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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

52-3.『怠惰』の魔族

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「何もできないのに、必死に藻掻く。結果はわかり切っているのに。諦めることが出来ない」

 止めを刺すべく腰を低く落とし、鎌を構える少女。
 しかしその目論見を妨害するように背後から剣が振り下ろされた。

 エリアスだ。彼は奇襲を避けた敵の正面へ回り込み、相手の進路を塞ぐ。
 鋭く息を吸い込んだ彼はベルフェゴールの顔目掛けて突きを繰り出す。
 一方で相手は、それを首を傾けて避けながらも独り言のように言葉を紡ぎ続ける。

「凡人は何にもなれない。才能に夢を見ても何も変わらない。無意味」

 突きを避けた彼女は大鎌を頭上で持ち替え、エリアスの背後から首を刈り取ろうと武器を操る。
 迫る大きな刃。エリアスは重心を低くすることでそれを交わす。

「生まれながらの才で、不毛な人生を強いられるなんて……とても可哀想」
「……ハッ」

 凡人に、大して興味もないとでも言いたげに抑揚なく並べられるセリフ。
 それに耳を傾けていたノアは思わず鼻で笑う。

「……なるほど。史実通り、という訳だ」

 杖に体重を預け、覚束ない体幹ながら何とか立ち上がる。
 ノアは杖の持ち手を両手で包み込み、目を伏せた。

「客観的な視点から、いとも容易く哀れみのレッテルを貼る。深く考えることを避け、陳腐な固定観念に囚われる。その姿勢こそ『怠惰』そのものと言えるだろう」

 オーケアヌス魔法学院では魔法の技術を磨く授業の外、歴史を学ぶ授業がある。
 中には聖女や七人の従者、魔王軍の幹部に関して取り上げられる内容もあった。故にノアは彼女の正体に見当がついていた。

「魔王軍幹部、序列第七位――ベルフェゴール」

 少女の赤い瞳は見開かれる。
 そしてエリアスは武器を交えていた相手の僅かな動揺を見落とさない。
 甲高い音と共に、大鎌が弾かれる。
 持ち主が手元を狂わせたことによって、大鎌は彼女の数メートル後方へ落下した。

「可哀想かどうかは君が決めるものじゃない。俺自身が決めることだ」

 乱れていた呼吸が落ち着きを取り戻していることを確認し、ノアは杖の先へ集中する。

「頼んだよ、エリー!」
「おう!」

 体勢を立て直すべく後退するベルフェゴール。しかし同じだけ前進をするエリアスによって反撃が困難となる。
 身体能力と再生能力が突出しているとは言え、魔族の体力も無限ではないのだろう。
 二撃、三撃と流れるような動きで繰り出される剣技。それの命中率は格段と上がっている。

 皮膚を裂くに留まっていた攻撃は肉を巻き込み始め、傷が完全に塞がるよりも先に新たな傷が生まれる。
 一方で武器の生成と回収を諦めたベルフェゴールは素手での対抗を試みる。素早く繰り出される拳は一度でも当たれば致命的な隙を見せることになるだろう。
 エリアスは剣の動きを留めないよう心掛けながらそれを半身で交わす。
 優れた敏捷性を持つ双方の戦闘は苛烈を極めた。
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