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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

52-4『怠惰』の魔族

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 彼らの戦闘を遠目に見ていたノアは順調な滑り出しを確認すると目を閉ざした。
 彼の口から紡がれるのは今までで一番長い呪文。

「……其れ即ち数多の生命を惑わすものなり。其れ即ち万物を隠すものなり」

 視界を閉ざし、魔法に集中するノアにはエリアス達の動きが見えていない。しかしそれでいいのだ。
 ノアに求められるのはエリアスの時間稼ぎが効いている間に詠唱を終わらせること。エリアスの腕を信じる事だった。

「時に脅威となり、守護となり得る其の身。実体持たぬ姿こそ本質なり」

 不要な考えは捨てる。魔法の精度は精神力が大きく関わっている。
 使用する魔法の難度が上がれば上がる程、僅かな感情の揺らぎが失敗へ繋がるのだ。

「集え、移ろえ、散開せよ。汝の全ては我の手に」

 離れた場所から聞こえる詠唱を背に、剣を振るうエリアス。
 同じく長い詠唱に気付いたベルフェゴールだが、魔法に警戒するだけの余力はもう残されていなかった。

 精度が増していく一方の相手の攻撃。それは一瞬のミスで致命傷を負いかねないと思わせる程の脅威である。
 日頃から剣術を評価されているエリアスだが、彼の真価は後がなくなってから――窮地に立たされてから発揮されるものであった。

 強靭な精神力と生に対する執着、強い野心を併せ持つエリアス。逆境に立ったその時、彼は剣術以外の要素すら巻き込む。正真正銘、自身の全てを活力へと変換するのだ。
 体力の消耗という常識と理屈を超えた境地へ立つ。彼にはそれが許されるだけの素質があった。

 ただしこれは本人自身知るところではない特性である。
 エリアスの剣術の腕前と平穏な公爵領の騎士という立場の中生活してきた彼の環境は、その真価を発揮するに値しなかった。故に気付くような機会は今までなかったのだ。

 今、彼の集中力は目の前の敵にのみ向けられている。
 磨かれた戦士としての勘と能力を存分に奮う彼は自分自身の変化にすら目を向けず、己の成せる最善の為だけに全てを注ぐ。

 突き出す剣先。体力の消耗と相手の攻撃精度の上昇により、ベルフェゴールの回避は間に合わない。
 脇腹を掠めた武器が確かな手応えを残す。
 ベルフェゴールの体勢がブレる。負傷によって鈍くなる敵の動き。

 それを糸口に、明確に付け入ることのできる隙を生み出そうとするエリアス。
 彼は己の体に乗った勢いを殺すことなく片足で一回転。ベルフェゴールの横腹へ蹴りを叩き込んだ。

 回避も受け身もままならない体は吹き飛ばされる。
 相当な力が加わり、凄まじい速度で飛ばされるからだ。しかしエリアスの移動速度はそれを上回っていた。
 低く落とした重心、強く踏み込んだ地面。
 その地面に亀裂が走り、大きく凹みが生まれると同時に彼は一直線にベルフェゴールへ向かった。

「この声聞き届けし者よ、その身を以て応え賜え」
「っ……」

 ベルフェゴールは目を大きく開き、眼前に迫るエリアスの姿を見る。
 彼らと相見えてから初めて見せた動揺。悠久の時を生きる彼女にとってその感情は久しく抱いて来なかったものだ。
 振り下ろされる剣。
 それは彼女の胸元から腹部までを大きく切り裂いた。

「全ては我の意のままに」

 鮮血を飛び散らせながら、更に宙を舞う少女の体。
 深い斬撃を浴びせたエリアスは深追いせず、その場で足を止めてそれを見送った。

 ベルフェゴールの体はそのまま樹木に激突する。

「――濛霧集散イノーマス・フォグ
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