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不穏
壊れてしまったもの 2
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「明日、また改めて王城においで。ちゃんと落ち着いて話をしよう」
先程もされた手荒な扱いをまた受けるのだと思うと、フィオレンツィアは反射的に首を左右に振っていた。
こんな反応をしたら嫌われてしまうかもしれない。
でも、いやだ。
意味も理由もないままフィオレンツィアだけが肌を曝す行為は胸が苦しい。
アドルフォードは肩で息をついた。
「信じてもらえないだろうけど何もしないから、明日は二人で庭園を散歩して、久し振りにゆっくり話をして一緒に過ごそう。君の好きな花をたくさん飾って、君の好きな紅茶とお菓子もちゃんと用意しておくよ。だから、僕のところにおいで」
フィオレンツィアはそれでも返事をしなかった。髪を撫でられるまま、無言で心地良い馬車の振動に揺られ続ける。
しばらくして、先を行く馬車が速度を落としはじめた。
マルチェリオ家が近いのだろう。家に入る時は笑っていなければ、家族を心配させてしまう。上手く笑えるかは分からないけれど、手の甲をそっと押し当てて涙を拭った。
身体を離すフィオレンツィアの右手を取り、アドルフォードは透明な雫に濡れた白い手の甲に口づけた。
「君が来てくれるまで、ずっと待ってるから。いつでも好きな時においで。何をしていたって、必ずすぐに君とゆっくり過ごせる時間を作るよ」
言葉を振り切るよう馬車を降りる。
そうして次の日、フィオレンツィアは初めて逢瀬の約束を破った。
さらに翌日からアドルフォードは足繁くフィオレンツィアの元へ足を運んだ。
忙しい中で時間を作っているのだろう。来たら五分と経たずに王城へ戻ってしまうが、直接来てくれていることは扉をノックしながら名を呼ぶ声で分かっていた。
それでも会いたくなくて部屋に閉じこもっていると、フィオレンツィアの好きな焼き菓子や綺麗な本、可愛い髪飾りといったプレゼントの数々が溜まって行く。
今日の贈り物は帽子と靴だった。
デザインを揃えて誂えられ、白地に甘いピンクのリボンが揺れる。
フィオレンツィアの好きな色。
アドルフォードがよく贈ってくれる色。
(でも、違うのお兄様)
欲しいものはプレゼントなんかじゃない。
夜会でフィオレンツィアをダンスに誘った時に青年が言ってくれたような、フィオレンツィアが良いという一言が欲しいだけだ。
それともフィオレンツィアはそんな言葉を望んではいけないのだろうか。
王太子の婚約者という、年頃の令嬢であれば誰もが羨むような立場にいられるだけで満足をしなければいけないのだろうか。
愛情を注がれることを求めてはいけないのなら、もう”王太子の婚約者”じゃなくてもいい。
だからと言ってアドルフォード以外の異性と新しい恋をすることなんて、できるはずがなかった。
初恋を手放した後は、もう二度と恋はしない。
愛のない政略結婚をすることも無理だと目に見えている。家の役に立てず、育ててもらった恩も両親に返せないのであれば、初恋の綺麗な思い出だけに浸って修道院で生きて行くのも良いのかもしれない。
そうしたら、他の令嬢を選んで幸せそうなアドルフォードの姿を見なくて済む。
修道院に行くことをフィオレンツィアが考えはじめたのと時をほぼ同じにして、アドルフォードが訪ねて来なくなった。
今日の分はまだだけれど、プレゼント自体は毎日届けられている。
でも、アドルフォードはいない。
「おに……さま……」
ベッドの上で、フィオレンツィアは膝を抱えた。
本当は今すぐにでも会いたい。
可愛くない意地を張らずに会えば良かった。
修道院にだって行けるはずがない。
だけど、自分から手を離してしまった。
あの夜に全てが壊れてしまった。
フィオレンツィアが一人で夜会に行くことさえなければ、何も変わらずにいられたのに。
フィオレンツィアが全て壊してしまった。
涙を優しく拭ってくれる手を失って、膝に顔を埋めて一人で泣き続けた。
先程もされた手荒な扱いをまた受けるのだと思うと、フィオレンツィアは反射的に首を左右に振っていた。
こんな反応をしたら嫌われてしまうかもしれない。
でも、いやだ。
意味も理由もないままフィオレンツィアだけが肌を曝す行為は胸が苦しい。
アドルフォードは肩で息をついた。
「信じてもらえないだろうけど何もしないから、明日は二人で庭園を散歩して、久し振りにゆっくり話をして一緒に過ごそう。君の好きな花をたくさん飾って、君の好きな紅茶とお菓子もちゃんと用意しておくよ。だから、僕のところにおいで」
フィオレンツィアはそれでも返事をしなかった。髪を撫でられるまま、無言で心地良い馬車の振動に揺られ続ける。
しばらくして、先を行く馬車が速度を落としはじめた。
マルチェリオ家が近いのだろう。家に入る時は笑っていなければ、家族を心配させてしまう。上手く笑えるかは分からないけれど、手の甲をそっと押し当てて涙を拭った。
身体を離すフィオレンツィアの右手を取り、アドルフォードは透明な雫に濡れた白い手の甲に口づけた。
「君が来てくれるまで、ずっと待ってるから。いつでも好きな時においで。何をしていたって、必ずすぐに君とゆっくり過ごせる時間を作るよ」
言葉を振り切るよう馬車を降りる。
そうして次の日、フィオレンツィアは初めて逢瀬の約束を破った。
さらに翌日からアドルフォードは足繁くフィオレンツィアの元へ足を運んだ。
忙しい中で時間を作っているのだろう。来たら五分と経たずに王城へ戻ってしまうが、直接来てくれていることは扉をノックしながら名を呼ぶ声で分かっていた。
それでも会いたくなくて部屋に閉じこもっていると、フィオレンツィアの好きな焼き菓子や綺麗な本、可愛い髪飾りといったプレゼントの数々が溜まって行く。
今日の贈り物は帽子と靴だった。
デザインを揃えて誂えられ、白地に甘いピンクのリボンが揺れる。
フィオレンツィアの好きな色。
アドルフォードがよく贈ってくれる色。
(でも、違うのお兄様)
欲しいものはプレゼントなんかじゃない。
夜会でフィオレンツィアをダンスに誘った時に青年が言ってくれたような、フィオレンツィアが良いという一言が欲しいだけだ。
それともフィオレンツィアはそんな言葉を望んではいけないのだろうか。
王太子の婚約者という、年頃の令嬢であれば誰もが羨むような立場にいられるだけで満足をしなければいけないのだろうか。
愛情を注がれることを求めてはいけないのなら、もう”王太子の婚約者”じゃなくてもいい。
だからと言ってアドルフォード以外の異性と新しい恋をすることなんて、できるはずがなかった。
初恋を手放した後は、もう二度と恋はしない。
愛のない政略結婚をすることも無理だと目に見えている。家の役に立てず、育ててもらった恩も両親に返せないのであれば、初恋の綺麗な思い出だけに浸って修道院で生きて行くのも良いのかもしれない。
そうしたら、他の令嬢を選んで幸せそうなアドルフォードの姿を見なくて済む。
修道院に行くことをフィオレンツィアが考えはじめたのと時をほぼ同じにして、アドルフォードが訪ねて来なくなった。
今日の分はまだだけれど、プレゼント自体は毎日届けられている。
でも、アドルフォードはいない。
「おに……さま……」
ベッドの上で、フィオレンツィアは膝を抱えた。
本当は今すぐにでも会いたい。
可愛くない意地を張らずに会えば良かった。
修道院にだって行けるはずがない。
だけど、自分から手を離してしまった。
あの夜に全てが壊れてしまった。
フィオレンツィアが一人で夜会に行くことさえなければ、何も変わらずにいられたのに。
フィオレンツィアが全て壊してしまった。
涙を優しく拭ってくれる手を失って、膝に顔を埋めて一人で泣き続けた。
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