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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
110-1.弱虫
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他愛もない会話の途中、空を見上げていたオリヴィエはふと口を開いた。
「そういえば、ノアとレミに会った」
「え、嘘! ずるい」
共通の知人の名が出た途端、シャルロットは窓の縁から勢いよく身を乗り出す。
先程よりも縮まる二人の距離。前のめりのまま顔を覗き込むシャルロットの視線に答えるようにオリヴィエは黄緑の目を彼女へ向けた。
「どうだった?」
「ノアは相変わらず煩かったな。レミはあまり話す機会がなかったが、少し疲れてるように見えた」
「ああー。忙しい時期だもんね……わっ!」
「なっ、馬鹿……!」
機嫌よさげに笑っていたシャルロットは言葉の途中で窓の縁に掛けていた手を滑らせる。
支えを失った体は前のめりのままに外へ向かって傾く。
しかしその横腹が縁へ強打するよりも先にオリヴィエは咄嗟に両手を差し出して支える。
「びっくりしたぁ……」
「ったく、いい歳してはしゃぐな。体だって――」
シャルロットへ小言を零すオリヴィエはしかし、その言葉を途中で切る。
そしてすぐに首を横に振ると視線を逸らした。
「……悪かった。何でもない」
「ううん。前より思うように動かないのは本当だし」
オリヴィエは体を支えながら部屋の中へ戻るようシャルロットへ促す。
シャルロットはそれに応えるようにベッドの上で大人しくなり、眉を下げて静かに微笑んだ。
互いに口を開かない時間が過ぎていく。
オリヴィエは他者への気遣いが得意ではない。故に一度訪れた気まずい空気を打破する術は持たないし、一度そのような状態に陥ってしまえば上手い言葉を見つけられない彼は押し黙ってしまうのが落ちだった。
それを良く知っているシャルロットは居心地悪そうに視線を逸らしたまま仏頂面を構えるオリヴィエへ、明るい声音で言う。
「新しい本が読みたいな」
「本?」
「そう。暇すぎて家の本は殆ど読んじゃったから」
試すように向けられる視線。彼女の言葉の意図。それを感じながらオリヴィエは眼鏡を押し上げてため息を吐いた。
「……僕が本を読まないのは良く知ってるだろ」
「読書嫌いな人がどんな愉快な本を選んでくるのか見るのが楽しいんでしょ?」
「おい」
不服そうに声を返せば、愉快だと言うような笑い声が返される。
いとも容易く自分の調子を崩しに掛かる言動に翻弄されながらもオリヴィエは致し方ないと肩を竦めた。
「適当に買ってこればいいんだろう。文句は言わせないからな」
「ふふ、ありがと」
シャルロットの礼を聞き届け、オリヴィエは壁から背を離した。
そして窓に手を掛けながらシャルロットの顔を覗き込む。
「時間だ。そろそろ戻る」
「うん。いってらっしゃい」
「ああ。また」
別れを告げ、静かに窓を閉める。
二人を隔てる窓。それが閉ざされても尚、シャルロットはオリヴィエの姿をその視界に留め続けた。
その視線を感じながら、オリヴィエはその場で浮遊する。そして振り返ることはせずに館の敷地の外目指して滑空した。
遠ざかっていく背中を眺めながら、シャルロットは細い指で窓を撫でる。
その眉は憂う様に下げられ、瞳は切なげに揺らぐ。
「……弱虫だね。私達」
見知った背中が視界から消えても尚、シャルロットは何かを思い悩むように顔を曇らせ、窓の外を静かに眺め続けていた。
「そういえば、ノアとレミに会った」
「え、嘘! ずるい」
共通の知人の名が出た途端、シャルロットは窓の縁から勢いよく身を乗り出す。
先程よりも縮まる二人の距離。前のめりのまま顔を覗き込むシャルロットの視線に答えるようにオリヴィエは黄緑の目を彼女へ向けた。
「どうだった?」
「ノアは相変わらず煩かったな。レミはあまり話す機会がなかったが、少し疲れてるように見えた」
「ああー。忙しい時期だもんね……わっ!」
「なっ、馬鹿……!」
機嫌よさげに笑っていたシャルロットは言葉の途中で窓の縁に掛けていた手を滑らせる。
支えを失った体は前のめりのままに外へ向かって傾く。
しかしその横腹が縁へ強打するよりも先にオリヴィエは咄嗟に両手を差し出して支える。
「びっくりしたぁ……」
「ったく、いい歳してはしゃぐな。体だって――」
シャルロットへ小言を零すオリヴィエはしかし、その言葉を途中で切る。
そしてすぐに首を横に振ると視線を逸らした。
「……悪かった。何でもない」
「ううん。前より思うように動かないのは本当だし」
オリヴィエは体を支えながら部屋の中へ戻るようシャルロットへ促す。
シャルロットはそれに応えるようにベッドの上で大人しくなり、眉を下げて静かに微笑んだ。
互いに口を開かない時間が過ぎていく。
オリヴィエは他者への気遣いが得意ではない。故に一度訪れた気まずい空気を打破する術は持たないし、一度そのような状態に陥ってしまえば上手い言葉を見つけられない彼は押し黙ってしまうのが落ちだった。
それを良く知っているシャルロットは居心地悪そうに視線を逸らしたまま仏頂面を構えるオリヴィエへ、明るい声音で言う。
「新しい本が読みたいな」
「本?」
「そう。暇すぎて家の本は殆ど読んじゃったから」
試すように向けられる視線。彼女の言葉の意図。それを感じながらオリヴィエは眼鏡を押し上げてため息を吐いた。
「……僕が本を読まないのは良く知ってるだろ」
「読書嫌いな人がどんな愉快な本を選んでくるのか見るのが楽しいんでしょ?」
「おい」
不服そうに声を返せば、愉快だと言うような笑い声が返される。
いとも容易く自分の調子を崩しに掛かる言動に翻弄されながらもオリヴィエは致し方ないと肩を竦めた。
「適当に買ってこればいいんだろう。文句は言わせないからな」
「ふふ、ありがと」
シャルロットの礼を聞き届け、オリヴィエは壁から背を離した。
そして窓に手を掛けながらシャルロットの顔を覗き込む。
「時間だ。そろそろ戻る」
「うん。いってらっしゃい」
「ああ。また」
別れを告げ、静かに窓を閉める。
二人を隔てる窓。それが閉ざされても尚、シャルロットはオリヴィエの姿をその視界に留め続けた。
その視線を感じながら、オリヴィエはその場で浮遊する。そして振り返ることはせずに館の敷地の外目指して滑空した。
遠ざかっていく背中を眺めながら、シャルロットは細い指で窓を撫でる。
その眉は憂う様に下げられ、瞳は切なげに揺らぐ。
「……弱虫だね。私達」
見知った背中が視界から消えても尚、シャルロットは何かを思い悩むように顔を曇らせ、窓の外を静かに眺め続けていた。
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