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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-
1-5 たまにはそれらしく(6)
しおりを挟むくつくつと笑いながら、フランカは守衛の勤務表を持ってきてくれた。
探偵と助手は二人で覗き込む。
「へえ。守衛さんは二人でひと組なんだ」
「そうですよ。どっちかが居眠りしてもいいようにね」
「あっ! 散歩の時間って書いてある! これは運動不足の解消に?」
セシルが冗談を言うとフランカは眉を上げた。それでも弛んだ頬は伸びきることがなかった。
「そうそう。最近、決まった時間に白い子イヌを散歩させる女性がいましてね。彼女を口説きたがる男で、その時間帯は取り合いになっているんですよ。私なら『妻』と書きたいですな」
守衛の冗談にセシルは思わずくすりとした。
「これを、また今度見せてもらうことは可能かな?」
パーシィは、なにやら書きとめると筆記用具を全てをコートのポケットに落とし込んだ。
「ええ、もちろん。誰にでも言ってください。しかしそのときは書類を書いてもらいますが。あなたさまのご心配もよくわかりますよ。わたしにも娘が二人おりますからね。だからこそわたしは、この仕事に誇りを持って取り組ませてもらっています」
***
数多の学生が踏んできた石畳の脇にポプラがお行儀よく並ぶ。その影で雪のかたまりが、日差しから逃げ続けている。あたりには湿った土の匂いがたちこめていた。
「あーあ。休みなのにアカデミーに来ちゃった」
人気のない園庭に、二人分の足音が静かに鳴る。
それに気付いたリスやウサギがこっそり逃げていったのを、セシルは少し残念に思った。
さっきのも、ウサギかなにかかな。猫とか。だったら、久しぶりに触りたかったな。
そう、ぼんやりと不満を弄ぶ少年の顔を、パーシィが覗き込んできた。
「では、平日に出直そうか?」
「それは嫌。オレ、目立ちたくないもん」
「目立つ……?」
パーシィがきょとんとするのに、セシルは心の底から顎を下げた。
ついでに眉根がくっつきそうなほど寄せて見せつけてやった。
「どうしてそんなに顔をしかめる?」
堂々とした身のこなし。無駄なく筋肉のついた長身に、スーツを着こなす長い手足。癖のない金髪が彩るのは、意志の強そうな眉と高すぎない鼻だ。涼しい目元は理知的で、常に引き結ばれている口元には日々よく磨かれた白い歯が綺麗に並んでいる。
絵に描いたような美男子という、セシルが抱いた第一印象は今も変わらなかった。むしろ、歩くたびに女性の視線を集める探偵の隣にいるのは、同じ男性として引け目を感じるぐらいだ。講義室に彼が顔を出したら、悲鳴が上がるだろう。でも、それにまったく無自覚だなんて。厭味の一つぐらい言いたくなる。少年は口を曲げた。
「パーシィって、鏡見ないの?」
青年は小首を傾げて自分の頬をなぞった。
「髭のそり残しでもあったかな?」
「家に帰ってから確認したらいいよ」
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