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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-
1-6 キツネと怪談(5)
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パーシィの耳打ちが呼吸まで完璧に思い出されて、セシルはむしゃくしゃした。
不満に振り回した足のせいで、ベッドがぎいぎいと軋む。
壊しでもしないかと我に返ったセシルは慌てて立ちあがった。
その瞬間、縦長窓の向こうに、なにか白いものが横切っていった。小鳥かな?
体のいい暇つぶしを見つけたとばかりに、勢いよく窓に手をかけて下から上へと開けた。
冷たい風がごおっとふきこみ、彼の亜麻色の髪の毛をくぐってゆく。
三階の窓から見えたのは、白樺の伸ばした細長い枝々だ。
その上に、綿毛のようにふわふわしたものが乗っている。
まあるいそれは、左右にゆらゆらと弾んでいて、生き物のようにも見える。
セシルは舌をちゅっちゅっと鳴らしてみた。不格好だが、小鳥の真似である。
すると真っ白な毛玉から、ぴょこりと耳が生えた。細長い耳はうさぎのようだが、その実、ニワトリの翼のようにたっぷり、ふくふくとした体のラインを持っている。
なんだろう? セシルの好奇心が一層くすぐられる。
少年が再び舌を鳴らすと、その生き物はくるりと首を回した。顔の中心にとがった黒い鼻があり、まん丸の黒い瞳をしている。小さくて繊細な顔と体格は野良ネコのそれとは違う。
その白い生き物に、セシルは見覚えがあった。懐かしさに思わず声に出してしまった。
「キツネ! うわぁ! モルフェシアにもいたんだ!」
小さく丸くなっているキツネは、セシルの碧の瞳をじっとみつめたまま動かない。
警戒しているのだ。見るからに小柄で、生まれて一年もたっていないだろう。
セシルがちらと首を動かしても、親のすがたは見当たらなかった。
雪解けの風に震えている小さな体がかわいそうで、セシルは手を伸ばした。
「迷子なの? おいで」
きゅうう、と独り言を言いながら、キツネは小首を傾げた。ちらりと首元に真っ赤なリボンが見えた。飼い主がいるらしい。キツネはセシルが差し出した指先に興味を持ったようだ。
焦点を合わせているのか、首を左右へ傾げながらゆっくりと枝の上を進む。
まだ小さくて短い四つ足を懸命に伸ばしては、危なっかしく運ぶ。
よく見ると小刻みに震えている。バランスを取っているのだ。
ありとあらゆる仕草があまりにも愛らしくて、セシルの心と喉元がきゅっと締め付けられる。
見た目にもふんわりと柔らかそうな毛並みに触れてみたくてたまらない。
正直、飢えていた。ダ・マスケの実家にいる猫たちから離れて数カ月、動物に触れられたのは先ほどの寮母の小鳥ぐらいなものだ。
キツネが恐る恐る、ゆっくりと近づいてくるのがもどかしい。けれども、セシルはよくわかっていた。動物が初対面の人間を怖がらないほうが稀有だということを。
豆のような黒い鼻先が、セシルの人差し指につんと触れた、そのときだった。
「セシル、すまないが開けてくれないかい」
メルヴィンだ。
不満に振り回した足のせいで、ベッドがぎいぎいと軋む。
壊しでもしないかと我に返ったセシルは慌てて立ちあがった。
その瞬間、縦長窓の向こうに、なにか白いものが横切っていった。小鳥かな?
体のいい暇つぶしを見つけたとばかりに、勢いよく窓に手をかけて下から上へと開けた。
冷たい風がごおっとふきこみ、彼の亜麻色の髪の毛をくぐってゆく。
三階の窓から見えたのは、白樺の伸ばした細長い枝々だ。
その上に、綿毛のようにふわふわしたものが乗っている。
まあるいそれは、左右にゆらゆらと弾んでいて、生き物のようにも見える。
セシルは舌をちゅっちゅっと鳴らしてみた。不格好だが、小鳥の真似である。
すると真っ白な毛玉から、ぴょこりと耳が生えた。細長い耳はうさぎのようだが、その実、ニワトリの翼のようにたっぷり、ふくふくとした体のラインを持っている。
なんだろう? セシルの好奇心が一層くすぐられる。
少年が再び舌を鳴らすと、その生き物はくるりと首を回した。顔の中心にとがった黒い鼻があり、まん丸の黒い瞳をしている。小さくて繊細な顔と体格は野良ネコのそれとは違う。
その白い生き物に、セシルは見覚えがあった。懐かしさに思わず声に出してしまった。
「キツネ! うわぁ! モルフェシアにもいたんだ!」
小さく丸くなっているキツネは、セシルの碧の瞳をじっとみつめたまま動かない。
警戒しているのだ。見るからに小柄で、生まれて一年もたっていないだろう。
セシルがちらと首を動かしても、親のすがたは見当たらなかった。
雪解けの風に震えている小さな体がかわいそうで、セシルは手を伸ばした。
「迷子なの? おいで」
きゅうう、と独り言を言いながら、キツネは小首を傾げた。ちらりと首元に真っ赤なリボンが見えた。飼い主がいるらしい。キツネはセシルが差し出した指先に興味を持ったようだ。
焦点を合わせているのか、首を左右へ傾げながらゆっくりと枝の上を進む。
まだ小さくて短い四つ足を懸命に伸ばしては、危なっかしく運ぶ。
よく見ると小刻みに震えている。バランスを取っているのだ。
ありとあらゆる仕草があまりにも愛らしくて、セシルの心と喉元がきゅっと締め付けられる。
見た目にもふんわりと柔らかそうな毛並みに触れてみたくてたまらない。
正直、飢えていた。ダ・マスケの実家にいる猫たちから離れて数カ月、動物に触れられたのは先ほどの寮母の小鳥ぐらいなものだ。
キツネが恐る恐る、ゆっくりと近づいてくるのがもどかしい。けれども、セシルはよくわかっていた。動物が初対面の人間を怖がらないほうが稀有だということを。
豆のような黒い鼻先が、セシルの人差し指につんと触れた、そのときだった。
「セシル、すまないが開けてくれないかい」
メルヴィンだ。
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