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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-
1-6 キツネと怪談(8)
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メルヴィンが覗き込んでくる瞳に、自分の顔が映る。
まっすぐな言葉と真摯な態度を大きく否定できない。
こんなに正面から向き合ってくれる優しい友だちに、オレは嘘をついているんだ。
そう思うと心がちくりと痛むし、そのせいで何が正しい答えなのかを見つけられない。
セシルは、友人から顔をそむけた。
「……でも、ワイルダーさんが困ってるし……。ワタシも、こうやってパーシィの手伝いをするのが契約だし……」
「契約……! 僕の部屋に来てくれたのも、本当は調査の一環……だったりしないよね?」
「それは……!」
セシルは、強く言えない自分に気付いた。
口では文句ばかり、その癖成り行きまかせに宙ぶらりんの現状をふらふらとしている自分と、それに気付かぬふりをしてきた自分に。己の決断の拠り所となるような強い気持ちが無いのをまざまざと見せつけられて、セシルはまごついた。言葉が出ない。
メルヴィンが心配そうに見つめているのが、かえってつらさを増長させる。
彼は辛抱強くセシルの言葉を待ってくれている。
どうして、そんなにもまっすぐでいられるんだろう?
気まずい沈黙がどれだけ続いたかはわからない。
しばらくして、それを破ってくれたのはメルヴィンだった。
「……サミュエルはいい人だよ。僕らよりだいぶ年上で、少し変わってるけど」
「メルヴィン……?」
黒髪の少年は、視線をわきへ逸らした。
「人が言ったことを真に受けてしまう。全部、額面通り受け取るきらいがあるんだ」
額面、と発言したメルヴィンなのに、なぜか顔までも背けてしまった。
けれどもセシルの手を握る力は、弱まるどころか強くなった。
震えている? セシルの乾いた喉が上下した。
「……それって悪いこと?」
「生きるには――人と人の間をすり抜けていくには、そんな真っ正直なことをしていては辛い目に合うだけだ」
その瞬間、友人の声からいつもの明朗さが消えた。
「素直、正直、実直と言えば美徳かもしれない。けれど、僕から言わせてみれば、不器用だ。不器用に立ちまわれば自分を傷つけるだけなのに……」
ぼそぼそといじけたような響きだ。
メルヴィンには似合わない、とセシルが思った矢先彼はぱっと手を離して立ち上がった。
その顔にはいつもの穏やかな頬笑みが浮かび、まるで何事もなかったかのように、瞳に光を宿している。
「ココア、冷めちゃったね。新しいのを作ろうか?」
「あっ、ごめん……」
こんなとき、感謝すればいいのか詫びればいいのか、セシルには判断がつかなかった。
刹那、鐘が遠くから聞こえはじめた。飽きずに鳴っている鐘に魔少年が慌ててシャツの袖をまくりあげて腕時計をみると、長針が差していたその数は、真上の十二。正午を告げていた。
「時間だ。いかなきゃ」
楽しい訪問として終われればよかったのに。
苦い気持ちをかみ殺しながら、セシルはコートを羽織りなおした。
なんだか気まずくて、メルヴィンの顔を正視できないまま扉に向かう。頭も足も重い。
「セシル」
「うん?」
彼は、はやくパーシィに会いたいと思いながら振り返った。
そしておそるおそる友人を見上げると、彼はまたセシルの知らない顔をしていた。
まるで、今にも泣き出しそうなのを堪えているような。
「僕にできることがあれば遠慮なく言ってほしい。助けたいんだ。友だち、だから」
***
メルヴィンに送られた男子寮の玄関、そこでセシルが目にしたのは、納得がいかないという顔をした探偵の横顔だった。ともすれば不機嫌そうに人を寄せ付けない冷たさがあった。
だが、それを見てセシルはほっとした。
なにせ、少年がただ遊びに来ただけではないという証明がこの男だったから。
まっすぐな言葉と真摯な態度を大きく否定できない。
こんなに正面から向き合ってくれる優しい友だちに、オレは嘘をついているんだ。
そう思うと心がちくりと痛むし、そのせいで何が正しい答えなのかを見つけられない。
セシルは、友人から顔をそむけた。
「……でも、ワイルダーさんが困ってるし……。ワタシも、こうやってパーシィの手伝いをするのが契約だし……」
「契約……! 僕の部屋に来てくれたのも、本当は調査の一環……だったりしないよね?」
「それは……!」
セシルは、強く言えない自分に気付いた。
口では文句ばかり、その癖成り行きまかせに宙ぶらりんの現状をふらふらとしている自分と、それに気付かぬふりをしてきた自分に。己の決断の拠り所となるような強い気持ちが無いのをまざまざと見せつけられて、セシルはまごついた。言葉が出ない。
メルヴィンが心配そうに見つめているのが、かえってつらさを増長させる。
彼は辛抱強くセシルの言葉を待ってくれている。
どうして、そんなにもまっすぐでいられるんだろう?
気まずい沈黙がどれだけ続いたかはわからない。
しばらくして、それを破ってくれたのはメルヴィンだった。
「……サミュエルはいい人だよ。僕らよりだいぶ年上で、少し変わってるけど」
「メルヴィン……?」
黒髪の少年は、視線をわきへ逸らした。
「人が言ったことを真に受けてしまう。全部、額面通り受け取るきらいがあるんだ」
額面、と発言したメルヴィンなのに、なぜか顔までも背けてしまった。
けれどもセシルの手を握る力は、弱まるどころか強くなった。
震えている? セシルの乾いた喉が上下した。
「……それって悪いこと?」
「生きるには――人と人の間をすり抜けていくには、そんな真っ正直なことをしていては辛い目に合うだけだ」
その瞬間、友人の声からいつもの明朗さが消えた。
「素直、正直、実直と言えば美徳かもしれない。けれど、僕から言わせてみれば、不器用だ。不器用に立ちまわれば自分を傷つけるだけなのに……」
ぼそぼそといじけたような響きだ。
メルヴィンには似合わない、とセシルが思った矢先彼はぱっと手を離して立ち上がった。
その顔にはいつもの穏やかな頬笑みが浮かび、まるで何事もなかったかのように、瞳に光を宿している。
「ココア、冷めちゃったね。新しいのを作ろうか?」
「あっ、ごめん……」
こんなとき、感謝すればいいのか詫びればいいのか、セシルには判断がつかなかった。
刹那、鐘が遠くから聞こえはじめた。飽きずに鳴っている鐘に魔少年が慌ててシャツの袖をまくりあげて腕時計をみると、長針が差していたその数は、真上の十二。正午を告げていた。
「時間だ。いかなきゃ」
楽しい訪問として終われればよかったのに。
苦い気持ちをかみ殺しながら、セシルはコートを羽織りなおした。
なんだか気まずくて、メルヴィンの顔を正視できないまま扉に向かう。頭も足も重い。
「セシル」
「うん?」
彼は、はやくパーシィに会いたいと思いながら振り返った。
そしておそるおそる友人を見上げると、彼はまたセシルの知らない顔をしていた。
まるで、今にも泣き出しそうなのを堪えているような。
「僕にできることがあれば遠慮なく言ってほしい。助けたいんだ。友だち、だから」
***
メルヴィンに送られた男子寮の玄関、そこでセシルが目にしたのは、納得がいかないという顔をした探偵の横顔だった。ともすれば不機嫌そうに人を寄せ付けない冷たさがあった。
だが、それを見てセシルはほっとした。
なにせ、少年がただ遊びに来ただけではないという証明がこの男だったから。
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