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第二楽章 女神を戴く国-Andante con moto-
2-4 孤独な少年(5)
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男はゆっくりと立ち上がろうとした。メルヴィンが手を貸そうとすると、それをやんわりと断り、生身の右手で樫のつえを突きながら、息子の隣へとやってきた。そして、髪を梳く風へ心地よさそうに目を細めた。
メルヴィンが見上げた横顔は白髪に彩られている。
もとは黒かったのだろうが、少なくとも、少年が物心ついたときにはすでにそうだった。
ふと、彼と目が合った。黒真珠を思わせる虹色の光を宿した瞳に捕らえられてしまう。
「お前が元気だと、私も精がつくような気がする。なあ、可愛い我が子よ」
厳しい声が緩んだのに、メルヴィンははっとした。次の台詞は――。
「いくつになった?」
予想通りだ。
「十三です。この夏で十四になります」
父は、生まれてからアカデミー入学までずっと共に暮らしてきたのに、会う度に年を訪ねてくる。今日もだ。
「ほう。して、アカデミーはどうだ?」
「お陰様で、集中して勉学に取り組めています」
「そうか」
また、沈黙が訪れた。
メルヴィンはなぜだか、エルジェ・アカデミーでの事を話したくなかった。
商家としても名を馳せている名家、プリマヴェラ伯爵家の末娘については、言わずとも聞き及んでいるだろう。父親はかつて、この国だった男なのだから。
顔なじみのエマニュエラがアカデミーにいることは当初、不安材料でしかなかった。けれどもありがたいことに、出身を秘匿してくれるアカデミーのシステムをよく知っている彼女は、メルヴィン・スパーク侯爵を特別扱いしてくれなかった。つくづく頭のよい娘である。
「素敵な出会いはあったかね?」
だからこそ、父親の質問にどきりとしてしまった。
メルヴィンは、カーテンの陰に隠れたくなった。だが、彼はそうしない自制心を持っていた。
「聡明で時代を切り開くような慧眼を持った、素晴らしいお嬢さんを見つけました」
チャリオットは太い眉を上げた。
「ほう。それはさぞかし素敵な娘なのだろうね」
くつくつと満足げに笑われて恥ずかしかったが、それよりも誇らしさが勝っていた。
「はい。魔法にかけられたように、彼女から目が離せません」
メルヴィンは、自分でも不思議なほどにきっぱりと答えた。
メルヴィンが見上げた横顔は白髪に彩られている。
もとは黒かったのだろうが、少なくとも、少年が物心ついたときにはすでにそうだった。
ふと、彼と目が合った。黒真珠を思わせる虹色の光を宿した瞳に捕らえられてしまう。
「お前が元気だと、私も精がつくような気がする。なあ、可愛い我が子よ」
厳しい声が緩んだのに、メルヴィンははっとした。次の台詞は――。
「いくつになった?」
予想通りだ。
「十三です。この夏で十四になります」
父は、生まれてからアカデミー入学までずっと共に暮らしてきたのに、会う度に年を訪ねてくる。今日もだ。
「ほう。して、アカデミーはどうだ?」
「お陰様で、集中して勉学に取り組めています」
「そうか」
また、沈黙が訪れた。
メルヴィンはなぜだか、エルジェ・アカデミーでの事を話したくなかった。
商家としても名を馳せている名家、プリマヴェラ伯爵家の末娘については、言わずとも聞き及んでいるだろう。父親はかつて、この国だった男なのだから。
顔なじみのエマニュエラがアカデミーにいることは当初、不安材料でしかなかった。けれどもありがたいことに、出身を秘匿してくれるアカデミーのシステムをよく知っている彼女は、メルヴィン・スパーク侯爵を特別扱いしてくれなかった。つくづく頭のよい娘である。
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だからこそ、父親の質問にどきりとしてしまった。
メルヴィンは、カーテンの陰に隠れたくなった。だが、彼はそうしない自制心を持っていた。
「聡明で時代を切り開くような慧眼を持った、素晴らしいお嬢さんを見つけました」
チャリオットは太い眉を上げた。
「ほう。それはさぞかし素敵な娘なのだろうね」
くつくつと満足げに笑われて恥ずかしかったが、それよりも誇らしさが勝っていた。
「はい。魔法にかけられたように、彼女から目が離せません」
メルヴィンは、自分でも不思議なほどにきっぱりと答えた。
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