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執着
その素肌を初めて暴いた夜 1 ★
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フィオレンツィアも十五歳となり、社交界へのデビューの日を迎えた。
もちろんアドルフォードはドレスとアクセサリーを贈り、自らがエスコートをする為にマルチェリオ家に自ら足を運んだ。
「可愛いね。良く似合うよ」
「ありがとう、お兄様」
いつもより着飾ったフィオレンツィアのこめかみに口づけを落とすと、くすぐったそうに笑う。
本当は可憐な唇を奪いたかったが、今日は薄く紅を差している。
夜会に赴いた時から紅が剥げている淑女などいない。ましてや今日は、フィオレンツィアの社交界デビュー――すなわち、王太子の婚約者として正式にお披露目される場だ。さすがのアドルフォードとてその程度の理性はあった。
そうして二人で場に姿を現せば、フィオレンツィアは誰よりも人目を引いた。
華奢な身体を包む純白のドレスはオフショルダーで、縫いつけられた繊細なレースが袖の役割を果たしている。
スカートは先端にフリル加工を施した布を重ね合わせてボリュームを出し、ふんわりと可愛らしく広がる様は、すその加工も相俟って逆さにしたチューリップの花を思わせた。そして全体に惜しげもなく散りばめられた大小様々なパールが優しい輝きを放ち、チューリップの妖精のような令嬢を飾り立てる。
アクセサリーはパールを合わせてはいるものの、ネックレスに耳飾りとシンプルな作りだ。けれど、その控えめさが良いアクセントになって無垢な魅力を引き立てていた。
「お兄様……人目が、たくさん」
「僕の小さな花が可愛すぎるからだね」
「ちょっと恥ずかしいです」
注目を集め、フィオレンツィアは心細そうに身を擦り寄せる。
その儚げな表情と仕草は彼女をもっと大勢に自慢したいと思わせる一方で、誰の目にも触れさせたくないと思わせるにも十分だった。
ようやくお披露目された王太子の正式な婚約者だというのもあるのだろう。
だが確実にそれだけではない。
年頃の子息が向ける目の中には、あきらかにアドルフォードへの羨望の色があった。そんな視線からさりげなくフィオレンツィアを外すよう、同時に自分のものなのだと見せつけるよう、腕の中にそっと匿う。
「社交界デビューの日に、よく頑張ったねフィオレア」
「お兄様が、ずっと傍にいて下さったからです」
夜会を無難にやり過ごし、帰りの馬車の中でたくさんの口づけを与えながらアドルフォードは決めた。
フィオレンツィアをあまり夜会には出すまいと。
それでも最初のうちは、フィオレンツィアにも招待状が届けられていた。しかしアドルフォードのあからさますぎる態度を前に、次期国王である彼の機嫌を損ねることを恐れた一部の貴族は自主的に――あくまでもアドルフォードの命ではない――招待を控えるようになった。
特定の令嬢だけをわざと夜会に招待しないというのは、通常なら強く非難されてもおかしくはない行為だ。
けれど自粛をはじめた貴族には年若く、未だに婚約者の定まらない令息がいる家が多かった。故に王太子殿下の寵愛を一身に受ける婚約者の令嬢は、下心がなくとも呼びにくいだろう。いつしかそれが周囲の一般的な見解となった。
実際、フィオレンツィアを連れて夜会に出れば、彼女に向けたアドルフォードの甘やかな視線と態度で寵愛ぶりは裏づけられた。
しかし、中にはその暗黙の了解をあえて利用する者もいる。
王妃は一人しかなれない。それをフィオレンツィアだと認めたうえで、公妾の座に就ける為に娘と引き合わせるのだ。世継ぎを産ませ、実権はより家格の高い自分たちが握ろうというのである。
そういう手合いは腹に一物も二物も抱えており――ブレアドール侯爵も、当然その一人だ。
かと言って浅慮から適当にあしらえるような相手ではなく、故にアドルフォードを悩ませているのだった。
もちろん公妾など、持つことはおろか持つ予定さえもないままにフィオレンツィアが十八歳となった時、大きな転機が訪れた。
「髪飾りがずれてるよ、フィオレア」
「ありが――」
誕生日パーティーを兼ねたささやかな夜会に呼ばれたアドルフォードは、乾杯の後で隣に座るフィオレンツィアに手を伸ばした。
さりげなく顔を寄せる理由を手に入れて、誰にも聞こえないよう耳元に囁きかける。
後で大人たちの目を盗んで部屋に行くから鍵はかけないで、と。
大人には内緒で部屋に忍ぶ。
"二人だけの秘密"を匂わせた言葉に、フィオレンツィアは目を丸くしてアドルフォードを見つめた。その愛らしい唇に人差し指を押し当て、目をのぞき込むと半ば反射的に頷いてくれる。
「いい子だね、フィオレア」
「でも、私ももう十八歳になったのよ。いつまでも子供扱いしないで、お兄様」
頭を撫でれば、フィオレンツィアは仔猫のように目を細めた。だがすぐに唇を尖らせて子供扱いに不服を唱えて来る。
反応の全てが可愛くて笑みが浮かんだ。
フィオレンツィアの右手を取り、アドルフォードはその甲に恭しく唇を寄せる。
「ちゃんと一人前のレディだと思ってるよ。僕の可愛い小さな花」
だから抱きたいと願ってやまないのだ。
もちろんアドルフォードはドレスとアクセサリーを贈り、自らがエスコートをする為にマルチェリオ家に自ら足を運んだ。
「可愛いね。良く似合うよ」
「ありがとう、お兄様」
いつもより着飾ったフィオレンツィアのこめかみに口づけを落とすと、くすぐったそうに笑う。
本当は可憐な唇を奪いたかったが、今日は薄く紅を差している。
夜会に赴いた時から紅が剥げている淑女などいない。ましてや今日は、フィオレンツィアの社交界デビュー――すなわち、王太子の婚約者として正式にお披露目される場だ。さすがのアドルフォードとてその程度の理性はあった。
そうして二人で場に姿を現せば、フィオレンツィアは誰よりも人目を引いた。
華奢な身体を包む純白のドレスはオフショルダーで、縫いつけられた繊細なレースが袖の役割を果たしている。
スカートは先端にフリル加工を施した布を重ね合わせてボリュームを出し、ふんわりと可愛らしく広がる様は、すその加工も相俟って逆さにしたチューリップの花を思わせた。そして全体に惜しげもなく散りばめられた大小様々なパールが優しい輝きを放ち、チューリップの妖精のような令嬢を飾り立てる。
アクセサリーはパールを合わせてはいるものの、ネックレスに耳飾りとシンプルな作りだ。けれど、その控えめさが良いアクセントになって無垢な魅力を引き立てていた。
「お兄様……人目が、たくさん」
「僕の小さな花が可愛すぎるからだね」
「ちょっと恥ずかしいです」
注目を集め、フィオレンツィアは心細そうに身を擦り寄せる。
その儚げな表情と仕草は彼女をもっと大勢に自慢したいと思わせる一方で、誰の目にも触れさせたくないと思わせるにも十分だった。
ようやくお披露目された王太子の正式な婚約者だというのもあるのだろう。
だが確実にそれだけではない。
年頃の子息が向ける目の中には、あきらかにアドルフォードへの羨望の色があった。そんな視線からさりげなくフィオレンツィアを外すよう、同時に自分のものなのだと見せつけるよう、腕の中にそっと匿う。
「社交界デビューの日に、よく頑張ったねフィオレア」
「お兄様が、ずっと傍にいて下さったからです」
夜会を無難にやり過ごし、帰りの馬車の中でたくさんの口づけを与えながらアドルフォードは決めた。
フィオレンツィアをあまり夜会には出すまいと。
それでも最初のうちは、フィオレンツィアにも招待状が届けられていた。しかしアドルフォードのあからさますぎる態度を前に、次期国王である彼の機嫌を損ねることを恐れた一部の貴族は自主的に――あくまでもアドルフォードの命ではない――招待を控えるようになった。
特定の令嬢だけをわざと夜会に招待しないというのは、通常なら強く非難されてもおかしくはない行為だ。
けれど自粛をはじめた貴族には年若く、未だに婚約者の定まらない令息がいる家が多かった。故に王太子殿下の寵愛を一身に受ける婚約者の令嬢は、下心がなくとも呼びにくいだろう。いつしかそれが周囲の一般的な見解となった。
実際、フィオレンツィアを連れて夜会に出れば、彼女に向けたアドルフォードの甘やかな視線と態度で寵愛ぶりは裏づけられた。
しかし、中にはその暗黙の了解をあえて利用する者もいる。
王妃は一人しかなれない。それをフィオレンツィアだと認めたうえで、公妾の座に就ける為に娘と引き合わせるのだ。世継ぎを産ませ、実権はより家格の高い自分たちが握ろうというのである。
そういう手合いは腹に一物も二物も抱えており――ブレアドール侯爵も、当然その一人だ。
かと言って浅慮から適当にあしらえるような相手ではなく、故にアドルフォードを悩ませているのだった。
もちろん公妾など、持つことはおろか持つ予定さえもないままにフィオレンツィアが十八歳となった時、大きな転機が訪れた。
「髪飾りがずれてるよ、フィオレア」
「ありが――」
誕生日パーティーを兼ねたささやかな夜会に呼ばれたアドルフォードは、乾杯の後で隣に座るフィオレンツィアに手を伸ばした。
さりげなく顔を寄せる理由を手に入れて、誰にも聞こえないよう耳元に囁きかける。
後で大人たちの目を盗んで部屋に行くから鍵はかけないで、と。
大人には内緒で部屋に忍ぶ。
"二人だけの秘密"を匂わせた言葉に、フィオレンツィアは目を丸くしてアドルフォードを見つめた。その愛らしい唇に人差し指を押し当て、目をのぞき込むと半ば反射的に頷いてくれる。
「いい子だね、フィオレア」
「でも、私ももう十八歳になったのよ。いつまでも子供扱いしないで、お兄様」
頭を撫でれば、フィオレンツィアは仔猫のように目を細めた。だがすぐに唇を尖らせて子供扱いに不服を唱えて来る。
反応の全てが可愛くて笑みが浮かんだ。
フィオレンツィアの右手を取り、アドルフォードはその甲に恭しく唇を寄せる。
「ちゃんと一人前のレディだと思ってるよ。僕の可愛い小さな花」
だから抱きたいと願ってやまないのだ。
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