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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-
1-10 終わりなき物語(11)
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涙は止まらなくなって、言葉までも塞いでしまった。
泣きじゃくるセシルの顔を、いつのまにか起きた子ギツネが舐める。
少年の隣に、パーシィがそっとかがんだ。
「僕はスーザンがなんと書いたのか読まなくても解ったさ。もちろん、あのサミュエル・ワイルダーという優しい男だって気付いている。引き裂かれた恋の結末に贈られるべき言葉を」
そして、細長い指でセシルの涙をそっと掬った。
「スーザンは恋文を書いた。けれど送らなかった。送れなかったんだ。理由はたった一つ。そのときには既に縁談が進んでいて婚約していたからだ。そうでなければきっと――」
パーシィは右腕で、セシルの肩を優しく抱き寄せた。そしてその手で頭を撫でてくれた。
***
少年の内から湧き出た涙は、なんだかよくわからない、釈然としない気持ちをすべて洗い流してくれた。後に残った寂しさにもきっと、次の朝には慣れるだろう。でも、今日は甘えてしまえ。そう思ったので、セシルはパーシィのベッドへ一足お先にもぐりこむことにした。
「最後に一つだけ」
二人が寝そべってもまだ余裕があるベッドに、青年が体を滑り込ませる。
「今日は知りたがりだな」
「そういえばさ。どうして『グレインジャー探偵事務所』なの? パーシィの家名はグウェンドソンだろ?」
彼は少し嬉しそうに答えた。
「ああ。それか。大好きな作曲家から拝借したんだ。偶然、名前が一緒だったから」
いわゆる、満面の笑みがそこに花開いた。
大好き。拝借。名前が一緒。どこか心に引っかかる。
けれどセシルはそれを無視することにした。情けないけれど自分に嘘をつくのは得意だった。
蝋燭を吹き消すと、焦げ臭い匂いと共に暗闇が訪れた。
しばらくすると、隣から規則正しい寝息が聞こえはじめた。
けれどもセシルの瞳は、窓の外にいる月のように爛々と冴えていた。
泣きじゃくるセシルの顔を、いつのまにか起きた子ギツネが舐める。
少年の隣に、パーシィがそっとかがんだ。
「僕はスーザンがなんと書いたのか読まなくても解ったさ。もちろん、あのサミュエル・ワイルダーという優しい男だって気付いている。引き裂かれた恋の結末に贈られるべき言葉を」
そして、細長い指でセシルの涙をそっと掬った。
「スーザンは恋文を書いた。けれど送らなかった。送れなかったんだ。理由はたった一つ。そのときには既に縁談が進んでいて婚約していたからだ。そうでなければきっと――」
パーシィは右腕で、セシルの肩を優しく抱き寄せた。そしてその手で頭を撫でてくれた。
***
少年の内から湧き出た涙は、なんだかよくわからない、釈然としない気持ちをすべて洗い流してくれた。後に残った寂しさにもきっと、次の朝には慣れるだろう。でも、今日は甘えてしまえ。そう思ったので、セシルはパーシィのベッドへ一足お先にもぐりこむことにした。
「最後に一つだけ」
二人が寝そべってもまだ余裕があるベッドに、青年が体を滑り込ませる。
「今日は知りたがりだな」
「そういえばさ。どうして『グレインジャー探偵事務所』なの? パーシィの家名はグウェンドソンだろ?」
彼は少し嬉しそうに答えた。
「ああ。それか。大好きな作曲家から拝借したんだ。偶然、名前が一緒だったから」
いわゆる、満面の笑みがそこに花開いた。
大好き。拝借。名前が一緒。どこか心に引っかかる。
けれどセシルはそれを無視することにした。情けないけれど自分に嘘をつくのは得意だった。
蝋燭を吹き消すと、焦げ臭い匂いと共に暗闇が訪れた。
しばらくすると、隣から規則正しい寝息が聞こえはじめた。
けれどもセシルの瞳は、窓の外にいる月のように爛々と冴えていた。
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