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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

189-2.敵意の矛先

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「わかってます。今の私があまり冷静ではない事は。でも……怪盗として街を暗躍する彼が父の為に尽くしてくれたのなら、もしかしたらもっと早く手掛かりが見つけられていたかもしれないと……」

 そこでブランシュは一度言葉を切る。
 そして自身の気持ちを落ち着ける為に深く息を吐いた。

「……そう責める気持ちを消すことが出来ないのに、さっきの女の子の話を聞いてしまって……『遊翼の怪盗』の善行を耳にしてしまったからこそ、私の認識の彼との齟齬に動揺してしまっているんです」
「貴女は……」

 ブランシュの中には『遊翼の怪盗』を悪として確立させたいという意志がある。
 だからこそ彼の他者を思う様な行いが彼女の気持ちに揺さぶりを掛けて動揺を齎す。

 では彼女が『遊翼の怪盗』を悪と定義付けたい理由は何か。その疑問に一つの答えを見出したクリスティーナはそれを静かに口にした。

「……貴女はきっと、お父様を心配する気持ちと彼を助けることが出来ないやるせなさを他者を責めることで和らげようとしているのだわ」
「他の人を責めることで……」
「自衛の為に他者を嫌う事事態が悪いとは思わない。……けれど、逃避の為に誰かを悪と呼びたいのなら、一度踏み止まって考えなさい。その時の感情のみで動いた結果、後悔することがないように」

 ブランシュの主張は客観的に見るのであれば滅茶苦茶だ。だが、自分を苛む罪悪から逃れるべく他者を責めてしまう心理は人の弱さの一つとして備わっているものであることをクリスティーナは知っている。
 故に、クリスティーナがブランシュに与える助言は一つだ。自衛の為に誰かを批判したいのならばせめて後にも後悔をしないという自信を持ってから行うべきであるというもの。

 自衛という目的を貫くのならばそれによって自身が傷を負う事のない様あるべきだ。そして感情に振り回された勢いのみで動いた時のリスク――自分が後悔する結果を招くかもしれない可能性についても把握しておく必要がある。

 それでも尚、誰かを責めずにはいられないというのならばそれは本人の気持ちの問題だ。他者が干渉して変わるものではない。

 故にこれ以上クリスティーナがブランシュへ言える事はないだろう。

 自衛の為に他者を悪へと定義付けているという指摘、そして忠告。それらに思うところがあったからなのか、ブランシュはそれ以上誰かを攻撃するような発言をすることはなかった。

「……戻ろっか」

 口を閉ざしあうクリスティーナとブランシュ。その間に流れる重い空気に気付いたヴィートが空気を切り替える為に二人へ笑いかけた。
 三人はリオとエリアスの元へ向かうべく踵を返し、歩き出す。

 クリスティーナとブランシュの間に残っていたぎこちなさもヴィートの明るい声掛けと時間の経過によって緩やかに溶けていく。
 だが、クリスティーナの中に生まれた違和感は小さなしこりとなって彼女の胸中に残り続けていた。

 ブランシュが『遊翼の怪盗』に向ける敵意とその理由。クリスティーナの至った『心配ややるせなさを和らげる為』という予測も間違ったものではないはずだ。
 だが何かを見落としているのではないかという腑に落ちない感覚と小さな不安感にクリスティーナは密かに眉根を寄せたのだった。
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