上 下
364 / 579
第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

115-2.希望を賭ける者達

しおりを挟む
***


 広がる歓声、呼び止める怒号。それらから逃れるように男は屋根の上を駆け、着実にホールから距離をとる。
 宵闇に紛れる金髪がいつしか色を変えていることに気付く者もおらず。地面で騒ぎ立てている追手を高い位置から観察しては確実な逃亡ルートを把握して移動する。

 そしてホールでの喧騒が随分と遠ざかったところで男は地面へ降り立った。
 重力に逆らった緩やかな落下速度。とある路地裏へ静かに着地した男は闇に紛れて立つ一人を横目で見やる。

「よぉ、お疲れさん」

 現れたのはがたいの良い男。夜の薄暗さに紛れるような色合いの服を身に纏った男は仮面の男へ向かって手を差し出す。
 一方、手を差し出された本人は何かを求めるその素振りに従って、ポケットにしまい込んでいた懐中時計を相手へ投げて寄越した。
 時計が手中に収まる、小気味よい音がする。相手が無事に受け取ったことを確認してから仮面の男は深く息を吐いた。

「人使いが荒いですよ、ボス」
「うちはいつも人手不足なもんでね。それにお前に関しては仕事中の報告を怠った件もあったしな。これでチャラってことにしておこう」

 相手の言葉を聞き流しながら、仮面の男は自身の顔を隠していたそれを外す。
 仮面に覆われていた黄緑色の瞳、そしてやや幼い顔が顕わとなる。
 仮面の男――オリヴィエは先程までの大人びた微笑みや丁寧な態度とは一変、仏頂面と不遜な態度で振る舞った。

 だがそんな媚びるような態度一つ見せない彼の可愛げのなさに対しても目の前の男は喉の奥で笑う。
 それを一瞥しながらオリヴィエはやや早口に捲し立てた。

「あの件については後から話しましたよね。霧と魔導具との関連性は確認できなかった上、事の収拾は魔導師によって円滑に行われたと――」
「……待て」

 臍を曲げた小さな子供を見て揶揄うような笑みを浮かべていた男はしかし、オリヴィエの言葉の途中でその顔色を変える。
 突如、彼の顔から笑みは掻き消され、代わりに眉間へ皺を刻む。
 その険しい顔立ちに言葉を止めたオリヴィエは何事かと相手へ視線を投げかけた。
 だが身近の相手の疑問に答えることもなく、男はオリヴィエの後方を睨みつける。

「お前、つけられてやがったな」
「……おや。予想よりも早く気付かれてしまいました」

 男の指摘にこれ以上の隠密行動は不要だと判断した人物は、オリヴィエの後方の物陰から姿を現す。
 隠れていたのは二人。そのどちらもがフードを頭に被ってその顔を隠しており、先に姿を見せた一人が後方に立つもう一人を背に庇うような形で立っている。

「相当な手練れの方だとお見受けしました」
「ハッ、白々しい称賛だな。この距離まで気付かれずに近づいておきながら自身の実力を隠しておけると思うなよ」

 男は左右の腰に携えていた短剣に手を掛けながら唸る。
 一方でその視線の先の一人はフードの下で静かに微笑むだけ。

「何もんだ、お前」
「……こちらから語る必要性が感じられませんね」

 双方は静かな睨み合いを続ける。
 その間に立たされていたオリヴィエは背後を取られていたことに驚き、暫し面食らっていたが、自身を取り巻く空気が凍り付いていることに気付くと目頭を押さえながら深くため息を吐いた。

「……待ってくれ。お前達で殴り合いでもされたら収拾つけられるものもつかなくなる」
「どういうことだ」

 男の問いにオリヴィエが答えるよりも先、二人組の内一人が被っていたフードを取っ払った。
 更にもう一人もそれに続く形でフードを頭から外す。

 そしてフードに隠されていた二つの顔が顕わになるも、オリヴィエが驚く様子はない。
 追手の正体を既に予想していたからである。

「俺としても不要な暴力は勘弁願いたいところですよ」

 頭痛を覚えて再度深くため息を吐くオリヴィエをよそに、リオはただただ穏やかな微笑みを携えて答えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです

かものはし
ファンタジー
この力は危険だからあまり使わないようにしよう――。 そんな風に考えていたら役立たずのポンコツ扱いされて勇者パーティから追い出された保井武・32歳。 とりあえず腹が減ったので近くの町にいくことにしたがあの勇者パーティにいた自分の顔は割れてたりする? パーティから追い出されたなんて噂されると恥ずかしいし……。そうだ別人になろう。 そんなこんなで始まるキュートな少年の姿をしたおっさんの冒険譚。 目指すは復讐? スローライフ? ……それは誰にも分かりません。 とにかく書きたいことを思いつきで進めるちょっとえっちな珍道中、はじめました。

めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜

ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました 誠に申し訳ございません。 —————————————————   前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。 名前は山梨 花。 他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。 動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、 転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、 休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。 それは物心ついた時から生涯を終えるまで。 このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。 ————————————————— 最後まで読んでくださりありがとうございました!!  

氷の貴婦人

恋愛
ソフィは幸せな結婚を目の前に控えていた。弾んでいた心を打ち砕かれたのは、結婚相手のアトレーと姉がベッドに居る姿を見た時だった。 呆然としたまま結婚式の日を迎え、その日から彼女の心は壊れていく。 感情が麻痺してしまい、すべてがかすみ越しの出来事に思える。そして、あんなに好きだったアトレーを見ると吐き気をもよおすようになった。 毒の強めなお話で、大人向けテイストです。

司書ですが、何か?

みつまめ つぼみ
ファンタジー
 16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。  ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。

聖女の姉ですが、宰相閣下は無能な妹より私がお好きなようですよ?

渡邊 香梨
ファンタジー
コミックシーモア電子コミック大賞2025ノミネート! 11/30まで投票宜しくお願いします……!m(_ _)m ――小説3巻&コミックス1巻大好評発売中!――【旧題:聖女の姉ですが、国外逃亡します!~妹のお守りをするくらいなら、腹黒宰相サマと駆け落ちします!~】 12.20/05.02 ファンタジー小説ランキング1位有難うございます! 双子の妹ばかりを優先させる家族から離れて大学へ進学、待望の一人暮らしを始めた女子大生・十河怜菜(そがわ れいな)は、ある日突然、異世界へと召喚された。 召喚させたのは、双子の妹である舞菜(まな)で、召喚された先は、乙女ゲーム「蘇芳戦記」の中の世界。 国同士を繋ぐ「転移扉」を守護する「聖女」として、舞菜は召喚されたものの、守護魔力はともかく、聖女として国内貴族や各国上層部と、社交が出来るようなスキルも知識もなく、また、それを会得するための努力をするつもりもなかったために、日本にいた頃の様に、自分の代理(スペア)として、怜菜を同じ世界へと召喚させたのだ。 妹のお守りは、もうごめん――。 全てにおいて妹優先だった生活から、ようやく抜け出せたのに、再び妹のお守りなどと、冗談じゃない。 「宰相閣下、私と駆け落ちしましょう」 内心で激怒していた怜菜は、日本同様に、ここでも、妹の軛(くびき)から逃れるための算段を立て始めた――。 ※ R15(キスよりちょっとだけ先)が入る章には☆を入れました。 【近況ボードに書籍化についてや、参考資料等掲載中です。宜しければそちらもご参照下さいませ】

称号チートで異世界ハッピーライフ!~お願いしたスキルよりも女神様からもらった称号がチートすぎて無双状態です~

しらかめこう
ファンタジー
「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました

鹿乃目めのか
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。 ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。 失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。 主人公が本当の愛を手に入れる話。 独自設定のファンタジーです。 さくっと読める短編です。 ※完結しました。ありがとうございました。 閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。 ご感想へのお返事は、執筆優先・ネタバレ防止のため控えさせていただきますが、大切に拝見しております。 本当にありがとうございます。

【完結】すっぽんじゃなくて太陽の女神です

土広真丘
ファンタジー
三千年の歴史を誇る神千皇国の皇帝家に生まれた日香。 皇帝家は神の末裔であり、一部の者は先祖返りを起こして神の力に目覚める。 月の女神として覚醒した双子の姉・月香と比較され、未覚醒の日香は無能のすっぽんと揶揄されている。 しかし実は、日香は初代皇帝以来の三千年振りとなる太陽の女神だった。 小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。

処理中です...