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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
166-1.自らに求める物
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一度それだと認識してしまえばそれを裏付ける物が次々と現れる。
よくよく観察してみれば『塊』の上部は一度窪んでから再度膨らんでいる。恐らくは人の首と頭部に該当する箇所だろう。
更に頭部に当たるであろう箇所には小さな凹凸が見られる。それが眼球や鼻、口であると今のジルベールならば容易に察することができてしまう。
苦悶や恐怖に満ちた顔。植物となってしまったそれらから個人を特定する事は難しいが、それでも彼らが身に纏っている服からオリオール邸に仕えていた者であることは明白。ジルベールの目の前に広がるのは跡を絶った失踪者達の末路であった。
「こんなことが……許されていいわけがない。何故ですか、旦那様……っ」
ジルベールは拳を握りしめ、肩を震わせる。
だがそれ以上取り乱すことはせず、募る思いを深呼吸とともに押し留めると彼は魔導具らしき物の有無を確認するように辺りを見回した。
「……リオ、手を放して」
一方でクリスティーナはすぐそばで広がっているはずの光景を思い返し、何も話すことができないでいた。
人の命を軽んじ、尊厳を踏みにじるような所業。ただでさえ見慣れぬ人の死という現象に加え、悍ましさを増した死に様。それらに対する本能的な嫌悪感はクリスティーナに恐怖を植え付けた。
それは大きな震えとなって現れ、クリスティーナはそれを抑え込むことができない。
そしてクリスティーナの心中に気付いているからこそ、リオは首を縦に振るわけにはいかない。
「いけません」
「もう大丈夫よ。それに、私が見なければ誰が古代魔導具の有無を見てくれるというの」
「それでもです。俺は御身を守れこそすれど、貴女の心まで守り切れるかはわかりません」
衝撃的な光景を目の当たりにすればクリスティーナは心に傷を負うだろう。もしかしたらトラウマとなってしばらく引きずり続けるかもしれない。
故に主人が望んだことであったとしてもリオは頷くことを躊躇していた。
「……お願いよ、リオ」
日頃気丈に振舞っていても、他の令嬢より肝が据わっていても、クリスティーナがただの一人の少女であることは誰よりも知っている。そんな自負はリオにはある。
そして取り繕えない程に困惑し、震えるクリスティーナの姿は長い付き合いの中でも殆ど目にしたことがなかった。
それ程までに恐怖を植え付けるものならば、彼女が胸を痛める要因となり得るのならばそれから守ってやりたい。
敬愛する相手が胸を痛める姿は見ずに済むのであればそうしたい物だ。
だが当の本人が何故だかそれを良しとしない。
主人との間に生まれた感情の乖離にもどかしさを覚えたリオは、クリスティーナの目を覆う手に僅かに力を込めた。
「守られ続けて貰える立場は身分とともに捨ててきたわ。……言ったでしょう。私、もうただのお荷物になりたくないのよ」
「『お荷物』にならないというのは何も敢えて自らが傷つく道を歩むことではないでしょう」
一度目のベルフェゴール襲撃後、二人きりの時に打ち明けられたクリスティーナの悩みを忘れたわけでは勿論ない。
元より不必要に助力を受ける事を嫌う節があることも理解している。
だがそれでも、何故敢えて自らが傷つく道を進もうとするのかがリオにはわからなかった。
「自棄だとか焦りで言っているのではないわ。ただ、恐ろしい事から目を逸らすだけじゃなくて、それを乗り越える力を身につけないといけないと思ったの」
「乗り越える力……ですか」
「そう。貴方の言う通り、身体的な問題の殆どは貴方達が何とかしてくれるでしょうし、私が貴方達の領域まで上りつく事は出来ないでしょう。けれど精神面の弱さは私自身の問題。切迫した状況下での動揺で足を引っ張るようなことはしたくない。最早守られるだけの『お嬢様』ではなくなった私には必要な物のはずよ……それに」
クリスティーナは自身の目を覆う手に静かに触れる。
彼女の瞼の裏を過るのはフロンティエールで見て来た光景だった。
よくよく観察してみれば『塊』の上部は一度窪んでから再度膨らんでいる。恐らくは人の首と頭部に該当する箇所だろう。
更に頭部に当たるであろう箇所には小さな凹凸が見られる。それが眼球や鼻、口であると今のジルベールならば容易に察することができてしまう。
苦悶や恐怖に満ちた顔。植物となってしまったそれらから個人を特定する事は難しいが、それでも彼らが身に纏っている服からオリオール邸に仕えていた者であることは明白。ジルベールの目の前に広がるのは跡を絶った失踪者達の末路であった。
「こんなことが……許されていいわけがない。何故ですか、旦那様……っ」
ジルベールは拳を握りしめ、肩を震わせる。
だがそれ以上取り乱すことはせず、募る思いを深呼吸とともに押し留めると彼は魔導具らしき物の有無を確認するように辺りを見回した。
「……リオ、手を放して」
一方でクリスティーナはすぐそばで広がっているはずの光景を思い返し、何も話すことができないでいた。
人の命を軽んじ、尊厳を踏みにじるような所業。ただでさえ見慣れぬ人の死という現象に加え、悍ましさを増した死に様。それらに対する本能的な嫌悪感はクリスティーナに恐怖を植え付けた。
それは大きな震えとなって現れ、クリスティーナはそれを抑え込むことができない。
そしてクリスティーナの心中に気付いているからこそ、リオは首を縦に振るわけにはいかない。
「いけません」
「もう大丈夫よ。それに、私が見なければ誰が古代魔導具の有無を見てくれるというの」
「それでもです。俺は御身を守れこそすれど、貴女の心まで守り切れるかはわかりません」
衝撃的な光景を目の当たりにすればクリスティーナは心に傷を負うだろう。もしかしたらトラウマとなってしばらく引きずり続けるかもしれない。
故に主人が望んだことであったとしてもリオは頷くことを躊躇していた。
「……お願いよ、リオ」
日頃気丈に振舞っていても、他の令嬢より肝が据わっていても、クリスティーナがただの一人の少女であることは誰よりも知っている。そんな自負はリオにはある。
そして取り繕えない程に困惑し、震えるクリスティーナの姿は長い付き合いの中でも殆ど目にしたことがなかった。
それ程までに恐怖を植え付けるものならば、彼女が胸を痛める要因となり得るのならばそれから守ってやりたい。
敬愛する相手が胸を痛める姿は見ずに済むのであればそうしたい物だ。
だが当の本人が何故だかそれを良しとしない。
主人との間に生まれた感情の乖離にもどかしさを覚えたリオは、クリスティーナの目を覆う手に僅かに力を込めた。
「守られ続けて貰える立場は身分とともに捨ててきたわ。……言ったでしょう。私、もうただのお荷物になりたくないのよ」
「『お荷物』にならないというのは何も敢えて自らが傷つく道を歩むことではないでしょう」
一度目のベルフェゴール襲撃後、二人きりの時に打ち明けられたクリスティーナの悩みを忘れたわけでは勿論ない。
元より不必要に助力を受ける事を嫌う節があることも理解している。
だがそれでも、何故敢えて自らが傷つく道を進もうとするのかがリオにはわからなかった。
「自棄だとか焦りで言っているのではないわ。ただ、恐ろしい事から目を逸らすだけじゃなくて、それを乗り越える力を身につけないといけないと思ったの」
「乗り越える力……ですか」
「そう。貴方の言う通り、身体的な問題の殆どは貴方達が何とかしてくれるでしょうし、私が貴方達の領域まで上りつく事は出来ないでしょう。けれど精神面の弱さは私自身の問題。切迫した状況下での動揺で足を引っ張るようなことはしたくない。最早守られるだけの『お嬢様』ではなくなった私には必要な物のはずよ……それに」
クリスティーナは自身の目を覆う手に静かに触れる。
彼女の瞼の裏を過るのはフロンティエールで見て来た光景だった。
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