箱入り令嬢と秘蜜の遊戯 -無垢な令嬢は王太子の溺愛で甘く蕩ける-

瀬月 ゆな

文字の大きさ
上 下
28 / 53
不穏

想いの証明 1  ☆

しおりを挟む
 ベッドへ乱暴に投げ出され、フィオレンツィアの小さな身体が弾む。
 何が起こったのか分からずに起き上がれないでいる腰の辺りに跨って、アドルフォードはネクタイを外した。それからフィオレンツィアの両手を頭の上で手早く一つにまとめると、手首同士をネクタイで括る。

「いや……! お兄様、どうして」

 上半身だけで抵抗するフィオレンツィアは、視界の隅に入った自分の手首を半ば呆然と見つめた。
 どうしてこんなことをされるのか、本当に分からない。アドルフォードへ視線を移すと、伸びて来た彼の左手がフィオレンツィアの両手首をベッドにしっかりと抑えつけてしまった。

「一人で夜会に来たりして悪い子だね」

 空いている右手が柔らかなふくらみをドレス越しに鷲掴む。まるで優しくない行為から受ける痛みにフィオレンツィアは悲鳴をあげた。それでも力が緩められることはなく、強い力をくわえたまま揉みしだかれる。

 左の胸を掴まれているせいだろうか。心臓を直接掴まれているようだった。細かな無数のひびがすでに入った心臓は、ふとした弾みで簡単に壊れてしまいそうに思えた。

「痛く、しな……で……」

 ああだけど、いっそのこと本当に壊れてしまえばいいのかもしれない。
 壊れてしまったら、もう傷つかない。
 アドルフォードの隣にベルリアナが寄り添っているところを見ても涙はこぼれない。

「そんなにも、さっきの男に会いたかったの? あの男は君の何?」
「さっきの、ひ、とは……関係な……。わた、し……っ、お兄、様に……」

 お兄様に会いたかっただけ。

 そのたった一言すら聞き入れてもらえそうにない。胸の奥も外も痛くて、涙が溢れるのをこらえられなかった。

 ふくらみの奥にある心臓が粉々に砕かれてしまうより先に、アドルフォードの手が離れた。
 それが良いことなのか悪いことなのか、今のフィオレンツィアは判断が出来ない。目を合わせることも怖くて、離れて行く手を見つめるだけだった。

「に……さま……」

 アドルフォードは眉を寄せた険しい表情のまま、フィオレンツィアの両手首を結ぶネクタイを解いた。
 自由を得られたのに、ほっとするより先に不安を覚える。ゆっくりと身を起こして未だ鈍く痛む左胸に手を押し当てた。それからアドルフォードに声をかけようとして、彼の声が冷たく響く。

「本当にあの男との間に何もないと言うのなら、君の手でドレスを脱いでみせて」

 フィオレンツィアは呆然と目を見開いた。

「今、何て……言ったの……?」
「ん? 僕の言ったことが聞こえなかったの? 僕はね、今すぐ服を全て脱いでと君に言ったんだよ、僕の可愛い小さな花」

 それが聞き間違いであれば、どれだけ良かったことだろうか。
 あるいは趣味の悪さを拭いきれはせずとも、冗談だよと笑って取り消してくれるのであれば、どれだけ安心出来たことか。

 しかし不安に心を揺らすフィオレンツィアに気がついているだろうに、アドルフォードは目を合わせてもくれない。
 優しく見つめてくれないどころか、いつまで経っても自分の言うことを聞かないフィオレンツィアに苛立ったように大きな溜め息を吐く。そうしてベッドの端に腰を下ろした。

「フィオレアはそんなに僕に脱がせて欲しいのかな? でも、見ての通り今の僕はとても怒っているからね。そのドレスを二度と着られはしないよう、ズタズタに引き裂いてしまうかもしれないよ」

 そう、アドルフォードがずっと怒っていることはフィオレンツィアにも分かっている。
 原因はフィオレンツィアが一人で勝手に夜会に来たこと。
 アドルフォード以外の異性と踊ろうとしたこと。

 でもいちばんの理由は、その二つのどちらでもないような気がする。

 アドルフォードのことを知りたいのに、今はどうやって聞いたらいいのか分からない。
 そうして分かり合うことはおろか真意を掴むことさえ出来ず、ただ時間だけが無駄に経過して行く。

「……君の気持ちは分かったよ、フィオレア」

 最後にまた一つ嘆息し、困ったような顔で告げるアドルフォードに、フィオレンツィアは彼が考え直してくれたのだと思った。

「お兄様、」
「僕の言うことがそんなに聞けないと言うのであれば、もう帰っていいよ」

 ほっとした笑顔を浮かべかけたフィオレンツィアの表情が、氷水を頭から大量にかけられたように瞬時に凍る。
 興味の失せた玩具に向けるような目をフィオレンツィアにも向け、アドルフォードはその背を支えて扉の方へと促した。

「さあお帰り、小さな花」

 もうベルリアナがいるからフィオレンツィアはいらない。
 言外にそう言われた気がしてフィオレンツィアは反射的に首を左右に振った。

「いや、いやです」

 アドルフォードの腕に縋りついて懇願する。しかしフィオレンツィアへの関心を失い、見下ろすだけの視線に暖かな光を灯すことは出来なかった。

 このまま部屋を出されたらどうなってしまうのだろう。
 もう二度と優しく接してはもらえないのではないか。
 いや、それだけならいい。
 彼の"小さな花フィオレア"ではなくなってしまったらどうやって生きて行けばいいのか。

 唇を噛み、意を決して顔を上げる。
 見ているだけで涙が溢れるほどに冷ややかな目をまっすぐにのぞき込み、悲しみと羞恥に震える声でその言葉を自ら口にした。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ラヴィニアは逃げられない

恋愛
大好きな婚約者メル=シルバースの心には別の女性がいる。 大好きな彼の恋心が叶うようにと、敢えて悪女の振りをして酷い言葉を浴びせて一方的に別れを突き付けた侯爵令嬢ラヴィニア=キングレイ。 父親からは疎まれ、後妻と異母妹から嫌われていたラヴィニアが家に戻っても居場所がない。どうせ婚約破棄になるのだからと前以て準備をしていた荷物を持ち、家を抜け出して誰でも受け入れると有名な修道院を目指すも……。 ラヴィニアを待っていたのは昏くわらうメルだった。 ※ムーンライトノベルズにも公開しています。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

国王陛下は愛する幼馴染との距離をつめられない

迷い人
恋愛
20歳になっても未だ婚約者どころか恋人すらいない国王ダリオ。 「陛下は、同性しか愛せないのでは?」 そんな噂が世間に広がるが、王宮にいる全ての人間、貴族と呼ばれる人間達は真実を知っていた。 ダリオが、幼馴染で、学友で、秘書で、護衛どころか暗殺までしちゃう、自称お姉ちゃんな公爵令嬢ヨナのことが幼い頃から好きだと言うことを。

【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる

奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。 両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。 それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。 夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。

義兄に甘えまくっていたらいつの間にか執着されまくっていた話

よしゆき
恋愛
乙女ゲームのヒロインに意地悪をする攻略対象者のユリウスの義妹、マリナに転生した。大好きな推しであるユリウスと自分が結ばれることはない。ならば義妹として目一杯甘えまくって楽しもうと考えたのだが、気づけばユリウスにめちゃくちゃ執着されていた話。 「義兄に嫌われようとした行動が裏目に出て逆に執着されることになった話」のifストーリーですが繋がりはなにもありません。

届かぬ温もり

HARUKA
恋愛
夫には忘れられない人がいた。それを知りながら、私は彼のそばにいたかった。愛することで自分を捨て、夫の隣にいることを選んだ私。だけど、その恋に答えはなかった。すべてを失いかけた私が選んだのは、彼から離れ、自分自身の人生を取り戻す道だった····· ◆◇◆◇◆◇◆ 読んでくださり感謝いたします。 すべてフィクションです。不快に思われた方は読むのを止めて下さい。 ゆっくり更新していきます。 誤字脱字も見つけ次第直していきます。 よろしくお願いします。

騎士団長の幼なじみ

入海月子
恋愛
マールは伯爵令嬢。幼なじみの騎士団長のラディアンのことが好き。10歳上の彼はマールのことをかわいがってはくれるけど、異性とは考えてないようで、マールはいつまでも子ども扱い。 あれこれ誘惑してみるものの、笑ってかわされる。 ある日、マールに縁談が来て……。 歳の差、体格差、身分差を書いてみたかったのです。王道のつもりです。

王子の片思いに気付いたので、悪役令嬢になって婚約破棄に協力しようとしてるのに、なぜ執着するんですか?

いりん
恋愛
婚約者の王子が好きだったが、 たまたま付き人と、 「婚約者のことが好きなわけじゃないー 王族なんて恋愛して結婚なんてできないだろう」 と話ながら切なそうに聖女を見つめている王子を見て、王子の片思いに気付いた。 私が悪役令嬢になれば、聖女と王子は結婚できるはず!と婚約破棄を目指してたのに…、 「僕と婚約破棄して、あいつと結婚するつもり?許さないよ」 なんで執着するんてすか?? 策略家王子×天然令嬢の両片思いストーリー 基本的に悪い人が出てこないほのぼのした話です。

処理中です...