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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

52-1.『怠惰』の魔族

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 ベルフェゴールの動きを止めることに成功するノア。
 しかし彼の警戒が解かれることはなかった。

「エリー!」

 息を乱す騎士を呼び、早口で捲し立てる。

「彼女は今、こちらの声が聞こえていない。今のうちに話しを聞いて欲しい」

 エリアスは視線だけをノアへ向ける。
 正面に敵がいる以上気軽に気を緩めることが出来ないからだろう。
 それでも彼が真剣に耳を傾けていることはその態度から十分伝わった。
 ノアはその視線に応えるように頷いてから続ける。

「君は魔族と互角にやり合う能力がある。けど、俺がいる状況では本来の実力が出せない……足を引っ張ってしまうだろう」

 エリアスは物言いたげに身動ぎをする。しかしノアはそれに対し、言いたいことはわかっていると言うように片手を挙げて制した。

「自分を卑下してるわけじゃあない。ただ君と俺では相性がとてもいいとは言い難いという話だ。恐らく君は俺とペアで組むよりは一人の方が本領を発揮できるタイプだろう」

 水魔法でも視覚を妨げる、注意を引くなどの支援は可能だ。しかし水魔法が真価を発揮するのは他属性の魔法が絡んだ時。前衛と二人きりでは最大限に能力を発揮することが難しいのだ。
 それに加え、エリアスは二人分の攻撃を請け負っている。彼の疲労の具合を見るに、体力も底を尽きかけているといって良いだろう。

 これらの要素を鑑みるに、安全を優先するのであれば選択肢は一つしかないというのがノアの結論であった。

「俺からは撤退を提案したいんだけど、君の立場的にそれは可能かな」

 これまでのエリアスの言動から、彼がクリスティーナを守る立場の人間であることは察しが付く。恐らく雇用関係、ないしはそれに近しい関係が築かれているはずである。
 ここでノアが問題視したのは彼らの間に交わされた制約である。例えば戦闘時の逃走が許可されていない場合、彼はノアの提案に乗らない可能性がある訳だ。

 エリアスは眉根を寄せ、険しい表情を作る。

「立場だけでいうなら可能だ。ただここで仕留めなかった結果、更に厄介になるのであれば賛同は出来ない」
「なるほど」

 目の前の敵を逃がした後のことがわからない以上、迂闊に撤退することが出来ないということだろう。

「けれど現時点で俺達が勝つことは難しいだろう? それよりは一度体勢を立て直して迎え撃つ方が勝率が上がる。逃げる為ではなく勝率を上げる為にも、一度彼女から離れるべきだと思うのだけれど」
「それは……そうだな」

 勝率が低い中がむしゃらに突っ込むよりも、一度距離を置いて戦略を練り直す。それはエリアスから見ても実に堅実的な考えであった。
 どの道、自分達が負ければ相手がクリスティーナ達の元へ向かうことは明白なのだ。敗北と撤退のリスクが同等のものであるのなら撤退した上で再戦した方が良いことは確かである。

「オーケー、なら次は作戦だ。俺の魔法が破られるのも時間の問題だからね、手短に話すよ」

 ノアは要所のみを取り上げ、会話の時間を短縮する。
 強敵に勝つための作戦であれば綿密に練る必要があるが、逃走の為の作戦であれば前者よりは幾分か難易度も下がる。
 思いの外単純な作戦にエリアスは目を丸くしたが、すぐさま頷きを返して納得を示した。
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