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第三章―魔法国家フォルトゥナ 『遊翼の怪盗』

104-1.過る面影

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 夕刻。クリスティーナ達は宿へ戻るべく道を歩く。
 本来の目的である魔導具は見つからず、舞踏会の話も目ぼしい情報は特にこれといってない。
 行き交う馬車や人の脇を通って道の端を歩く。しかしその途中、ふとクリスティーナは足を止めた。

「お嬢様?」

 それに合わせてリオとエリアスも立ち止まる。
 クリスティーナはそれに返事を返すことはせず、ただ一方を静かに見つめていた。

 視線の先には荷物を運んでいる中年の女性が一人。
 彼女は大きな紙袋をいくつも抱えどこかへ向かって歩みを進めていた。
 その視界の殆どは紙袋によって覆われているらしく、前方の安全を探るように歩く彼女の足取りは覚束ない。

 似たような光景をクリスティーナは以前見たことがあった。
 荷物を運ぶ老婆。そして連れに一言断りを入れてからそちらへ近づく青年。
 そして明るい笑顔で話し掛け、彼女の家まで荷物を運んでやる青年がクリスティーナの頭を過る。

 気が付けばクリスティーナはそちらへと向けて一歩踏み出していた。
 そして一度進めた足はそのまま更に歩数を刻んで女性へと向かう。
 やがて彼女の傍まで辿り着いたクリスティーナは静かに声を掛けた。

「大丈夫ですか」

 女性は目を丸くしてクリスティーナを見やる。
 相手は声を掛けられたことに驚いた表情をする。一方でクリスティーナも声を掛けてみたものの、その後何と言うのが正解かがわからず、言葉を紡ぐことが出来なくなる。

(『彼』だったらこの後はどうしていたかしら)

 視界の端ではためいていた白いローブとフードの下に隠れた優しい微笑みを思い出しながらクリスティーナは考える。
 二人の間に静寂が訪れ、それがクリスティーナへ焦りを与える。
 しかしそこへ主人の後をついてきていたリオが女性へ声を掛けた。

「よろしければお手伝いしましょうか」

 先程購入した目薬を使用している彼は黄色に変化した瞳を細めて穏やかに声を掛ける。
 初対面の相手と接することに慣れていないクリスティーナの為の助け舟だろう。
 彼は女性へ向けていた視線を一瞬だけクリスティーナへ向けて微笑みかけた。

「……まあ」

 クリスティーナとリオの声掛けに女性は僅かに間を空けてから声を漏らした。
 そして嬉しそうに朗らかな笑みを浮かべる。

「じゃあお言葉に甘えてしまおうかしら。少し先までお願いできる?」
「ええ」
「畏まりました」
「あ、オレも手伝いますよ」

 三人は手分けをして女性の荷物を持つ。
 リオとエリアスの気遣いから、重さのある物は殆ど彼らが請け負ってくれた為、クリスティーナと女性の荷物は軽いものが中心となる。

「助かるわ。うっかり買い過ぎてしまった物だからどうしたものかと思っていたの」
「いや、この量は男でも普通に大変っすよ」

 対話を得意とするエリアスが女性との会話に興じ、その後ろからクリスティーナとリオがついていく。
 主人の横顔を眺めながら小さく笑みを零すリオを咎めるようにクリスティーナは口を開く。

「何?」
「……いいえ、大したことでは」

 首を横に振りながらも笑みを消すことはない従者。
 その顔を睨みつけるも、彼は気にした素振りを見せることはない。
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