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第一楽章 手紙を書く女-Allegro con brio-

1-4 見えざる神の翼(2)

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 離れて見る瞳の色は、夜の海と同じ色だ。
 太陽の下で彼女の瞳を――本当の虹彩を覗き込めたらと何度願ったことだろう。

「モルフェシア大公、定例会はいかがでしたか?」

 少女の薄いくちびるが無感動に問う。

「はい、フォルトゥーネ様。面白いことは、なにも」

「つまらなそうなお顔をなさっていますものね」

 フォルトゥーネは、くすりと笑みを零した。

「マナストーンの様子も、つまらないものですか?」

 ジャスティンは黒い瞳を丸めた。彼女なりの冗談が聞けるのは、初めてのことだった。

「いいえ。モルフェシアのために、今日も歌っていただけますか?」

 私のために。飲み込んだ彼の本音を知ってか知らずか、フォルトゥーネは頷いてくれた。
 彼女は見えない翼を羽ばたかせ、泉を囲う森の上に音もなく腰を下ろした。
 しかしそれが森ではないとジャスティンは知っていた。
 小高い緑の丘は遥かな昔に役目を終えたかつての王城で、現在は緑の褥に抱かれている。
 しかしこの空の城には朽ち果てたという表現は似合わないだろう。すべての過去を内包して、それを誰にも伝えることなく、木々に守られて静かに眠り続けているだけなのだから。
 そう、この天空の城ヘオフォニアは、女神の宮殿として今もひっそりと生きている。
 フォルトゥーネは、枝々の合間からほんの少し露出した城壁の上に腰かけ、今まさに細い喉を奏でているところだった。少女のか細く透明なソプラノは、劇場歌手の朗々としたそれとは違う。地上の舞台女優が感情豊かに歌いあげ、心身とホールに歌声を響き渡らせるのとは異なり、ただただ、世界に呼び掛けている。
 だが悲しいかな、ジャスティンの耳に聴こえるのは、フォルトゥーネが歌うソプラノ、それだけだった。書物にも残されていない古い言葉で紡がれる音楽が、歓喜を、あるいは悲愴を、または憤怒を表しているのか。それは曲調と彼女のレトリックから推察するほかなかった。
 ジャスティンは少女の歌を聴くのは好きだ。だからこそ、じりじりとした不満が募る。
 知りたい。聴きたい。彼女が奏でているだろう音楽のすべてを知ることができたら。
 マナを注ぐ魔法そのものである歌を視ることができたら。
 知らず知らずのうちに噛み締めていたジャスティンの脳裏に、ふと友人の顔がよぎった。
 金色の探偵王子――パーシィが傍に置いているという娘が本物の魔女ならば、フォルトゥーネ様の音楽がわかるのだろうか。
 ぼんやりと考えを弄ぶうちに、彼の耳を癒す歌はいつの間にかどこかへ消えていた。
 はっとして、彼女の姿を探す。

「フォルトゥーネ様!」

「ここにいます。モルフェシア大公」

 女神は音もなく彼の正面に現れた。口元がふんわりと持ち上げられている。
「白昼夢でもご覧になられていましたか?」
 星空の下で少女が咲く。女神は見た目こそ少女だが、時折耐えがたい大人の色香を匂わせる。
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