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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

87-3.生と死

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「貴方は?」

 そんな彼へクリスティーナは問う。
 魔導師であり、思慮深い青年。決して明るい話題ではないが、彼の意見がどんなものであるのか、自分以外の視点から見えるものに興味はあった。

「俺はどっちつかずって感じかな。死後の自分の扱いを気に掛けない人物ならば甘んじてもいいと思うよ。ただしいつ訪れるかもわからない死期を見据えて意思表明できる者がどれだけいるのかって部分は問題だと思ってる」

 遺体を実験体として扱うこと自体に批判的なわけではない。それが彼の意見だった。

「冷たいと思うかい?」
「少し」
「ははっ、君は正直だね」

 ノアは短い返しを明るく笑い飛ばす。

「死んだらそこで終わり。当人にその先なんてものは存在しないだろう。土に還るしかない体。本人が認識することすらできなくなった体。それを無に帰す以外の方法で役立てることが出来るのならば……今後の人類に貢献できるのならばやぶさかでもないのではと俺は思うよ」

 合理的で淡白に思える回答。日頃良心的な彼がそれを口にすることに初めこそ違和感を覚えたが、その違和感も途中で薄れていく。
 死して尚誰かの役に立てるのならばという考えは何とも彼らしい考え方だと思ったのだ。

「なら……。もし貴方が時計塔へ迎え入れられる程の逸材になったのならば、それを受け入れるということね」
「俺が? うーん、考えたこともなかったな」

 話の流れとして不自然な運びではなかったはずだが、彼にとっては予想外の問いだったらしい。
 彼は顎を擦りながら首を傾げて長考する。そしてその後に納得したように頷いた。

「うん、そうだね。魔法学発展の一端を担えるのならば喜んで差し出すだろうね」
「そう」
「……ただ」

 ノアは目を細める。
 その瞳には僅かな懸念が浮かんでいる。

「悪いことに利用されるのは勘弁願いたいところだね」

 彼の発言の意図を悟ったクリスティーナは同様に顔を曇らせる。
 学問の進歩というのは時に悪しとされる道へ進むことがある。
 人の道を踏み外して残虐性を伴う、新たな進展のみへ突き進んだ研究の例というのは歴史にいくつも残されているものだ。

「ま、例えばの話だけどね。現実にはまず起こり得ないもしも話さ」

 やや重くなった空気を切り替えるようにノアはいつも通りの笑顔を浮かべる。

「生死の話題というのは忌避されがちなものだが、個々の思想を把握するという点ではうってつけだ」

 生死の問題……特に死が関わる論点というのはどうしても重くなりがちだという彼の主張はクリスティーナにも理解できる。
 ただし先程から日常会話と変わらない口調で話す様から、当の本人にとっては特に身構える話題でもないようだ。
 死はいつか必ずやって来る事象として正確に認識しているのだろう。自分や他者が死ぬことに対して抱く悲しさや焦燥とははっきりと分別を付けているらしい。

「何となく、話しておきたくなったのさ。君達が旅を続ける限り、様々な人と携わることになるだろうからね」

 友の旅立ちとその先を見据える彼は優しく微笑んだ。
 そして穏やかに言葉を紡ぐ。

「色々な人の考え、主張に触れてみるといい。そうすることで学べることも、新しいものが見えてくることもあるだろうから」

 彼の視線が動く。
 建物の構造上、何かが見えるわけではない。しかし視線が向けられた方角が学生寮のある場所であることをクリスティーナは悟った。

「そういう意味ではリヴィはいい刺激になるんじゃないかな。道中、機会があれば彼とも関りを深めてみるといい」

 行こうか、とノアは再び歩き出した。
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