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不穏
想いの証明 1 ☆
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ベッドへ乱暴に投げ出され、フィオレンツィアの小さな身体が弾む。
何が起こったのか分からずに起き上がれないでいる腰の辺りに跨って、アドルフォードはネクタイを外した。それからフィオレンツィアの両手を頭の上で手早く一つにまとめると、手首同士をネクタイで括る。
「いや……! お兄様、どうして」
上半身だけで抵抗するフィオレンツィアは、視界の隅に入った自分の手首を半ば呆然と見つめた。
どうしてこんなことをされるのか、本当に分からない。アドルフォードへ視線を移すと、伸びて来た彼の左手がフィオレンツィアの両手首をベッドにしっかりと抑えつけてしまった。
「一人で夜会に来たりして悪い子だね」
空いている右手が柔らかなふくらみをドレス越しに鷲掴む。まるで優しくない行為から受ける痛みにフィオレンツィアは悲鳴をあげた。それでも力が緩められることはなく、強い力をくわえたまま揉みしだかれる。
左の胸を掴まれているせいだろうか。心臓を直接掴まれているようだった。細かな無数のひびがすでに入った心臓は、ふとした弾みで簡単に壊れてしまいそうに思えた。
「痛く、しな……で……」
ああだけど、いっそのこと本当に壊れてしまえばいいのかもしれない。
壊れてしまったら、もう傷つかない。
アドルフォードの隣にベルリアナが寄り添っているところを見ても涙はこぼれない。
「そんなにも、さっきの男に会いたかったの? あの男は君の何?」
「さっきの、ひ、とは……関係な……。わた、し……っ、お兄、様に……」
お兄様に会いたかっただけ。
そのたった一言すら聞き入れてもらえそうにない。胸の奥も外も痛くて、涙が溢れるのを堪えられなかった。
ふくらみの奥にある心臓が粉々に砕かれてしまうより先に、アドルフォードの手が離れた。
それが良いことなのか悪いことなのか、今のフィオレンツィアは判断が出来ない。目を合わせることも怖くて、離れて行く手を見つめるだけだった。
「に……さま……」
アドルフォードは眉を寄せた険しい表情のまま、フィオレンツィアの両手首を結ぶネクタイを解いた。
自由を得られたのに、ほっとするより先に不安を覚える。ゆっくりと身を起こして未だ鈍く痛む左胸に手を押し当てた。それからアドルフォードに声をかけようとして、彼の声が冷たく響く。
「本当にあの男との間に何もないと言うのなら、君の手でドレスを脱いでみせて」
フィオレンツィアは呆然と目を見開いた。
「今、何て……言ったの……?」
「ん? 僕の言ったことが聞こえなかったの? 僕はね、今すぐ服を全て脱いでと君に言ったんだよ、僕の可愛い小さな花」
それが聞き間違いであれば、どれだけ良かったことだろうか。
あるいは趣味の悪さを拭いきれはせずとも、冗談だよと笑って取り消してくれるのであれば、どれだけ安心出来たことか。
しかし不安に心を揺らすフィオレンツィアに気がついているだろうに、アドルフォードは目を合わせてもくれない。
優しく見つめてくれないどころか、いつまで経っても自分の言うことを聞かないフィオレンツィアに苛立ったように大きな溜め息を吐く。そうしてベッドの端に腰を下ろした。
「フィオレアはそんなに僕に脱がせて欲しいのかな? でも、見ての通り今の僕はとても怒っているからね。そのドレスを二度と着られはしないよう、ズタズタに引き裂いてしまうかもしれないよ」
そう、アドルフォードがずっと怒っていることはフィオレンツィアにも分かっている。
原因はフィオレンツィアが一人で勝手に夜会に来たこと。
アドルフォード以外の異性と踊ろうとしたこと。
でもいちばんの理由は、その二つのどちらでもないような気がする。
アドルフォードのことを知りたいのに、今はどうやって聞いたらいいのか分からない。
そうして分かり合うことはおろか真意を掴むことさえ出来ず、ただ時間だけが無駄に経過して行く。
「……君の気持ちは分かったよ、フィオレア」
最後にまた一つ嘆息し、困ったような顔で告げるアドルフォードに、フィオレンツィアは彼が考え直してくれたのだと思った。
「お兄様、」
「僕の言うことがそんなに聞けないと言うのであれば、もう帰っていいよ」
ほっとした笑顔を浮かべかけたフィオレンツィアの表情が、氷水を頭から大量にかけられたように瞬時に凍る。
興味の失せた玩具に向けるような目をフィオレンツィアにも向け、アドルフォードはその背を支えて扉の方へと促した。
「さあお帰り、小さな花」
もうベルリアナがいるからフィオレンツィアはいらない。
言外にそう言われた気がしてフィオレンツィアは反射的に首を左右に振った。
「いや、いやです」
アドルフォードの腕に縋りついて懇願する。しかしフィオレンツィアへの関心を失い、見下ろすだけの視線に暖かな光を灯すことは出来なかった。
このまま部屋を出されたらどうなってしまうのだろう。
もう二度と優しく接してはもらえないのではないか。
いや、それだけならいい。
彼の"小さな花"ではなくなってしまったらどうやって生きて行けばいいのか。
唇を噛み、意を決して顔を上げる。
見ているだけで涙が溢れるほどに冷ややかな目をまっすぐにのぞき込み、悲しみと羞恥に震える声でその言葉を自ら口にした。
何が起こったのか分からずに起き上がれないでいる腰の辺りに跨って、アドルフォードはネクタイを外した。それからフィオレンツィアの両手を頭の上で手早く一つにまとめると、手首同士をネクタイで括る。
「いや……! お兄様、どうして」
上半身だけで抵抗するフィオレンツィアは、視界の隅に入った自分の手首を半ば呆然と見つめた。
どうしてこんなことをされるのか、本当に分からない。アドルフォードへ視線を移すと、伸びて来た彼の左手がフィオレンツィアの両手首をベッドにしっかりと抑えつけてしまった。
「一人で夜会に来たりして悪い子だね」
空いている右手が柔らかなふくらみをドレス越しに鷲掴む。まるで優しくない行為から受ける痛みにフィオレンツィアは悲鳴をあげた。それでも力が緩められることはなく、強い力をくわえたまま揉みしだかれる。
左の胸を掴まれているせいだろうか。心臓を直接掴まれているようだった。細かな無数のひびがすでに入った心臓は、ふとした弾みで簡単に壊れてしまいそうに思えた。
「痛く、しな……で……」
ああだけど、いっそのこと本当に壊れてしまえばいいのかもしれない。
壊れてしまったら、もう傷つかない。
アドルフォードの隣にベルリアナが寄り添っているところを見ても涙はこぼれない。
「そんなにも、さっきの男に会いたかったの? あの男は君の何?」
「さっきの、ひ、とは……関係な……。わた、し……っ、お兄、様に……」
お兄様に会いたかっただけ。
そのたった一言すら聞き入れてもらえそうにない。胸の奥も外も痛くて、涙が溢れるのを堪えられなかった。
ふくらみの奥にある心臓が粉々に砕かれてしまうより先に、アドルフォードの手が離れた。
それが良いことなのか悪いことなのか、今のフィオレンツィアは判断が出来ない。目を合わせることも怖くて、離れて行く手を見つめるだけだった。
「に……さま……」
アドルフォードは眉を寄せた険しい表情のまま、フィオレンツィアの両手首を結ぶネクタイを解いた。
自由を得られたのに、ほっとするより先に不安を覚える。ゆっくりと身を起こして未だ鈍く痛む左胸に手を押し当てた。それからアドルフォードに声をかけようとして、彼の声が冷たく響く。
「本当にあの男との間に何もないと言うのなら、君の手でドレスを脱いでみせて」
フィオレンツィアは呆然と目を見開いた。
「今、何て……言ったの……?」
「ん? 僕の言ったことが聞こえなかったの? 僕はね、今すぐ服を全て脱いでと君に言ったんだよ、僕の可愛い小さな花」
それが聞き間違いであれば、どれだけ良かったことだろうか。
あるいは趣味の悪さを拭いきれはせずとも、冗談だよと笑って取り消してくれるのであれば、どれだけ安心出来たことか。
しかし不安に心を揺らすフィオレンツィアに気がついているだろうに、アドルフォードは目を合わせてもくれない。
優しく見つめてくれないどころか、いつまで経っても自分の言うことを聞かないフィオレンツィアに苛立ったように大きな溜め息を吐く。そうしてベッドの端に腰を下ろした。
「フィオレアはそんなに僕に脱がせて欲しいのかな? でも、見ての通り今の僕はとても怒っているからね。そのドレスを二度と着られはしないよう、ズタズタに引き裂いてしまうかもしれないよ」
そう、アドルフォードがずっと怒っていることはフィオレンツィアにも分かっている。
原因はフィオレンツィアが一人で勝手に夜会に来たこと。
アドルフォード以外の異性と踊ろうとしたこと。
でもいちばんの理由は、その二つのどちらでもないような気がする。
アドルフォードのことを知りたいのに、今はどうやって聞いたらいいのか分からない。
そうして分かり合うことはおろか真意を掴むことさえ出来ず、ただ時間だけが無駄に経過して行く。
「……君の気持ちは分かったよ、フィオレア」
最後にまた一つ嘆息し、困ったような顔で告げるアドルフォードに、フィオレンツィアは彼が考え直してくれたのだと思った。
「お兄様、」
「僕の言うことがそんなに聞けないと言うのであれば、もう帰っていいよ」
ほっとした笑顔を浮かべかけたフィオレンツィアの表情が、氷水を頭から大量にかけられたように瞬時に凍る。
興味の失せた玩具に向けるような目をフィオレンツィアにも向け、アドルフォードはその背を支えて扉の方へと促した。
「さあお帰り、小さな花」
もうベルリアナがいるからフィオレンツィアはいらない。
言外にそう言われた気がしてフィオレンツィアは反射的に首を左右に振った。
「いや、いやです」
アドルフォードの腕に縋りついて懇願する。しかしフィオレンツィアへの関心を失い、見下ろすだけの視線に暖かな光を灯すことは出来なかった。
このまま部屋を出されたらどうなってしまうのだろう。
もう二度と優しく接してはもらえないのではないか。
いや、それだけならいい。
彼の"小さな花"ではなくなってしまったらどうやって生きて行けばいいのか。
唇を噛み、意を決して顔を上げる。
見ているだけで涙が溢れるほどに冷ややかな目をまっすぐにのぞき込み、悲しみと羞恥に震える声でその言葉を自ら口にした。
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