14 / 53
執着
手に入れたいと願う花 1 ★
しおりを挟む
「僕の家は位こそ伯爵位ですが、優秀な文官を多数輩出していると自負しております。そしてこの僕も、いずれは殿下の下で必ずやお力となれる日が来ると信じ、疑ってはおりません」
「それはずいぶん頼もしいね。期待してるよ」
あくまでも儀礼的な笑顔を貼りつけ、アドルフォードは心の全くこもってない言葉を返した。
すでに何度、同じようなやりとりを繰り返しているだろう。
"王太子アドルフォード殿下と年の近い子女の集いの場"などいう、上辺だけのやりとりの為に自らの時間を費やしている。
どうせ、真に有能で国益へと繋がるような存在はアドルフォードが何もせずとも、大人たちが威信と矜持をかけて連れて来るのだ。友人にしたって興味を引く相手がいたら自分から接触の機会を作る。だからこんな茶番は無駄な時間でしかない。
しかしそれでも、いずれ自分が国王となって円滑な施政を執り行う為には、無駄としか思えないことも時として必要なものではある。この場でアドルフォードがするべきことは、人当たりの良い笑みを浮かべて時間を消化することだけだ。
そんな気持ちで挨拶に列をなす貴族子女たちの対応をしていると、一人の少女が父親らしき紳士に促されて目の前に立った。
「は、初めまして。本日は王太子殿下にお目通りできましてとても光栄に存じます。マルチェリオ伯爵家長女、フィオレンツィアにございます」
ちらりと確認すると彼女の後ろには誰もいない。長く単調な挨拶も、これでようやく最後のようだ。待っている間にずっと気を張り詰めさせていたのか、ひどく緊張した様子で少女はアドルフォードに頭を下げる。
年は自分より少し下だろう。それを差し引いてもやや小柄で、この場に集められた子供たちの中でもいちばん年下なのではないかと思わせた。
意図されたものなのか、名前の中に"小さな花"の意を含んでいる。そこに気がついて改めて彼女を見やると、雰囲気とよく似合っている気がした。
何故だか二人だけの秘密にしたくて耳打ちで教えれば、瑞々しい若木を彩る葉のような明るい緑色に輝く大きな目をさらに見開く。それから柔らかそうな白い頬をほのかに赤く染めた。
異性のそんな反応などアドルフォードには何ら珍しくない。でもフィオレンツィアの反応はアドルフォードの心を波打たせた。
アドルフォードだけを見つめる瞳に得も言われぬ高揚感を覚えながら、さりげなく彼女の様子を窺う。
他の令嬢は見栄えよくする為に髪を巻いているが、フィオレンツィアは巻髪にしてはいなかった。
純金を限界まで細く加工したかのような髪は腰の辺りまでまっすぐに伸び、彼女が動く度になめらかに揺れる。清廉な川の流れにも似て、その心地良さそうな髪に触れてみたくなった。
小さくて、色素が薄いせいなのか、ひどく儚げな存在に見える。
ちゃんと捕まえていないと、ふとした弾みで消えてしまうかもしれない。
そんな焦燥感にも似た感情が、ふいに胸中をよぎった。
「殿下、皆のご挨拶も済みましたでしょう? こちらでぜひお話をお聞かせ下さいませ」
文字通りの、ひっそりと控えめに咲く綺麗な花を手折る時のように手を伸ばそうとした時、冷ややかな声が降って来た。
ブレアドール侯爵家のベルリアナだ。
すでに既知の間柄であり、招待する子女たちの中に彼女の名はなかった。それが派閥や権力といった諸々の理由によって、娘が招待されないのはおかしいと彼女を溺愛する父親のブレアドール侯爵から猛抗議を受けたのだ。アドルフォードもこの場に期待してはいなかったから何も考えず許可を出したのだが、早まったかもしれない。
ベルリアナに負けじと取り囲んで来る子女たちの向こう。はじらいで淡く頬を染めていたフィオレンツィアが一転して顔色を失くし、寂しそうにしているのが見えた。
「それはずいぶん頼もしいね。期待してるよ」
あくまでも儀礼的な笑顔を貼りつけ、アドルフォードは心の全くこもってない言葉を返した。
すでに何度、同じようなやりとりを繰り返しているだろう。
"王太子アドルフォード殿下と年の近い子女の集いの場"などいう、上辺だけのやりとりの為に自らの時間を費やしている。
どうせ、真に有能で国益へと繋がるような存在はアドルフォードが何もせずとも、大人たちが威信と矜持をかけて連れて来るのだ。友人にしたって興味を引く相手がいたら自分から接触の機会を作る。だからこんな茶番は無駄な時間でしかない。
しかしそれでも、いずれ自分が国王となって円滑な施政を執り行う為には、無駄としか思えないことも時として必要なものではある。この場でアドルフォードがするべきことは、人当たりの良い笑みを浮かべて時間を消化することだけだ。
そんな気持ちで挨拶に列をなす貴族子女たちの対応をしていると、一人の少女が父親らしき紳士に促されて目の前に立った。
「は、初めまして。本日は王太子殿下にお目通りできましてとても光栄に存じます。マルチェリオ伯爵家長女、フィオレンツィアにございます」
ちらりと確認すると彼女の後ろには誰もいない。長く単調な挨拶も、これでようやく最後のようだ。待っている間にずっと気を張り詰めさせていたのか、ひどく緊張した様子で少女はアドルフォードに頭を下げる。
年は自分より少し下だろう。それを差し引いてもやや小柄で、この場に集められた子供たちの中でもいちばん年下なのではないかと思わせた。
意図されたものなのか、名前の中に"小さな花"の意を含んでいる。そこに気がついて改めて彼女を見やると、雰囲気とよく似合っている気がした。
何故だか二人だけの秘密にしたくて耳打ちで教えれば、瑞々しい若木を彩る葉のような明るい緑色に輝く大きな目をさらに見開く。それから柔らかそうな白い頬をほのかに赤く染めた。
異性のそんな反応などアドルフォードには何ら珍しくない。でもフィオレンツィアの反応はアドルフォードの心を波打たせた。
アドルフォードだけを見つめる瞳に得も言われぬ高揚感を覚えながら、さりげなく彼女の様子を窺う。
他の令嬢は見栄えよくする為に髪を巻いているが、フィオレンツィアは巻髪にしてはいなかった。
純金を限界まで細く加工したかのような髪は腰の辺りまでまっすぐに伸び、彼女が動く度になめらかに揺れる。清廉な川の流れにも似て、その心地良さそうな髪に触れてみたくなった。
小さくて、色素が薄いせいなのか、ひどく儚げな存在に見える。
ちゃんと捕まえていないと、ふとした弾みで消えてしまうかもしれない。
そんな焦燥感にも似た感情が、ふいに胸中をよぎった。
「殿下、皆のご挨拶も済みましたでしょう? こちらでぜひお話をお聞かせ下さいませ」
文字通りの、ひっそりと控えめに咲く綺麗な花を手折る時のように手を伸ばそうとした時、冷ややかな声が降って来た。
ブレアドール侯爵家のベルリアナだ。
すでに既知の間柄であり、招待する子女たちの中に彼女の名はなかった。それが派閥や権力といった諸々の理由によって、娘が招待されないのはおかしいと彼女を溺愛する父親のブレアドール侯爵から猛抗議を受けたのだ。アドルフォードもこの場に期待してはいなかったから何も考えず許可を出したのだが、早まったかもしれない。
ベルリアナに負けじと取り囲んで来る子女たちの向こう。はじらいで淡く頬を染めていたフィオレンツィアが一転して顔色を失くし、寂しそうにしているのが見えた。
1
お気に入りに追加
776
あなたにおすすめの小説
【完結】4人の令嬢とその婚約者達
cc.
恋愛
仲の良い4人の令嬢には、それぞれ幼い頃から決められた婚約者がいた。
優れた才能を持つ婚約者達は、騎士団に入り活躍をみせると、その評判は瞬く間に広まっていく。
年に、数回だけ行われる婚約者との交流も活躍すればする程、回数は減り気がつけばもう数年以上もお互い顔を合わせていなかった。
そんな中、4人の令嬢が街にお忍びで遊びに来たある日…
有名な娼館の前で話している男女数組を見かける。
真昼間から、騎士団の制服で娼館に来ているなんて…
呆れていると、そのうちの1人…
いや、もう1人…
あれ、あと2人も…
まさかの、自分たちの婚約者であった。
貴方達が、好き勝手するならば、私達も自由に生きたい!
そう決意した4人の令嬢の、我慢をやめたお話である。
*20話完結予定です。
大事なのは
gacchi
恋愛
幼いころから婚約していた侯爵令息リヒド様は学園に入学してから変わってしまった。いつもそばにいるのは平民のユミール。婚約者である辺境伯令嬢の私との約束はないがしろにされていた。卒業したらさすがに離れるだろうと思っていたのに、リヒド様が向かう砦にユミールも一緒に行くと聞かされ、我慢の限界が来てしまった。リヒド様、あなたが大事なのは誰ですか?
今、姉が婚約破棄されています
毒島醜女
恋愛
「セレスティーナ!君との婚約を破棄させてもらう!」
今、お姉様が婚約破棄を受けています。全く持って無実の罪で。
「自分の妹を虐待するなんて、君は悪魔だ!!」
は、はい?
私がいつ、お姉様に虐待されたって……?
しかも私に抱きついてきた!いやっ!やめて!
この人、おかしくない?
自分の家族を馬鹿にするような男に嫁ぎたいと思う人なんているわけないでしょ!?
妹ばかり見ている婚約者はもういりません
水谷繭
恋愛
子爵令嬢のジュスティーナは、裕福な伯爵家の令息ルドヴィクの婚約者。しかし、ルドヴィクはいつもジュスティーナではなく、彼女の妹のフェリーチェに会いに来る。
自分に対する態度とは全く違う優しい態度でフェリーチェに接するルドヴィクを見て傷つくジュスティーナだが、自分は妹のように愛らしくないし、魔法の能力も中途半端だからと諦めていた。
そんなある日、ルドヴィクが妹に婚約者の証の契約石に見立てた石を渡し、「君の方が婚約者だったらよかったのに」と言っているのを聞いてしまう。
さらに婚約解消が出来ないのは自分が嫌がっているせいだという嘘まで吐かれ、我慢の限界が来たジュスティーナは、ルドヴィクとの婚約を破棄することを決意するが……。
◆エールありがとうございます!
◇表紙画像はGirly Drop様からお借りしました💐
◆なろうにも載せ始めました
◇いいね押してくれた方ありがとうございます!
【完結】忌み子と呼ばれた公爵令嬢
美原風香
恋愛
「ティアフレア・ローズ・フィーン嬢に使節団への同行を命じる」
かつて、忌み子と呼ばれた公爵令嬢がいた。
誰からも嫌われ、疎まれ、生まれてきたことすら祝福されなかった1人の令嬢が、王国から追放され帝国に行った。
そこで彼女はある1人の人物と出会う。
彼のおかげで冷え切った心は温められて、彼女は生まれて初めて心の底から笑みを浮かべた。
ーー蜂蜜みたい。
これは金色の瞳に魅せられた令嬢が幸せになる、そんなお話。
死にかけ令嬢は二度と戻らない
水空 葵
恋愛
使用人未満の扱いに、日々の暴力。
食事すら満足に口に出来ない毎日を送っていた伯爵令嬢のエリシアは、ついに腕も動かせないほどに衰弱していた。
味方になっていた侍女は全員クビになり、すぐに助けてくれる人はいない状況。
それでもエリシアは諦めなくて、ついに助けを知らせる声が響いた。
けれど、虐めの発覚を恐れた義母によって川に捨てられ、意識を失ってしまうエリシア。
次に目を覚ました時、そこはふかふかのベッドの上で……。
一度は死にかけた令嬢が、家族との縁を切って幸せになるお話。
※他サイト様でも連載しています
私の以外の誰かを愛してしまった、って本当ですか?
樋口紗夕
恋愛
「すまない、エリザベス。どうか俺との婚約を解消して欲しい」
エリザベスは婚約者であるギルベルトから別れを切り出された。
他に好きな女ができた、と彼は言う。
でも、それって本当ですか?
エリザベス一筋なはずのギルベルトが愛した女性とは、いったい何者なのか?
純真~こじらせ初恋の攻略法~
伊吹美香
恋愛
あの頃の私は、この恋が永遠に続くと信じていた。
未成熟な私の初恋は、愛に変わる前に終わりを告げてしまった。
この心に沁みついているあなたの姿は、時がたてば消えていくものだと思っていたのに。
いつまでも消えてくれないあなたの残像を、私は必死でかき消そうとしている。
それなのに。
どうして今さら再会してしまったのだろう。
どうしてまた、あなたはこんなに私の心に入り込んでくるのだろう。
幼いころに止まったままの純愛が、今また動き出す……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる