が良いような気がした。
「元気になりましたし、シェイド様にお願いごとをしてもよろしいでしょうか」
「お願いごと?」
どんな反応があるか、緊張に胸を高鳴らせながら頷き返す。
ロゼリエッタからクロードにお願いごとなんて一度だってしたことがない。
だから聞いてもらえるか不安でいっぱいだった。
でもクロードへのお願いごとじゃない。シェイドへのお願いごとだ。それならきっと、聞いてもらえるはず。
願望を胸に、言葉を続ける。
「朝食の後でキッチンを少しお借りしたいのです」
利用許可はロゼリエッタが取りたいと、オードリーと相談してあった。
些細なことでも話をするきっかけが欲しかったのだ。
「キッチンで何かなさりたいことがあるのですか?」
疑問は当然のことだろう。
これまでロゼリエッタはおとなしくしていた。それが急にキッチンを借して欲しいだなんて訝しまれても仕方ない。
ロゼリエッタが屋敷内で行動を起こすこと自体が快く思われてはいないようで、決意が揺らぐ。
やっぱり、何もしない方が良いのだ。
みるみる萎んで行く自分の心の弱さに何度目か分からない幻滅をしながら、ロゼリエッタは首を振った。何でもないと引き下がろうとした時、シェイドが慌てたように言葉を紡ぐ。
「ああいえ、その。責めていたり、何もしてはいけないと言いたいわけではないのです。ただあの――君がはっきりと意思表示をするのは初めてだから、戸惑ってしまって。すみません、傷つけたりするつもりはないのです」
仮面越しに見える目は真摯な色を浮かべている。
彼もまた自分にできる範囲で歩み寄ろうとしてくれているのだと、ロゼリエッタは再び――けれど先程の後ろ向きな気持ちを払うように首を振った。
「オードリーと昨日、約束をしたのです。熱も下がって元気になったら一緒にクッキーを作りましょうって」
「クッキーを?」
「もちろん、キッチンで働く方々の邪魔になるようなことはしません。少しの材料と、端のスペースだけで構いませんから」
「――分かりました」
ようやくシェイドは頷いた。
「元々、屋敷内では自由に行動して良いとお伝えしておりますし、あなたの体調さえ問題ないのなら反対する理由もありません。ですが材料は揃っているのですか?」
「私は良く分からないのですが、必要なものは全て揃っているようです」
「そうですか。オードリーがついているなら大丈夫だとは思いますが、お怪我などはなさったりしませんよう、くれぐれも気をつけて下さい」
どうやら使用許可は無事にもらえたらしい。
ロゼリエッタはほっとして、よりいっそうと勇気を奮い立たせた。
「クッキーが焼けたら、一緒に召し上がって下さいませんか」
「一緒に?」
戸惑った声にロゼリエッタは俯くように頷く。
沈黙はいつだって痛くて重い。無意識のうちに祈るように両手の指を胸の前で組んだ。
迷うならいっそ、早く断って欲しい。
断って欲しくなんかないのに、胸が苦しくて真逆のことを願ってしまう。
「約束は三時くらいに、ここでよろしいですか?」
弾かれたように顔を上げる。
シェイドと目が合って、すぐにさりげなく逸らされてしまったけれど、それは否定的な感情からではなさそうだった。
「は、はい!」
思わず大きな声で返事をしてしまい、慌てて口を噤んだ。
恥ずかしい。
でもそれ以上にずっとずっと、嬉しい。
いつものように会話のない朝食も、その後の昼食も、いつもよりずっとおいしく感じた。
午後の柔らかな日差しが降り注ぐ窓際に、小さな白いティーテーブルと椅子のセットが置かれている。
初めて見る一式は、わざわざ運び込んでくれたのだろう。
緩いカーブを描きながら三つ脚に別れた柱で支えられた天板は、白詰草と四葉を組み合わせた図柄が端を縁取っており可愛らしい。そうと気がつくとテーブルの脚も椅子の脚も、白詰草と四葉の意匠が刻まれていた。
いちばん最初の夕食後のように、ダイニングテーブルを挟んでのお茶会だと思っていたから、誰かは分からないけれど気を回してくれたことが嬉しかった。
「可愛らしいテーブルセットですね」
「お気に召していただけましたか」
「はい。とても」
やはり先に来ていたシェイドが椅子を引いてエスコートしてくれる。
それも予想外のことだ。
お姫様のような扱いに頬が熱を帯びる。夜会で手を繋いだ時に感じた強いときめきとはまた違う、穏やかな喜びがじんわりと心を満たした。
シェイドが正面に座るのを見計らい、オードリーがクッキーを綺麗に並べたお皿を置くとカップに紅茶を淹れはじめた。
クッキーに目を向けていたシェイドが何かに気がついたような表情を見せる。
「早速、いただいてもいいですか」
「も、もちろんです。召し上がって下さい」
尋ねられて答えれば、伸ばされた右手がマーマレードを挟んだクッキーをつまんだ。
やっぱり、シェイドが選んだのもマーマレード入りだった。
そんな共通点に想いを馳せ、ふと気がつく。
シェイドが取ったのは、ロゼリエッタが形を作ったクッキーだ。何故なら――。
「このクッキーを型抜きしたのは、あなたですか?」
「そ……そうです」
シェイドの言葉に耳まで真っ赤に染まる。
ロゼリエッタは生地を混ぜることと、大きさの違う金属製のハート型でくり抜くこと、マーマレードを挟むことを手伝った。
でも、型で抜けば良いだけと思っていた作業は意外と難しく、端の方が上手く抜けなくてせっかくの形を崩してしまっていた。だから半分近くのクッキーが、綺麗なハート型ではなく少し歪なものになっている。
「見た目が悪いだけで味は……、問題ないと、思います。オードリーがしっかりと材料を計ってくれましたから」
出来立ては熱々のジャムで口の中をやけどをしてしまうからと、ロゼリエッタも味見はしていない。
基本的なことは全てオードリーがやってくれたから大丈夫なはずだ。形だって、ひどい焼きムラができてしまうほど崩れてはいない。
「大丈夫、おいしいです」
一口食べ、シェイドは注意して見ればそうと分かる程度に表情を緩めた。
お茶会に誘ったのも、クッキーを作ったのもロゼリエッタなのに、シェイドに味見をさせるような順番になってしまった。
申し訳なく思いながら、イチゴジャムを挟んだクッキーを手に取って食べる。甘さを控えたサクサクのクッキーと、煮詰めたことでより濃厚になったジャムの組み合わせがとてもおいしい。
ああ、それよりも。
たまにクロードが手土産に、グランハイム公爵家に勤めるお菓子職人が焼いたクッキーを持って来てくれたことがあった。
そのクッキーと、味も食感もとても良く似ている気がする。
「――おいしい」
クッキーの味に大きな違いはないのかもしれない。
だけどカルヴァネス侯爵家とグランハイム公爵家で異なる職人が焼くクッキーは、異なるものだ。だったら、懐かしさを感じる味と同じだと思いたい。
そしてその懐かしさは、ロゼリエッタに新しい勇気を与えてくれた。
「あの、シェイド様」
「何でしょうか」
"新しいお願いごと"をしようとしているのは多分ばれている。シェイドはどこか諦めたような苦笑いを浮かべた。
でも屋敷の中でなら自由にしていいという約束をしたのだ。ロゼリエッタは負けずにしっかりと顔を上げた。
「オードリーに、シェイド様は普段はお仕事の他に剣の鍛錬もなさっていると聞きました。良かったら、少しでも拝見させては下さいませんか」
「ご覧になっても、あまり楽しいものではないと思いますが」
シェイドは断らないまでも、やんわりと距離を置いてロゼリエッタから引き下がらせようとする。
ロゼリエッタはもちろん、引き下がったりなんかしない。顔を背けずに言葉を続けた。
「退屈だと思ったらすぐ部屋に戻ります。先程キッチンをお借りしたように、シェイド様のお邪魔になるようなことも絶対にしませんから」
必死に懇願するとシェイドは肩で大きく溜め息をついた。
折れて譲歩してくれたのだと思った。
もっと早く自分の気持ちやお願いごとを伝えていたら、どうなっていたのだろう。
そう考えて、自分の中でかぶりを振った。
――それでもきっと、結末は変わらなかったに違いない。
だって彼が想う人は他にいる。
「ロゼリエッタ嬢?」
沈んだ表情をしてしまっていたようでシェイドが心配そうに声をかけた。
体調が回復していないと誤解されたくはない。大丈夫です、と答えてシェイドを見つめる。
「――明日のこれくらいの時間に、オードリーに案内してもらって来て下さい」
明日も一緒にいてくれる。
今のロゼリエッタに、これ以上望めることなんてなかった。
「はい。ご迷惑とご心配をおかけしましたが、今はもう普段と変わらない体調まで回復しております」
翌朝、食堂に向かって朝食の席に着くと、すでに来ていたシェイドが気遣いの言葉をかけた。
オードリーの勧めに素直に従って、さらに大事を取って昨日一日をベッドの上で過ごしたおかげで今はすっかり元気になっている。ロゼリエッタが頷けば顔色の良さもあって信用したのか、シェイドも小さく頷き返した。
昨日は眠り続けていたこともあり、シェイドとは一度も顔を合わせていない。
もっとも、婚約者のいる年頃の女性の部屋に家族でもない男性がいるのは褒められたことではなかった。不純な不貞目的ではなくとも、夜更けに看病してくれたらしいことは異端なのだ。
最初の夜に付き添ってくれたことへのお礼を言うべきか迷い、やめる。
ロゼリエッタが目を覚ます前にシェイドはもういなくなっていた。勝手に髪に触れてしまった手前、ロゼリエッタも気がついていたとは言い出しにくい。
そして多分、お互いに何もなかったふりを続けていた方が良いような気がした。
「元気になりましたし、シェイド様にお願いごとをしてもよろしいでしょうか」
「お願いごと?」
どんな反応があるか、緊張に胸を高鳴らせながら頷き返す。
ロゼリエッタからクロードにお願いごとなんて一度だってしたことがない。
だから聞いてもらえるか不安でいっぱいだった。
でもクロードへのお願いごとじゃない。シェイドへのお願いごとだ。それならきっと、聞いてもらえるはず。
願望を胸に、言葉を続ける。
「朝食の後でキッチンを少しお借りしたいのです」
利用許可はロゼリエッタが取りたいと、オードリーと相談してあった。
些細なことでも話をするきっかけが欲しかったのだ。
「キッチンで何かなさりたいことがあるのですか?」
疑問は当然のことだろう。
これまでロゼリエッタはおとなしくしていた。それが急にキッチンを借して欲しいだなんて訝しまれても仕方ない。
ロゼリエッタが屋敷内で行動を起こすこと自体が快く思われてはいないようで、決意が揺らぐ。
やっぱり、何もしない方が良いのだ。
みるみる萎んで行く自分の心の弱さに何度目か分からない幻滅をしながら、ロゼリエッタは首を振った。何でもないと引き下がろうとした時、シェイドが慌てたように言葉を紡ぐ。
「ああいえ、その。責めていたり、何もしてはいけないと言いたいわけではないのです。ただあの――君がはっきりと意思表示をするのは初めてだから、戸惑ってしまって。すみません、傷つけたりするつもりはないのです」
仮面越しに見える目は真摯な色を浮かべている。
彼もまた自分にできる範囲で歩み寄ろうとしてくれているのだと、ロゼリエッタは再び――けれど先程の後ろ向きな気持ちを払うように首を振った。
「オードリーと昨日、約束をしたのです。熱も下がって元気になったら一緒にクッキーを作りましょうって」
「クッキーを?」
「もちろん、キッチンで働く方々の邪魔になるようなことはしません。少しの材料と、端のスペースだけで構いませんから」
「――分かりました」
ようやくシェイドは頷いた。
「元々、屋敷内では自由に行動して良いとお伝えしておりますし、あなたの体調さえ問題ないのなら反対する理由もありません。ですが材料は揃っているのですか?」
「私は良く分からないのですが、必要なものは全て揃っているようです」
「そうですか。オードリーがついているなら大丈夫だとは思いますが、お怪我などはなさったりしませんよう、くれぐれも気をつけて下さい」
どうやら使用許可は無事にもらえたらしい。
ロゼリエッタはほっとして、よりいっそうと勇気を奮い立たせた。
「クッキーが焼けたら、一緒に召し上がって下さいませんか」
「一緒に?」
戸惑った声にロゼリエッタは俯くように頷く。
沈黙はいつだって痛くて重い。無意識のうちに祈るように両手の指を胸の前で組んだ。
迷うならいっそ、早く断って欲しい。
断って欲しくなんかないのに、胸が苦しくて真逆のことを願ってしまう。
「約束は三時くらいに、ここでよろしいですか?」
弾かれたように顔を上げる。
シェイドと目が合って、すぐにさりげなく逸らされてしまったけれど、それは否定的な感情からではなさそうだった。
「は、はい!」
思わず大きな声で返事をしてしまい、慌てて口を噤んだ。
恥ずかしい。
でもそれ以上にずっとずっと、嬉しい。
いつものように会話のない朝食も、その後の昼食も、いつもよりずっとおいしく感じた。
午後の柔らかな日差しが降り注ぐ窓際に、小さな白いティーテーブルと椅子のセットが置かれている。
初めて見る一式は、わざわざ運び込んでくれたのだろう。
緩いカーブを描きながら三つ脚に別れた柱で支えられた天板は、白詰草と四葉を組み合わせた図柄が端を縁取っており可愛らしい。そうと気がつくとテーブルの脚も椅子の脚も、白詰草と四葉の意匠が刻まれていた。
いちばん最初の夕食後のように、ダイニングテーブルを挟んでのお茶会だと思っていたから、誰かは分からないけれど気を回してくれたことが嬉しかった。
「可愛らしいテーブルセットですね」
「お気に召していただけましたか」
「はい。とても」
やはり先に来ていたシェイドが椅子を引いてエスコートしてくれる。
それも予想外のことだ。
お姫様のような扱いに頬が熱を帯びる。夜会で手を繋いだ時に感じた強いときめきとはまた違う、穏やかな喜びがじんわりと心を満たした。
シェイドが正面に座るのを見計らい、オードリーがクッキーを綺麗に並べたお皿を置くとカップに紅茶を淹れはじめた。
クッキーに目を向けていたシェイドが何かに気がついたような表情を見せる。
「早速、いただいてもいいですか」
「も、もちろんです。召し上がって下さい」
尋ねられて答えれば、伸ばされた右手がマーマレードを挟んだクッキーをつまんだ。
やっぱり、シェイドが選んだのもマーマレード入りだった。
そんな共通点に想いを馳せ、ふと気がつく。
シェイドが取ったのは、ロゼリエッタが形を作ったクッキーだ。何故なら――。
「このクッキーを型抜きしたのは、あなたですか?」
「そ……そうです」
シェイドの言葉に耳まで真っ赤に染まる。
ロゼリエッタは生地を混ぜることと、大きさの違う金属製のハート型でくり抜くこと、マーマレードを挟むことを手伝った。
でも、型で抜けば良いだけと思っていた作業は意外と難しく、端の方が上手く抜けなくてせっかくの形を崩してしまっていた。だから半分近くのクッキーが、綺麗なハート型ではなく少し歪なものになっている。
「見た目が悪いだけで味は……、問題ないと、思います。オードリーがしっかりと材料を計ってくれましたから」
出来立ては熱々のジャムで口の中をやけどをしてしまうからと、ロゼリエッタも味見はしていない。
基本的なことは全てオードリーがやってくれたから大丈夫なはずだ。形だって、ひどい焼きムラができてしまうほど崩れてはいない。
「大丈夫、おいしいです」
一口食べ、シェイドは注意して見ればそうと分かる程度に表情を緩めた。
お茶会に誘ったのも、クッキーを作ったのもロゼリエッタなのに、シェイドに味見をさせるような順番になってしまった。
申し訳なく思いながら、イチゴジャムを挟んだクッキーを手に取って食べる。甘さを控えたサクサクのクッキーと、煮詰めたことでより濃厚になったジャムの組み合わせがとてもおいしい。
ああ、それよりも。
たまにクロードが手土産に、グランハイム公爵家に勤めるお菓子職人が焼いたクッキーを持って来てくれたことがあった。
そのクッキーと、味も食感もとても良く似ている気がする。
「――おいしい」
クッキーの味に大きな違いはないのかもしれない。
だけどカルヴァネス侯爵家とグランハイム公爵家で異なる職人が焼くクッキーは、異なるものだ。だったら、懐かしさを感じる味と同じだと思いたい。
そしてその懐かしさは、ロゼリエッタに新しい勇気を与えてくれた。
「あの、シェイド様」
「何でしょうか」
"新しいお願いごと"をしようとしているのは多分ばれている。シェイドはどこか諦めたような苦笑いを浮かべた。
でも屋敷の中でなら自由にしていいという約束をしたのだ。ロゼリエッタは負けずにしっかりと顔を上げた。
「オードリーに、シェイド様は普段はお仕事の他に剣の鍛錬もなさっていると聞きました。良かったら、少しでも拝見させては下さいませんか」
「ご覧になっても、あまり楽しいものではないと思いますが」
シェイドは断らないまでも、やんわりと距離を置いてロゼリエッタから引き下がらせようとする。
ロゼリエッタはもちろん、引き下がったりなんかしない。顔を背けずに言葉を続けた。
「退屈だと思ったらすぐ部屋に戻ります。先程キッチンをお借りしたように、シェイド様のお邪魔になるようなことも絶対にしませんから」
必死に懇願するとシェイドは肩で大きく溜め息をついた。
折れて譲歩してくれたのだと思った。
もっと早く自分の気持ちやお願いごとを伝えていたら、どうなっていたのだろう。
そう考えて、自分の中でかぶりを振った。
――それでもきっと、結末は変わらなかったに違いない。
だって彼が想う人は他にいる。
「ロゼリエッタ嬢?」
沈んだ表情をしてしまっていたようでシェイドが心配そうに声をかけた。
体調が回復していないと誤解されたくはない。大丈夫です、と答えてシェイドを見つめる。
「――明日のこれくらいの時間に、オードリーに案内してもらって来て下さい」
明日も一緒にいてくれる。
今のロゼリエッタに、これ以上望めることなんてなかった。
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