上 下
48 / 147
第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-

1-5 たまにはそれらしく(6)

しおりを挟む

 くつくつと笑いながら、フランカは守衛の勤務表を持ってきてくれた。
 探偵と助手は二人で覗き込む。

「へえ。守衛さんは二人でひと組なんだ」

「そうですよ。どっちかが居眠りしてもいいようにね」

「あっ! 散歩の時間って書いてある! これは運動不足の解消に?」

 セシルが冗談を言うとフランカは眉を上げた。それでも弛んだ頬は伸びきることがなかった。
「そうそう。最近、決まった時間に白い子イヌを散歩させる女性がいましてね。彼女を口説きたがる男で、その時間帯は取り合いになっているんですよ。私なら『妻』と書きたいですな」

 守衛の冗談にセシルは思わずくすりとした。

「これを、また今度見せてもらうことは可能かな?」

 パーシィは、なにやら書きとめると筆記用具を全てをコートのポケットに落とし込んだ。

「ええ、もちろん。誰にでも言ってください。しかしそのときは書類を書いてもらいますが。あなたさまのご心配もよくわかりますよ。わたしにも娘が二人おりますからね。だからこそわたしは、この仕事に誇りを持って取り組ませてもらっています」

***

 数多の学生が踏んできた石畳の脇にポプラがお行儀よく並ぶ。その影で雪のかたまりが、日差しから逃げ続けている。あたりには湿った土の匂いがたちこめていた。

「あーあ。休みなのにアカデミーに来ちゃった」

 人気のない園庭に、二人分の足音が静かに鳴る。
 それに気付いたリスやウサギがこっそり逃げていったのを、セシルは少し残念に思った。
 さっきのも、ウサギかなにかかな。猫とか。だったら、久しぶりに触りたかったな。
 そう、ぼんやりと不満を弄ぶ少年の顔を、パーシィが覗き込んできた。

「では、平日に出直そうか?」

「それは嫌。オレ、目立ちたくないもん」

「目立つ……?」

 パーシィがきょとんとするのに、セシルは心の底から顎を下げた。
 ついでに眉根がくっつきそうなほど寄せて見せつけてやった。

「どうしてそんなに顔をしかめる?」

 堂々とした身のこなし。無駄なく筋肉のついた長身に、スーツを着こなす長い手足。癖のない金髪が彩るのは、意志の強そうな眉と高すぎない鼻だ。涼しい目元は理知的で、常に引き結ばれている口元には日々よく磨かれた白い歯が綺麗に並んでいる。
 絵に描いたような美男子という、セシルが抱いた第一印象は今も変わらなかった。むしろ、歩くたびに女性の視線を集める探偵の隣にいるのは、同じ男性として引け目を感じるぐらいだ。講義室に彼が顔を出したら、悲鳴が上がるだろう。でも、それにまったく無自覚だなんて。厭味の一つぐらい言いたくなる。少年は口を曲げた。

「パーシィって、鏡見ないの?」

 青年は小首を傾げて自分の頬をなぞった。

「髭のそり残しでもあったかな?」

「家に帰ってから確認したらいいよ」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

私は心を捨てました 〜「お前なんかどうでもいい」と言ったあなた、どうして今更なのですか?〜

月橋りら
恋愛
私に婚約の打診をしてきたのは、ルイス・フォン・ラグリー侯爵子息。 だが、彼には幼い頃から大切に想う少女がいたーー。 「お前なんかどうでもいい」 そうあなたが言ったから。 私は心を捨てたのに。 あなたはいきなり許しを乞うてきた。 そして優しくしてくるようになった。 ーー私が想いを捨てた後で。 どうして今更なのですかーー。 *この小説はカクヨム様、エブリスタ様でも連載しております。

あなたの子ですが、内緒で育てます

椿蛍
恋愛
「本当にあなたの子ですか?」  突然現れた浮気相手、私の夫である国王陛下の子を身籠っているという。  夫、王妃の座、全て奪われ冷遇される日々――王宮から、追われた私のお腹には陛下の子が宿っていた。  私は強くなることを決意する。 「この子は私が育てます!」  お腹にいる子供は王の子。  王の子だけが不思議な力を持つ。  私は育った子供を連れて王宮へ戻る。  ――そして、私を追い出したことを後悔してください。 ※夫の後悔、浮気相手と虐げられからのざまあ ※他サイト様でも掲載しております。 ※hotランキング1位&エールありがとうございます!

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!

当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。 しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。 彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。 このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。 しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。 好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。 ※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*) ※他のサイトにも重複投稿しています。

如何様陰陽師と顔のいい式神

銀タ篇
歴史・時代
※落ちこぼれ陰陽師と、自称式神と、自称死人の姫の織り成す物語。※ ※不思議現象は起こりません※ 時は長保二年。 故あって齢十六にしていきなり陰陽寮の陰陽師に抜擢された刀岐昂明は、陰陽寮の落ちこぼれ陰陽師。 ある日山菜を求めて山に分け入ったところ、怪我をした少女を発見した。 しかしその少女、ちょっと訳ありのようで自分の事を何一つ話さない。 あまつさえ「死人だ」などと言う始末。 どうやら彼女には生きていると知られたくない、『秘密』があるらしい。 果たして自称死人の姫が抱える秘密とは何か。 落ちこぼれ陰陽師と式神のコンビが、死人の姫を巡って少しずつ変化し成長していく物語。 ※この小説はフィクションです。実在の人物や地名、その他もろもろ全てにおいて一切関係ありません。

チート薬学で成り上がり! 伯爵家から放逐されたけど優しい子爵家の養子になりました!

芽狐
ファンタジー
⭐️チート薬学3巻発売中⭐️ ブラック企業勤めの37歳の高橋 渉(わたる)は、過労で倒れ会社をクビになる。  嫌なことを忘れようと、異世界のアニメを見ていて、ふと「異世界に行きたい」と口に出したことが、始まりで女神によって死にかけている体に転生させられる! 転生先は、スキルないも魔法も使えないアレクを家族は他人のように扱い、使用人すらも見下した態度で接する伯爵家だった。 新しく生まれ変わったアレク(渉)は、この最悪な現状をどう打破して幸せになっていくのか?? 更新予定:なるべく毎日19時にアップします! アップされなければ、多忙とお考え下さい!

エラーから始まる異世界生活

KeyBow
ファンタジー
45歳リーマンの志郎は本来異世界転移されないはずだったが、何が原因か高校生の異世界勇者召喚に巻き込まれる。 本来の人数より1名増の影響か転移処理でエラーが発生する。 高校生は正常?に転移されたようだが、志郎はエラー召喚されてしまった。 冤罪で多くの魔物うようよするような所に放逐がされ、死にそうになりながら一人の少女と出会う。 その後冒険者として生きて行かざるを得ず奴隷を買い成り上がっていく物語。 某刑事のように”あの女(王女)絶対いずれしょんべんぶっ掛けてやる”事を当面の目標の一つとして。 実は所有するギフトはかなりレアなぶっ飛びな内容で、召喚された中では最強だったはずである。 勇者として活躍するのかしないのか? 能力を鍛え、復讐と色々エラーがあり屈折してしまった心を、召還時のエラーで壊れた記憶を抱えてもがきながら奴隷の少女達に救われるて変わっていく第二の人生を歩む志郎の物語が始まる。 多分チーレムになったり残酷表現があります。苦手な方はお気をつけ下さい。 初めての作品にお付き合い下さい。

処理中です...