390 / 579
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
128-2.たった一人へ向けられる想い
しおりを挟む
「本選びの件は気にしないでいいからね」
「今日の土産は本当に偶然よ。あとは飲食物以外を選ぶ口実が欲しかっただけ」
「そっか」
土産に本を選択したことは過度な気遣いから来るものではないとはっきり否定をしながらも、クリスティーナの視線は急な話題の転換の理由を問う様にシャルロットへ向けられていた。
それに気付いているのだろう。シャルロットは顔を庭へと背けたままゆっくりと口を開いた。
「あれはね、オリヴィエは選ばないと意味がないの」
「でも、彼は本を読まないのでしょう?」
「それでも、だよ」
本を読まない人物に本を選ばせる意図がわからず、クリスティーナは問う。
柔らかな風に髪を靡かせながら、シャルロットは悪戯っぽく笑みを深めた。
「本を指定したのはただの口実。本当は何でもいいんだよ」
(……ああ、そういうことなのね)
不敵でありながらも、どこか恥ずかし気に伏せられる睫毛。
靡く横髪を耳の後ろに掛けるシャルロットの仕草を視界に取られながらクリスティーナは彼女の本意に気付きつつあった。
「アクセサリーでも、花でも、雑貨でも……何でも。私のことを考えて真剣に選んでくれたものなら何でもいいの」
クリスティーナへ向き直ったシャルロットはテーブルの上で両手を汲む。
その指先へ視線を落としながら優しい声音で言葉を紡いだ。
「私だけのことを考えて、悩んで欲しい。私のことを思って選んでくれた物が欲しい」
暫し指先を弄んだ後、シャルロットは顔を上げて擽ったそうに眉を下げて笑った。
「……だから、オリヴィエが選んでくれないと駄目なんだ。他の誰かが選んでくれた物じゃ駄目なの」
柔く頬を緩める少女。その面持ちにどこか眩しさを感じて、クリスティーナは目を細めた。
彼女の言い分は十分理解出来るものだった。
オリヴィエに本を頼んだ理由。それは鈍感な節があるエリアスですら悟って微笑んでしまう程に明確となっていた。
「……貴女、変わってるのね」
偏屈で頑固で、思慮が浅い。言葉足らずで、口を開けば相手の神経を逆なでるような発言をするようなこともある。
十分に癖の強い人物であるオリヴィエをシャルロット程好意的に見れる人物も少ないだろうと思い、クリスティーナは小さく笑む。
だが、シャルロットの見解は違うようだ。
「そう思うのはきっと、クリスとオリヴィエの付き合いがまだ長くないからだと思うよ」
シャルロットがオリヴィエを評価する理由。それがいずれ分かるだろうと言うように彼女は微笑んだ。
腑に落ちず、クリスティーナが目を丸くするも、シャルロットはそれ以上を語らない。
代わりにこの話は終わりだと切り上げるように彼女は手を打った。
「あ、でも本が好きなのは本当だよ。良かったら本についても話したいな。……あ、良かったら一冊貸そうか?」
「本は好きだから、貴女のおすすめは聞いてみたいわ。でも教えて貰えれば自分で探すから、気遣いは結構よ」
「いいのいいの、お土産のお返しにさ。ジル、あの本なんだけど――」
シャルロットは離れた場所で控えていた従者を手招きして呼びつけると、一冊の本を持って来るように指示を出す。
しかしその言葉は途中で途切れた。
次いで言葉の代わりに彼女の口から溢れたのは咳の音だ。
最初は乾いた音であったそれは何度も繰り返される内、激しさを増して重量感のある音となる。
シャルロットは自身のみを案じて腰を浮かす客人三人へ問題ないと片手を挙げる。
しかし顔を上げて笑みを浮かべたところで彼女は口元を押させていた手が赤く染まっていることに気付いた。
「あ……っ」
口の端から溢れ、顎を伝って落ちる赤い雫。
それは彼女の服やテーブルクロスを少しずつ汚していった。
「今日の土産は本当に偶然よ。あとは飲食物以外を選ぶ口実が欲しかっただけ」
「そっか」
土産に本を選択したことは過度な気遣いから来るものではないとはっきり否定をしながらも、クリスティーナの視線は急な話題の転換の理由を問う様にシャルロットへ向けられていた。
それに気付いているのだろう。シャルロットは顔を庭へと背けたままゆっくりと口を開いた。
「あれはね、オリヴィエは選ばないと意味がないの」
「でも、彼は本を読まないのでしょう?」
「それでも、だよ」
本を読まない人物に本を選ばせる意図がわからず、クリスティーナは問う。
柔らかな風に髪を靡かせながら、シャルロットは悪戯っぽく笑みを深めた。
「本を指定したのはただの口実。本当は何でもいいんだよ」
(……ああ、そういうことなのね)
不敵でありながらも、どこか恥ずかし気に伏せられる睫毛。
靡く横髪を耳の後ろに掛けるシャルロットの仕草を視界に取られながらクリスティーナは彼女の本意に気付きつつあった。
「アクセサリーでも、花でも、雑貨でも……何でも。私のことを考えて真剣に選んでくれたものなら何でもいいの」
クリスティーナへ向き直ったシャルロットはテーブルの上で両手を汲む。
その指先へ視線を落としながら優しい声音で言葉を紡いだ。
「私だけのことを考えて、悩んで欲しい。私のことを思って選んでくれた物が欲しい」
暫し指先を弄んだ後、シャルロットは顔を上げて擽ったそうに眉を下げて笑った。
「……だから、オリヴィエが選んでくれないと駄目なんだ。他の誰かが選んでくれた物じゃ駄目なの」
柔く頬を緩める少女。その面持ちにどこか眩しさを感じて、クリスティーナは目を細めた。
彼女の言い分は十分理解出来るものだった。
オリヴィエに本を頼んだ理由。それは鈍感な節があるエリアスですら悟って微笑んでしまう程に明確となっていた。
「……貴女、変わってるのね」
偏屈で頑固で、思慮が浅い。言葉足らずで、口を開けば相手の神経を逆なでるような発言をするようなこともある。
十分に癖の強い人物であるオリヴィエをシャルロット程好意的に見れる人物も少ないだろうと思い、クリスティーナは小さく笑む。
だが、シャルロットの見解は違うようだ。
「そう思うのはきっと、クリスとオリヴィエの付き合いがまだ長くないからだと思うよ」
シャルロットがオリヴィエを評価する理由。それがいずれ分かるだろうと言うように彼女は微笑んだ。
腑に落ちず、クリスティーナが目を丸くするも、シャルロットはそれ以上を語らない。
代わりにこの話は終わりだと切り上げるように彼女は手を打った。
「あ、でも本が好きなのは本当だよ。良かったら本についても話したいな。……あ、良かったら一冊貸そうか?」
「本は好きだから、貴女のおすすめは聞いてみたいわ。でも教えて貰えれば自分で探すから、気遣いは結構よ」
「いいのいいの、お土産のお返しにさ。ジル、あの本なんだけど――」
シャルロットは離れた場所で控えていた従者を手招きして呼びつけると、一冊の本を持って来るように指示を出す。
しかしその言葉は途中で途切れた。
次いで言葉の代わりに彼女の口から溢れたのは咳の音だ。
最初は乾いた音であったそれは何度も繰り返される内、激しさを増して重量感のある音となる。
シャルロットは自身のみを案じて腰を浮かす客人三人へ問題ないと片手を挙げる。
しかし顔を上げて笑みを浮かべたところで彼女は口元を押させていた手が赤く染まっていることに気付いた。
「あ……っ」
口の端から溢れ、顎を伝って落ちる赤い雫。
それは彼女の服やテーブルクロスを少しずつ汚していった。
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
ヘーゼル坊ちゃんの言うとおり!
あさの
ファンタジー
「くっそー…こんなの給金に見合わん。ぜったい追加で請求してやるからな…」
俺は腹の底から叫んだ。
…心の中で。
王都からはるばる来た俺に与えられた仕事は、
「ヘーゼルくんに取り入り、彼の一挙手一投足を見つめなさい」
---幼い子どもの監視役だった。
「庭のお花を見ていたんです。おかあさんが好きな野薔薇が咲いているから」
窓辺から庭を眺めてヘーゼルが言う。
不自由となった脚を車椅子に乗せて。
「観察? 監視の間違いではありませんか?」
あんな小さな子どもを監視だって?
「彼は唯一の生還者です。有力な情報を得られる可能性があるのは、もはや彼しかいない。貴方には期待していますよ、アレックス・コストナー」
村に蔓延する謎の病。
その唯一の回復者がヘーゼルだという。
病かなんだか知らないが、金を積まれるならやってやるさ。
楽勝の仕事だと拳を握った矢先、
「----魔女、ですか?」
俄に暗雲が立ち込める。
「ヘーゼル様は魔女を退けた英雄の血筋なんですよ」
魔女伝説?
時代錯誤も良いとこだ。
今は科学の時代だぞ。
「…本当にあったことなのです」
たった8歳だ。
生まれて8年しか生きていない子どもだぞ。
「神がいるのなら、悪魔も、魔女もいる。ねえ、先生。そう思いませんか?」
…だったら。
幼い子どもがあんな目をするか…?
「は…、か、隠し通路…?」
蔓延する原因不明の流行り病。
領地に伝わる魔女伝説。
子どもが隠している秘密。
その一端に触れたとき、少女の紅いくちびるが弧を描く。
「----可愛いでしょう? わたしのオモチャ」
俺の一攫千金の仕事はどうなる!?
※ 実際の本編のテンション及びセリフとは少々異なる場合があります。
転生王女は現代知識で無双する
紫苑
ファンタジー
普通に働き、生活していた28歳。
突然異世界に転生してしまった。
定番になった異世界転生のお話。
仲良し家族に愛されながら転生を隠しもせず前世で培ったアニメチート魔法や知識で色んな事に首を突っ込んでいく王女レイチェル。
見た目は子供、頭脳は大人。
現代日本ってあらゆる事が自由で、教育水準は高いし平和だったんだと実感しながら頑張って生きていくそんなお話です。
魔法、亜人、奴隷、農業、畜産業など色んな話が出てきます。
伏線回収は後の方になるので最初はわからない事が多いと思いますが、ぜひ最後まで読んでくださると嬉しいです。
読んでくれる皆さまに心から感謝です。
前世で眼が見えなかった俺が異世界転生したら・・・
y@siron
ファンタジー
俺の眼が・・・見える!
てってれてーてってれてーてててててー!
やっほー!みんなのこころのいやしアヴェルくんだよ〜♪
一応神やってます!( *¯ ꒳¯*)どやぁ
この小説の主人公は神崎 悠斗くん
前世では色々可哀想な人生を歩んでね…
まぁ色々あってボクの管理する世界で第二の人生を楽しんでもらうんだ〜♪
前世で会得した神崎流の技術、眼が見えない事により研ぎ澄まされた感覚、これらを駆使して異世界で力を開眼させる
久しぶりに眼が見える事で新たな世界を楽しみながら冒険者として歩んでいく
色んな困難を乗り越えて日々成長していく王道?異世界ファンタジー
友情、熱血、愛はあるかわかりません!
ボクはそこそこ活躍する予定〜ノシ
危険な森で目指せ快適異世界生活!
ハラーマル
ファンタジー
初めての彼氏との誕生日デート中、彼氏に裏切られた私は、貞操を守るため、展望台から飛び降りて・・・
気がつくと、薄暗い洞窟の中で、よくわかんない種族に転生していました!
2人の子どもを助けて、一緒に森で生活することに・・・
だけどその森が、実は誰も生きて帰らないという危険な森で・・・
出会った子ども達と、謎種族のスキルや魔法、持ち前の明るさと行動力で、危険な森で快適な生活を目指します!
♢ ♢ ♢
所謂、異世界転生ものです。
初めての投稿なので、色々不備もあると思いますが。軽い気持ちで読んでくださると幸いです。
誤字や、読みにくいところは見つけ次第修正しています。
内容を大きく変更した場合には、お知らせ致しますので、確認していただけると嬉しいです。
「小説家になろう」様「カクヨム」様でも連載させていただいています。
※7月10日、「カクヨム」様の投稿について、アカウントを作成し直しました。
異世界転移した町民Aは普通の生活を所望します!!
コスモクイーンハート
ファンタジー
異世界転移してしまった女子高生の合田結菜はある高難度ダンジョンで一人放置されていた。そんな結菜を冒険者育成クラン《炎樹の森》の冒険者達が保護してくれる。ダンジョンの大きな狼さんをもふもふしたり、テイムしちゃったり……。
何気にチートな結菜だが、本人は普通の生活がしたかった。
本人の望み通りしばらくは普通の生活をすることができたが……。勇者に担がれて早朝に誘拐された日を境にそんな生活も終わりを告げる。
何で⁉私を誘拐してもいいことないよ⁉
何だかんだ、半分無意識にチートっぷりを炸裂しながらも己の普通の生活の(自分が自由に行動できるようにする)ために今日も元気に異世界を爆走します‼
※現代の知識活かしちゃいます‼料理と物作りで改革します‼←地球と比べてむっちゃ不便だから。
#更新は不定期になりそう
#一話だいたい2000字をめどにして書いています(長くも短くもなるかも……)
#感想お待ちしてます‼どしどしカモン‼(誹謗中傷はNGだよ?)
#頑張るので、暖かく見守ってください笑
#誤字脱字があれば指摘お願いします!
#いいなと思ったらお気に入り登録してくれると幸いです(〃∇〃)
#チートがずっとあるわけではないです。(何気なく時たまありますが……。)普通にファンタジーです。
【完結】家庭菜園士の強野菜無双!俺の野菜は激強い、魔王も勇者もチート野菜で一捻り!
鏑木 うりこ
ファンタジー
幸田と向田はトラックにドン☆されて異世界転生した。
勇者チートハーレムモノのラノベが好きな幸田は勇者に、まったりスローライフモノのラノベが好きな向田には……「家庭菜園士」が女神様より授けられた!
「家庭菜園だけかよーー!」
元向田、現タトは叫ぶがまあ念願のスローライフは叶いそうである?
大変!第2回次世代ファンタジーカップのタグをつけたはずなのに、ついてないぞ……。あまりに衝撃すぎて倒れた……(;´Д`)もうだめだー
神の使いでのんびり異世界旅行〜チート能力は、あくまで自由に生きる為に〜
和玄
ファンタジー
連日遅くまで働いていた男は、転倒事故によりあっけなくその一生を終えた。しかし死後、ある女神からの誘いで使徒として異世界で旅をすることになる。
与えられたのは並外れた身体能力を備えた体と、卓越した魔法の才能。
だが骨の髄まで小市民である彼は思った。とにかく自由を第一に異世界を楽しもうと。
地道に進む予定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる