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それから、これから

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 何事もなかったかのように、クルヴィスの日々は変わらぬ日常へと戻って行く。

 彼女を探す手がかりはおおよその年齢と、髪と目の色だけだ。だが、もしかしたらそれも魔法で変えたものかもしれない。

 どこをどう探したら良いのかも分からず、一週間が経過した。
 このまま夢の中の思い出になってしまうのではないか。そんな恐怖にも似た感情が少しずつ胸を占めるようになった。
 あるいは、また酒の力を借りてズッカに相談に乗ってもらうのも良いかもしれない。

 そう考えはじめた頃だった。


「失礼致します。王太子妃殿下からお預かりした書類をお持ちしました」

 物思いに耽りながらその日の雑務をこなしていると、ドアがノックされた。、あいにくと手が離せないタイミングで、鍵は開いてるから入っていいと答えれば王太子妃の使いだという相手が入って来た。
 女性用の魔術師団の制服に身に包んでいる。目が合って、お互いに「あっ」とでもいうような反応をした。

 明るいオレンジ色がかった、緩く波打つ金色の髪。
 大きな瞳は黒のような緑のような、深く澄んだ色をしている。

 クルヴィスは手に抱えた分厚い本を棚に戻し、魔法を使ってドアと鍵を閉めた。

「――君だよね?」

 逃げ場を塞がれた少女は背後を見やり、それからクルヴィスに視線を戻す。無言で見つめ合い、やがて困ったような顔で頷いた。

「ごめんなさい」

 改めて聞く声にも聞き覚えがあった。
 柔らかく、優しい、耳馴染みの良い声だ。

 話したいことはたくさんある。
 だが彼女は王太子妃の使いだと言っていた。あまり時間をかけられない。
 かと言ってこのまま何も行動せずに別れてしまえば、探すのにまた苦労するだろう。

 クルヴィスは本来の用事である書類を受け取り、時計をちらりと見やった。

「十五分だけ、時間をもらえないか。必要なら王太子妃殿下には俺からも謝罪を入れるから」

 妥協してもらえそうなギリギリの時間を伝えると彼女は首を振る。話し合いすら許されないのかと思ったが、そうではないようだった。

「王太子妃殿下が……お互いに納得のいくまでしっかりと話し合いをしなさいって、おっしゃって下さいました」

 よく分からないが、王太子妃が彼女に使いを頼んだのは偶然ではないらしい。少女は俯き、言葉を続けた。

「一方的に感情を押しつけただけでは、絶対に後悔するからって、そう仰ったんです」

 一方的にとはつまり、名乗らないまま一夜を過ごしたことを指しているのだろう。
 何にしろ、話し合いに応じてくれるのは非常に助かる。クルヴィスはまず最初の疑問を尋ねた。

「どうして俺に抱いて欲しいと思ったのか、聞かせてもらえる?」
「すみません……。その、経験のない私が面と向かってお願いしたら、断られてしまうと思って。でも、諦めきれなくて、唯一のチャンスに賭けてみたくなってしまったんです」
「――俺も、初めてだったんだけど」
「えっ!?」

 驚きのあまり大きな声を上げ、少女ははっとして口元を抑える。視線を斜め右下に落とし、両手の指をそっと組んだ。

「クルヴィス様は人気があるから、その、てっきり……経験も豊富かと」

 女の子と手を繋いだことすら全然ないとさらに訂正しようとして、未経験っぷりをこれ以上曝す必要もないと思い留まった。軽く咳払いをして切り替え、先を促す。

「そもそも何で、あんな真似を?」
「あの……収穫祭の数日前、カボチャのランタンが支給されたと思います」

 できることなら一秒でも早く忘れ去ってしまいたい記憶のあるものだが、話題に出た以上は仕方ない。
 何故急にランタンの話が出て来たのかは分からないが頷く。
 すると彼女は、思ってもみなかったとんでもない言葉を口にした。

「あのランタンを作ったの、私なんです。それで収穫祭の前夜、いけないことだとは分かっていても、ランタンに意識を同調させてクルヴィス様のお家での様子を盗み見したいなんて思ってしまって――」

 少女はそこで顔を真っ赤にして俯いた。
 収穫祭の前夜に、彼女が口にするのを恥じらうような何があったのかなんて、クルヴィスがいちばんよく分かっている。
 泥酔してランタン相手に自慰をしたところを見られていたのか。まさかあの時ランタンに意識を同調させていた人物がいたなんて、考えが及ぶはずもなかった。

「ごめんなさい。勝手にプライベートに踏み込んだりして」
「いや――それは良いんだが」

 良いかどうか判断はしかねたがこの場はそう言うしかない。
 彼女もそこは理解しているようで「本当にごめんなさい」と、今にも身体ごと消え入りそうな声で繰り返した。ただ、その後にあったことを思えば彼女一人が強い罪悪感を抱かれるようなことでもない。クルヴィスはここで手打ちにすることにして話を進める。

「とりあえず、君の名前を教えてくれないか」

 あの夜の出来事は夢なんかじゃない。
 そんなことは身体を重ねていた時から分かっていて、だがクラヴィスはせっかくのおいしいお菓子を取り上げられたくなくて素知らぬふりをした。
 そして今、現実の存在として彼女が目の前にいる。ランタンや仮面越しではなく、自分の意志で手を伸ばせば簡単に触れ合えるほどの距離に。

 彼女はわずかな躊躇ためらいの後、にこりと微笑んだ。
 それを受け、また魔法が解けてしまうのではないかと内心危惧していたクラヴィスの表情も和らぐ。

「ディアナ……。ディアナ・グラスケルです」

 ――ディアナ。

 ようやく手にした現実のかけらを口の中で小さく反芻し、今度はクルヴィスが彼女の世界へと足を踏み入れた。

「じゃあディアナ。今度は、手を繋ぐところからはじめようか」





   -END-


お付き合い下さりありがとうございました!
ハロウィンまでに間に合うかは分かりませんが、一連の流れのヒロイン視点も近いうちに公開出来たらと思います。よろしければそちらは少しお待ちいただけると嬉しいです。

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