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いちばん大きな秘密 2

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 早く来て欲しい。
 だって、このままでいたら身体の奥に芽吹きはじめた熱が全身に広がって、どうにかなってしまいそうだ。
 その一方で、アドルフォードが贈ってくれたものだけれど、誘惑しているかのようなネグリジェを纏う姿は恥ずかしくて見られたくない気持ちもある。

「……お兄様の、ばかばか」
「どうして?」

 何気なくこぼした呟きに疑問を返され、フィオレンツィアは顔を上げた。視線の先にはいつの間にか部屋へと忍んで来たアドルフォードがいる。
 後はもう眠るだけだからか。昼間のようにネクタイを締め、かっちりとしたシャツを着てはいなかった。濃紺のガウンを纏い、普段とは雰囲気が全く違って見える。

 大好きな紫の目と視線が合うと、先程までの葛藤も忘れてフィオレンツィアは駆け寄った。
 そうしたら抱きしめてもらえるとばかり思っていたのに、アドルフォードはフィオレンツィアの両腕を掴んで動きを止めさせてしまう。不満そうなフィオレンツィアの全身を眺め、対照的に満足げな表情を浮かべた。

「良く似合ってるよ。僕だけの可愛い小さな花」

 ネグリジェを着ているのに、まるで素肌を直接見られているみたいだ。フィオレンツィアは羞恥に頬を染め、アドルフォードの背に両手を回した。
 すぐに優しく抱きしめ返してもらえたことに安堵の息をつく。
 それからアドルフォードの胸に頬を擦り寄せて甘えた。

 アドルフォードも湯浴みを済ませているようで、同じ石鹸の匂いがする。だけど深く匂いを吸い込むと彼本来の覚えのある匂いもした。

 アドルフォードの指がレース越しに背筋をなぞる。びくりと身を竦ませるフィオレンツィアの反応に楽しそうに笑い、耳をんだ。

「フィオレア、さっきの"ばかばか"はどういうこと?」

 そのまま忘れてくれたらいいのにアドルフォードは尋ねる。フィオレンツィアが羞恥心を感じると分かっているくせに意地悪だ。もちろん、そう分かっているから聞くのだろう。

「だって、」
「うん。だって?」

 フィオレンツィアはさらに顔を埋め、首を振った。
 やんわりと促されるだけで頬が熱を帯びて行く。優しい声が愛しくて吐息がこぼれた。一度口を引き結び、再び開く。

「だってネグリジェを着てても、肌が透けちゃうもの」
「確かにそうだね。でも透けてるのはデコルテの辺りだけだし、夜会のドレスでは見せてることもあるから何も問題はないんじゃないかな」
「……お兄様の意地悪」

 フィオレンツィアは頬を膨らませ、嘯くアドルフォードを見上げた。
 アドルフォードだって絶対、気がついているはずだ。でもフィオレンツィアにそれを口に出させたいのだとしても、口に出すのはとても恥ずかしかった。

「フィオレアは拗ねた顔も可愛いね」

 よほど自分が贈ったレース仕立てのネグリジェを着るフィオレンツィアの姿が気に入ったらしい。アドルフォードは「似合ってる」「可愛い」と幾度も耳元に囁いては額やこめかみ、頬に口づけた。けれどフィオレンツィアは早く唇を重ね合わせたくて、もどかしげにアドルフォードの袖口を掴む。

「お兄様ぁ……」

 分かっているだろうにアドルフォードはまだ口づけを交わしてはくれない。フィオレンツィアの両頬をそっと包み込み、額を合わせて優しく微笑む。
 よく見たらわずかに湿ったままの前髪が、ラフな状態で目元にかかっている。初めて見るその様が何だかとても色っぽくて、苦しいくらい胸を高鳴らせた。

「フィオレアが痛くないように潤滑油も用意してあるから、途中でやめたくなるくらい痛くなったらちゃんと言って」

 アドルフォードの言葉にフィオレンツィアは首を振った。
 早く、身も心も蕩けてしまいそうなほどに甘美な口づけを贈って欲しい。言葉を交わすことさえもどかしくて、泣きたくなった。

 あまり、意地悪をしないで欲しい。

「大好きなお兄様と初めて一つになるから、痛くてもいいの。その代わり……たくさん好きって言って。口づけも、いっぱいして」
「愛してるよ、僕だけの可愛い小さな花」

 素直な気持ちを思うまま口にすればようやく唇が重なり、たちまちフィオレンツィアは身も心も甘い歓喜で満たされて行く。もっと深く欲しくて少し背伸びをするとアドルフォードの首に手を回した。

 夜のとばりに包まれ、静まり返った部屋に舌の絡み合う音と、時折フィオレンツィアの口をつく吐息だけが響く。

 ずっと、二人だけの秘密を何度も重ねて来た。いちばん大きな秘密をこれから重ねて、そうしたらきっと新しい秘密はもう作られないだろう。そう思うと少し寂しいような気持ちになった。

「フィオレア」

 名を呼ばれてアドルフォードを見つめる。アドルフォードはどちらのものとも知れない唾液に濡れた小さな唇をなぞり、愛おしむように啄ばんだ。

「こんなに大きな二人だけの秘密はこれが最後だけれど、これからもたくさんの小さな秘密を君とだけ共有したいと思っているよ」
「……約束よ、お兄様」
「うん。約束だよ」

 右の手の甲に誓いの口づけを一つ落とされ、フィオレンツィアはうっとりと目を細めた。アドルフォードはその華奢な身体をお姫様のように横抱きにして奥の寝室へと連れて行く。ガウンの胸ポケットから取り出した何かをサイドテーブルの上に置き、大きなベッドの上に後頭部を支えながら横たえた。

 つられて目を向けると避妊薬が入っていた瓶と良く似た青い瓶だった。もしかして、と中身の予想をつけるフィオレンツィアの髪を一房掬い、アドルフォードは唇を寄せた。

「すぐ使える場所に置いておくから安心して」

 フィオレンツィアは首を振って目を伏せる。


 深い口づけと共に、ひときわ特別な秘密の夜が、はじまろうとしていた。

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