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《楽園》  ☆

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「また、傍に置いてくれる?」

 一度離れてしまったから、もうレイジの興味は失せてしまったかもしれない。
 他の女性を手元に置いているかもしれない。

 それでもフィーナは微笑んでみせた。
 二度と会えないと思っていたから、嬉しかった。
 レイジはすぐに顔を背け、長い沈黙の後で口を開く。

「――ここには何もない。俺はもう王子じゃなくなった。それでも、いいのか」
「いいの。あなたがいるもの」

 フィーナは贅沢がしたいわけじゃない。
 あまり食べないし、宝石だってキラキラして綺麗なものは好きだけれど、身につけて飾りたてたいわけでもなかった。

「俺といると、天使も――お前の家族すら敵に回すことになるかもしれない。それでもいいのか」
「いいの。あなたが味方でいてくれるのなら」

 もしかしたら《下界》は戦になるかもしれないと兄は言っていた。そうしたら、おそらくは《天界》や《獄界》も巻き込まれる大きなものになるだろう、とも。
 だけど遠い未来の話である可能性もあったし、何よりもフィーナは顔も名前も知らない人間のことまで心配はできない。ただレイジが生きていて、フィーナにその銃口を向けなければそれで良かった。

「俺はお前を守ることもできない」
「いいの。私が守ってあげる。だから私だけを見て。ぎゅってして」

 フィーナは両手を差し伸べた。
 欲しいか欲しくないか、レイジから聞きたいのはそれだけだ。もういらないなら、あの冷ややかな目で突き放してくれたらいい。でも、欲しいと思ってくれて、抱きしめてくれるのなら。

 強い力で引き寄せられる。
 初めて会った夜にも見た泣きそうな顔が、一瞬だけ見えた気がした。

(泣かないで。ねえ、私の特別な人。祝福のキスをたくさん、私があげるから)

 息が詰まりそうになるほどに激しい口づけを交わしながら、レイジがフィーナのワンピースをたくしあげる。だからフィーナも、レイジの熱を肌に感じたくてシャツのボタンに指をかけると脱がせて行った。

 外で身体を重ねるなんて、はしたない。
 でも誰も、月や神さえも見ていない。
 ここにいるのは二人だけ。《楽園エデン》とはほど遠い場所でも、二人きりなら《原初の男アダム》と《原初の女イブ》になったような気分だ。そう思うと――悪く、ない。

「あ……っ」

 フィーナが全てのボタンを外すより、ワンピースが首元までたくしあげられてレイジの唇が触れる方が早かった。
 胸を彩る薄桃色はすでに色濃く尖っていて、レイジの唇が掠めただけで立っていられなくなる。

 レイジは片手でフィーナの背中を支え、ワンピースを脱がせた。目で促され、フィーナもまた彼のシャツを脱がせる。胸がいっぱいになり、たまらずにその鎖骨に吸いつき、初めて所有の印をつけた。

 地面に落としたシャツの上に横たえられ、レイジを見上げる。

「綺麗……」

 うっとりと呟きがこぼれた。
 レイジが怪訝そうな顔をする。
 その髪を優しく撫でた。

「レイジの、髪。まるで満月の光みたいに淡く光ってて、とても綺麗」

 初めて会った時も闇夜に光が差したように感じたことを思い出す。
 だから今夜みたいに月が出ていなくても、絶対に見失ったりしない。
 そうして指を滑らせるとレイジがフィーナの髪を一房取り、唇を寄せた。

「お前の髪の方が、ずっと綺麗だ」
「え……」

 フィーナは泣きそうになった。

 こんなタイミングでそんなことを言うのはずるい。
 でも抗議の声は、ふくらみに指が触れた瞬間甘い吐息で上書きされた。

「ん……。ふぁ……っ」

 ふくらみをやんわりと揉みしだきながら、指先が乳首を捕らえる。つまんだり擦ったりする一方で、舌がもう片方を突いては舐め転がした。
 あっという間に下腹部を甘い疼きが満たして行く。奥歯で甘噛みされ、背中がのけぞった。もう欲しくて欲しくて、蜜が溢れそうになっている。

「下着を穿いているのを久し振りに見た」
「だって、レイジが用意してくれなかったし……」

 穿いていなかったわけではなく、穿けなかったと言う方が正しい。まるでフィーナが自分の意思で穿いていなかったかのような言い方をされ、訂正をする。
 レイジは腰で結ばれているリボンを軽く引っ張って弄んだ。早く解いて欲しくて腰を揺らすと、分かっているくせにリボンを指先に絡めて焦らす。

「どうせ脱がせるんだからいいだろ」
「ワンピースはたくさん用意してくれたのに」
「似合ってるからな」
「――かわい、かった?」

 おずおずと尋ねてみる。
 レイジはリボンを解くと、完全に一枚の布きれとなった下着をフィーナから取り払った。

「ああ。可愛い。良く似合ってる」
「レイジって……」
「何だ」
「う、ううん。何でも、ない」

 さりげなく褒めてくれるだけで、どれだけフィーナを嬉しい気持ちにさせているのか分かっているのだろうか。でも、分かっていないような気がするし、分かっていないのなら無意識で褒めてくれているようで、さらに嬉しい。

 肌をついばみ、時折強く吸いつきながらレイジの唇はフィーナの下腹部へと近づいて行く。
 両足を大きく開かせると足のつけ根に顔を埋め、蕾を口に含んだ。

「そこ……したら……っ」
「ここ、されるとイイだろ?」
「意地悪、ん……、ひ、ぁ……っ!」

 フィーナはかぶりを振った。
 レイジに触れられる場所はどこだって気持ちいい。優しくされると、それだけで溶けてなくなりそうになる。

「あ、ん……っ! だめ、だめ……っ!」

 甘やかな波に攫われるフィーナの額にレイジが口づけを落とす。荒い呼吸を繰り返し、フィーナはその腰を引き寄せた。

 中に来て、と合図を送る。
 とろけきった今なら、レイジのことをとても気持ち良くしてあげられるはずだ。

「あ……! んっ、は、入っ、て……!」

 胎内に受け入れ、それだけでフィーナは浅い絶頂に身を震わせた。
 レイジしか知らない、レイジしか知りたくない身体は嬉々として咥え込む。

「首輪……ついてないのに、言葉が通じるんだな」

 レイジの指が、以前は黒皮の首輪のはまっていた首筋をなぞる。フィーナは身体を震わせ、ゆっくりと頷いた。

「ん……っ。お兄様が、罰だって」
「俺に抱かれてる時に他の男の話をするな」
「ごめん、なさい」

 妬いているような言葉に思わず笑みがこぼれる。

 天使のまま《下界》に降りると魔素で弱ってしまうから人間になったこと。
 天使の魔力は指輪に封印されていること。

 これらについては、後でゆっくりと話そう。何時間先になったとしても、その先の時間はたくさんあるのだから。

 昂る熱杭はフィーナの奥深くを貫いては、中にあるものを掻き出すように引く。その度に気持ち良い部分を刺激され、フィーナはどんどん高められて行った。

「あっ、ん……、あ……っ! 気持ち、いい。レイジ……、レイジ……っ!」
「――分かってる。もっと、よくしてやるからそのまま啼いてしがみついてろ」

 フィーナも、レイジも、好きだとも愛しているとも口に出さない。

 恋とか愛とか、そんな優しくて綺麗なものじゃなかった。
 この想いを言葉という形で説明をしなければいけないというのなら――いちばん近いのは、おそらくは執着だ。

 砂漠を迷い続ける旅人が長い渇きの果てに水を得たかのように、お互いの舌を絡め合って唾液を飲み下す。
 雪原を迷い続ける旅人が魂まで冷え切った身体を温める炎を見つけたかのように、強く抱きしめ合って奥深い場所で一つに繋がる。

 ただ本能だけで惹かれ合って、離れたく、離したくなかった。

「レ、イ……っ! あっ、あ……っ、あああっ!」
「フィーナ」

 初めて名前を呼ばれた。
 最初はそうと分からなくて、目を瞬かせる。名を呼ばれたのだと認識すると、歓喜が身体中に広がった。

「な、あに……。レイジ、レイジ」

 手を伸ばして頬に触れる。その輪郭をなぞり、薄い唇に指を押し当てる。
 フィーナの、最初で最後の男。
 レイジにとってフィーナは最初の女ではないけれど、最後の女で――ああ、違う。レイジは彼の《楽園》に誰も選ばずに一人でいた。だから、フィーナもレイジの最初で最後の女だ。そう自惚れてしまっても、いい。

「中に出しても、いいか」

 余裕のない掠れた声で尋ねられ、フィーナは目を見開いた。

 今まで一度もそんなことを聞いたりはしなかったのに。好き勝手にフィーナを蹂躙し、子種を注ぎ続けて来たくせに。

 その意味を察し、フィーナは口元を綻ばせた。

「ん、いっぱい……出して。レイジの、子供……欲しい……」

 本当にここで二人、誰にも邪魔をされずに《原初の男》と《原初の女》になるのだ。それは何て、幸せなことだろう。他に望むことなんて何もない。

 レイジの首に両手を回して縋りつく。
 そうすると背中を抱き寄せられ、わずかに上半身が浮いた。支えてくれるなら、と両足をレイジの腰に絡める。より深く繋がって、奥を抉られ、フィーナはひときわ切ない声で啼いた。

「あ……っ。熱いの、いっぱい……っ。 あ、ん……っ、ふ、あぁ――!」

 しがみついて震える身体がレイジの熱で満たされる。
 何度も与えられたはずの熱は、初めてフィーナの中に暖かで優しい想いをもたらした。

「――フィーナ」

 快楽で赤く染まる耳をみ、レイジはゆっくりと毒を注いでフィーナの羽をもいだ。

「お前自身が死ぬか。俺がお前に飽きるか。そのどちらかの時が来るまで――お前は俺だけの籠の中の小鳥だ」

 フィーナは頷き、離れないとばかりにレイジの髪に指を絡ませる。

 ずっと、ずっと、一緒だ。





   -END-


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