281 / 579
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
87-3.生と死
しおりを挟む
「貴方は?」
そんな彼へクリスティーナは問う。
魔導師であり、思慮深い青年。決して明るい話題ではないが、彼の意見がどんなものであるのか、自分以外の視点から見えるものに興味はあった。
「俺はどっちつかずって感じかな。死後の自分の扱いを気に掛けない人物ならば甘んじてもいいと思うよ。ただしいつ訪れるかもわからない死期を見据えて意思表明できる者がどれだけいるのかって部分は問題だと思ってる」
遺体を実験体として扱うこと自体に批判的なわけではない。それが彼の意見だった。
「冷たいと思うかい?」
「少し」
「ははっ、君は正直だね」
ノアは短い返しを明るく笑い飛ばす。
「死んだらそこで終わり。当人にその先なんてものは存在しないだろう。土に還るしかない体。本人が認識することすらできなくなった体。それを無に帰す以外の方法で役立てることが出来るのならば……今後の人類に貢献できるのならばやぶさかでもないのではと俺は思うよ」
合理的で淡白に思える回答。日頃良心的な彼がそれを口にすることに初めこそ違和感を覚えたが、その違和感も途中で薄れていく。
死して尚誰かの役に立てるのならばという考えは何とも彼らしい考え方だと思ったのだ。
「なら……。もし貴方が時計塔へ迎え入れられる程の逸材になったのならば、それを受け入れるということね」
「俺が? うーん、考えたこともなかったな」
話の流れとして不自然な運びではなかったはずだが、彼にとっては予想外の問いだったらしい。
彼は顎を擦りながら首を傾げて長考する。そしてその後に納得したように頷いた。
「うん、そうだね。魔法学発展の一端を担えるのならば喜んで差し出すだろうね」
「そう」
「……ただ」
ノアは目を細める。
その瞳には僅かな懸念が浮かんでいる。
「悪いことに利用されるのは勘弁願いたいところだね」
彼の発言の意図を悟ったクリスティーナは同様に顔を曇らせる。
学問の進歩というのは時に悪しとされる道へ進むことがある。
人の道を踏み外して残虐性を伴う、新たな進展のみへ突き進んだ研究の例というのは歴史にいくつも残されているものだ。
「ま、例えばの話だけどね。現実にはまず起こり得ないもしも話さ」
やや重くなった空気を切り替えるようにノアはいつも通りの笑顔を浮かべる。
「生死の話題というのは忌避されがちなものだが、個々の思想を把握するという点ではうってつけだ」
生死の問題……特に死が関わる論点というのはどうしても重くなりがちだという彼の主張はクリスティーナにも理解できる。
ただし先程から日常会話と変わらない口調で話す様から、当の本人にとっては特に身構える話題でもないようだ。
死はいつか必ずやって来る事象として正確に認識しているのだろう。自分や他者が死ぬことに対して抱く悲しさや焦燥とははっきりと分別を付けているらしい。
「何となく、話しておきたくなったのさ。君達が旅を続ける限り、様々な人と携わることになるだろうからね」
友の旅立ちとその先を見据える彼は優しく微笑んだ。
そして穏やかに言葉を紡ぐ。
「色々な人の考え、主張に触れてみるといい。そうすることで学べることも、新しいものが見えてくることもあるだろうから」
彼の視線が動く。
建物の構造上、何かが見えるわけではない。しかし視線が向けられた方角が学生寮のある場所であることをクリスティーナは悟った。
「そういう意味ではリヴィはいい刺激になるんじゃないかな。道中、機会があれば彼とも関りを深めてみるといい」
行こうか、とノアは再び歩き出した。
そんな彼へクリスティーナは問う。
魔導師であり、思慮深い青年。決して明るい話題ではないが、彼の意見がどんなものであるのか、自分以外の視点から見えるものに興味はあった。
「俺はどっちつかずって感じかな。死後の自分の扱いを気に掛けない人物ならば甘んじてもいいと思うよ。ただしいつ訪れるかもわからない死期を見据えて意思表明できる者がどれだけいるのかって部分は問題だと思ってる」
遺体を実験体として扱うこと自体に批判的なわけではない。それが彼の意見だった。
「冷たいと思うかい?」
「少し」
「ははっ、君は正直だね」
ノアは短い返しを明るく笑い飛ばす。
「死んだらそこで終わり。当人にその先なんてものは存在しないだろう。土に還るしかない体。本人が認識することすらできなくなった体。それを無に帰す以外の方法で役立てることが出来るのならば……今後の人類に貢献できるのならばやぶさかでもないのではと俺は思うよ」
合理的で淡白に思える回答。日頃良心的な彼がそれを口にすることに初めこそ違和感を覚えたが、その違和感も途中で薄れていく。
死して尚誰かの役に立てるのならばという考えは何とも彼らしい考え方だと思ったのだ。
「なら……。もし貴方が時計塔へ迎え入れられる程の逸材になったのならば、それを受け入れるということね」
「俺が? うーん、考えたこともなかったな」
話の流れとして不自然な運びではなかったはずだが、彼にとっては予想外の問いだったらしい。
彼は顎を擦りながら首を傾げて長考する。そしてその後に納得したように頷いた。
「うん、そうだね。魔法学発展の一端を担えるのならば喜んで差し出すだろうね」
「そう」
「……ただ」
ノアは目を細める。
その瞳には僅かな懸念が浮かんでいる。
「悪いことに利用されるのは勘弁願いたいところだね」
彼の発言の意図を悟ったクリスティーナは同様に顔を曇らせる。
学問の進歩というのは時に悪しとされる道へ進むことがある。
人の道を踏み外して残虐性を伴う、新たな進展のみへ突き進んだ研究の例というのは歴史にいくつも残されているものだ。
「ま、例えばの話だけどね。現実にはまず起こり得ないもしも話さ」
やや重くなった空気を切り替えるようにノアはいつも通りの笑顔を浮かべる。
「生死の話題というのは忌避されがちなものだが、個々の思想を把握するという点ではうってつけだ」
生死の問題……特に死が関わる論点というのはどうしても重くなりがちだという彼の主張はクリスティーナにも理解できる。
ただし先程から日常会話と変わらない口調で話す様から、当の本人にとっては特に身構える話題でもないようだ。
死はいつか必ずやって来る事象として正確に認識しているのだろう。自分や他者が死ぬことに対して抱く悲しさや焦燥とははっきりと分別を付けているらしい。
「何となく、話しておきたくなったのさ。君達が旅を続ける限り、様々な人と携わることになるだろうからね」
友の旅立ちとその先を見据える彼は優しく微笑んだ。
そして穏やかに言葉を紡ぐ。
「色々な人の考え、主張に触れてみるといい。そうすることで学べることも、新しいものが見えてくることもあるだろうから」
彼の視線が動く。
建物の構造上、何かが見えるわけではない。しかし視線が向けられた方角が学生寮のある場所であることをクリスティーナは悟った。
「そういう意味ではリヴィはいい刺激になるんじゃないかな。道中、機会があれば彼とも関りを深めてみるといい」
行こうか、とノアは再び歩き出した。
0
お気に入りに追加
82
あなたにおすすめの小説
異世界召喚された回復術士のおっさんは勇者パーティから追い出されたので子どもの姿で旅をするそうです
かものはし
ファンタジー
この力は危険だからあまり使わないようにしよう――。
そんな風に考えていたら役立たずのポンコツ扱いされて勇者パーティから追い出された保井武・32歳。
とりあえず腹が減ったので近くの町にいくことにしたがあの勇者パーティにいた自分の顔は割れてたりする?
パーティから追い出されたなんて噂されると恥ずかしいし……。そうだ別人になろう。
そんなこんなで始まるキュートな少年の姿をしたおっさんの冒険譚。
目指すは復讐? スローライフ? ……それは誰にも分かりません。
とにかく書きたいことを思いつきで進めるちょっとえっちな珍道中、はじめました。
転生王女は異世界でも美味しい生活がしたい!~モブですがヒロインを排除します~
ちゃんこ
ファンタジー
乙女ゲームの世界に転生した⁉
攻略対象である3人の王子は私の兄さまたちだ。
私は……名前も出てこないモブ王女だけど、兄さまたちを誑かすヒロインが嫌いなので色々回避したいと思います。
美味しいものをモグモグしながら(重要)兄さまたちも、お国の平和も、きっちりお守り致します。守ってみせます、守りたい、守れたらいいな。え~と……ひとりじゃ何もできない! 助けてMyファミリー、私の知識を形にして~!
【1章】飯テロ/スイーツテロ・局地戦争・飢饉回避
【2章】王国発展・vs.ヒロイン
【予定】全面戦争回避、婚約破棄、陰謀?、養い子の子育て、恋愛、ざまぁ、などなど。
※〈私〉=〈わたし〉と読んで頂きたいと存じます。
※恋愛相手とはまだ出会っていません(年の差)
イラストブログ https://tenseioujo.blogspot.com/
Pinterest https://www.pinterest.jp/chankoroom/
※作中のイラストは画像生成AIで作成したものです。
めんどくさがり屋の異世界転生〜自由に生きる〜
ゆずゆ
ファンタジー
※ 話の前半を間違えて消してしまいました
誠に申し訳ございません。
—————————————————
前世100歳にして幸せに生涯を遂げた女性がいた。
名前は山梨 花。
他人に話したことはなかったが、もし亡くなったら剣と魔法の世界に転生したいなと夢見ていた。もちろん前世の記憶持ちのままで。
動くがめんどくさい時は、魔法で移動したいなとか、
転移魔法とか使えたらもっと寝れるのに、
休みの前の日に時間止めたいなと考えていた。
それは物心ついた時から生涯を終えるまで。
このお話はめんどくさがり屋で夢見がちな女性が夢の異世界転生をして生きていくお話。
—————————————————
最後まで読んでくださりありがとうございました!!
司書ですが、何か?
みつまめ つぼみ
ファンタジー
16歳の小さな司書ヴィルマが、王侯貴族が通う王立魔導学院付属図書館で仲間と一緒に仕事を頑張るお話です。
ほのぼの日常系と思わせつつ、ちょこちょこドラマティックなことも起こります。ロマンスはふんわり。
【完結】幼馴染に婚約破棄されたので、別の人と結婚することにしました
鹿乃目めのか
恋愛
セヴィリエ伯爵令嬢クララは、幼馴染であるノランサス伯爵子息アランと婚約していたが、アランの女遊びに悩まされてきた。
ある日、アランの浮気相手から「アランは私と結婚したいと言っている」と言われ、アランからの手紙を渡される。そこには婚約を破棄すると書かれていた。
失意のクララは、国一番の変わり者と言われているドラヴァレン辺境伯ロイドからの求婚を受けることにした。
主人公が本当の愛を手に入れる話。
独自設定のファンタジーです。
さくっと読める短編です。
※完結しました。ありがとうございました。
閲覧・いいね・お気に入り・感想などありがとうございます。
ご感想へのお返事は、執筆優先・ネタバレ防止のため控えさせていただきますが、大切に拝見しております。
本当にありがとうございます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
異世界ソロ暮らし 田舎の家ごと山奥に転生したので、自由気ままなスローライフ始めました。
長尾 隆生
ファンタジー
【書籍情報】書籍2巻発売中ですのでよろしくお願いします。
女神様の手違いにより現世の輪廻転生から外され異世界に転生させられた田中拓海。
お詫びに貰った生産型スキル『緑の手』と『野菜の種』で異世界スローライフを目指したが、お腹が空いて、なにげなく食べた『種』の力によって女神様も予想しなかった力を知らずに手に入れてしまう。
のんびりスローライフを目指していた拓海だったが、『その地には居るはずがない魔物』に襲われた少女を助けた事でその計画の歯車は狂っていく。
ドワーフ、エルフ、獣人、人間族……そして竜族。
拓海は立ちはだかるその壁を拳一つでぶち壊し、理想のスローライフを目指すのだった。
中二心溢れる剣と魔法の世界で、徒手空拳のみで戦う男の成り上がりファンタジー開幕。
旧題:チートの種~知らない間に異世界最強になってスローライフ~
【完結】すっぽんじゃなくて太陽の女神です
土広真丘
ファンタジー
三千年の歴史を誇る神千皇国の皇帝家に生まれた日香。
皇帝家は神の末裔であり、一部の者は先祖返りを起こして神の力に目覚める。
月の女神として覚醒した双子の姉・月香と比較され、未覚醒の日香は無能のすっぽんと揶揄されている。
しかし実は、日香は初代皇帝以来の三千年振りとなる太陽の女神だった。
小説家になろう、カクヨムでも公開していますが、一部内容が異なります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる