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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』
107-1.叱責と思惑
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オリヴィエに圧倒された男二人は尻尾を巻いて逃げるようにして店を出ていく。
遠のく二つの背中。それを隠すように閉められる扉。客の退出を知らせるベルが止むと同時にホール内はドッと沸いた。
「流石のニコラ坊だなぁ!」
「いやぁ、久しぶりに良いものを見た!」
まるで愉快な寸劇を見た直後のように喜び、大きく笑い飛ばす人々。
その渦中で散らかした席の後片付けをしていたオリヴィエは初めこそ涼しい顔をしていたものの、突如彼へと距離を詰めた者に寄ってその顔は顰められる。
突如鈍い音を伴い、オリヴィエの後頭部が殴りつけられたのだ。
「い゛っ……」
「いい加減にしろと言っているだろ、ニコラ」
殴られた箇所を押さえて顔を歪めるオリヴィエ。叱責する厳しい声が彼へ投げられる。
オリヴィエは目尻に涙を溜め乍ら、自身を殴った相手を睨みつける。
その視線の先に立つのは店のエプロンを身に着けた中年の男だ。
「何でも力業で解決しようとするな」
「先に手を出したのは向こうだけど?」
「だとしてもだ。明らかにやりすぎだろう」
男は酒に濡れた床を指し示す。
その指摘にオリヴィエは眉を顰めた。
「それに、お前は言葉選びも下手だ。もう少し穏便に済ませられる手段がないかを考えて……」
「まぁまぁ、旦那。今回に関しては言葉を選んでも相手が落ち着くような感じではなかったぞ」
「まあ酒をぶちまけたのはあれだったけどな!」
「それが問題なんだろう! お前達もすぐ甘やかそうとするな!」
次々と連ねられる小言を遮るように常連客が男へ声を掛ける。
しかしそれもすぐに一蹴されてしまい、説教を止める気のない男の様子に常連客らはやれやれと肩を竦めた。
「全く、一体いつからあんなに喧嘩っ早くなったのやら。……普段は手伝いも沢山してくれて助かってるんだけどねぇ」
仕事をするふりをしながらその場を去ろうとするオリヴィエと、その魂胆を見切った上で彼の首根っこを掴んで説教を続ける男。
喧嘩の仲裁から説教に至るまでの過程を静かに見守っていたクリスティーナ達へ、三人を店まで連れてきた女が声を掛ける。
彼女は空いた食器を下げ、空になったジョッキの代わりにと水を進めながら困ったように微笑む。
しかしその表情にはどこか慈しみのようなものも感じられ、そこからはどうやらオリヴィエの言動に手を焼かされているだけではないらしいことが窺える。
「あの子のお陰で厄介なお客さんの対処に手を焼くようなことは減ったんだけれど。でも、やっぱり心配ではあるわね。あの子にまた何かあったらと思うと……」
「また?」
思わず聞き返したクリスティーナの声に、女性は目を丸くする。
そしてその瞳が少し彷徨った後。
「……いいえ、何でもないわ」
女性はややぎこちなく微笑んだ。
遠のく二つの背中。それを隠すように閉められる扉。客の退出を知らせるベルが止むと同時にホール内はドッと沸いた。
「流石のニコラ坊だなぁ!」
「いやぁ、久しぶりに良いものを見た!」
まるで愉快な寸劇を見た直後のように喜び、大きく笑い飛ばす人々。
その渦中で散らかした席の後片付けをしていたオリヴィエは初めこそ涼しい顔をしていたものの、突如彼へと距離を詰めた者に寄ってその顔は顰められる。
突如鈍い音を伴い、オリヴィエの後頭部が殴りつけられたのだ。
「い゛っ……」
「いい加減にしろと言っているだろ、ニコラ」
殴られた箇所を押さえて顔を歪めるオリヴィエ。叱責する厳しい声が彼へ投げられる。
オリヴィエは目尻に涙を溜め乍ら、自身を殴った相手を睨みつける。
その視線の先に立つのは店のエプロンを身に着けた中年の男だ。
「何でも力業で解決しようとするな」
「先に手を出したのは向こうだけど?」
「だとしてもだ。明らかにやりすぎだろう」
男は酒に濡れた床を指し示す。
その指摘にオリヴィエは眉を顰めた。
「それに、お前は言葉選びも下手だ。もう少し穏便に済ませられる手段がないかを考えて……」
「まぁまぁ、旦那。今回に関しては言葉を選んでも相手が落ち着くような感じではなかったぞ」
「まあ酒をぶちまけたのはあれだったけどな!」
「それが問題なんだろう! お前達もすぐ甘やかそうとするな!」
次々と連ねられる小言を遮るように常連客が男へ声を掛ける。
しかしそれもすぐに一蹴されてしまい、説教を止める気のない男の様子に常連客らはやれやれと肩を竦めた。
「全く、一体いつからあんなに喧嘩っ早くなったのやら。……普段は手伝いも沢山してくれて助かってるんだけどねぇ」
仕事をするふりをしながらその場を去ろうとするオリヴィエと、その魂胆を見切った上で彼の首根っこを掴んで説教を続ける男。
喧嘩の仲裁から説教に至るまでの過程を静かに見守っていたクリスティーナ達へ、三人を店まで連れてきた女が声を掛ける。
彼女は空いた食器を下げ、空になったジョッキの代わりにと水を進めながら困ったように微笑む。
しかしその表情にはどこか慈しみのようなものも感じられ、そこからはどうやらオリヴィエの言動に手を焼かされているだけではないらしいことが窺える。
「あの子のお陰で厄介なお客さんの対処に手を焼くようなことは減ったんだけれど。でも、やっぱり心配ではあるわね。あの子にまた何かあったらと思うと……」
「また?」
思わず聞き返したクリスティーナの声に、女性は目を丸くする。
そしてその瞳が少し彷徨った後。
「……いいえ、何でもないわ」
女性はややぎこちなく微笑んだ。
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