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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
51-1.不安定な幻影
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ベルフェゴールと対峙するエリアスとノア。
張りつめた空気の中、互いに出方を窺って睨み合う三人の意識を削いだのは誰かの初動ではなかった。
「か……さ……!」
この状況に不釣り合いな、子供の明るい声音。
その場を見たす緊迫感と相手の動きを警戒することに注力していた誰もが幻影の出現に気付いていなかった。故にエリアスとノアは不意を衝かれるような形でその存在を認知し、思わずそちらへ注意を向けてしまう。
幸いだったのは相手もまた、同じように幻影に気を取られていたことだ。
ベルフェゴールの注意が逸れていなければ、この一瞬で攻め入られていたはずである。
更に、現れた幻影の異質さは更に三人の戦意を乱した。
しゃがみ込んで両腕を広げる女性らしき何かと、その胸の中へ飛び込む三、四歳程度の幼い少年らしき何か。
曖昧な表現しかできない理由こそ、その場の全員の目を釘付けにする最たる要因であった。
幻影が映す二人の輪郭は実に曖昧だ。
それに加えて、その体の殆どを黒い淀みが覆い隠していた。
粘着質のある泥のようにも、纏わりつく煙のようにも見える、本能的に不快感を抱かせるような『淀み』。
それはまるで二人の輪郭を溶かすように頭や体の至る所から溢れ出し、地面へ滴っては蒸発して姿を消す。
「××××……た、縺?∪……」
「縺翫°え……縺!」
女性と少年の仲睦まじい様子。しかしその会話の殆どは不協和音のように不安定な音を奏でていることに加え、大きなノイズ音に掻き消され、聞き取ることは出来ない。
悍ましさすら感じそうなその幻影は視覚的にも聴覚的にも不快感を与え、見た者の心を不安感で揺さぶろうとする。
幻影が話す度に鳴る耳鳴りに頭痛を覚え、エリアスは顔を顰める。
その時、少年がふと顔を上げた。
何かに気付いたように向けた視線は丁度エリアスのいる場所を射止める。
薄く汚れた布切れを身に纏う少年。
黒い淀みに包まれても辛うじて見える黒髪と、長い前髪から覗く大きく澄んだ瞳。
「縺九≠縺輔s縲√□繧後°縺上k繧」
黄色の瞳がエリアスの視界へ入り込んだ瞬間。
その幻影は霧散する。
恐らくは記憶の持ち主との距離が一定数離れたからだろう。
淀みによって顔立ち等の詳細はわからなかった。
しかしあの幻影は恐らく――。
今まで見たことのない類の現象。生まれた疑問に思考が支配される。
我に返るまでに後れを取ったエリアスの意識を引き戻したのはノアの詠唱だった。
「――アクア・スフィア!」
杖の先から放たれる水球をベルフェゴールは一歩後ずさり、半身で避ける。
その場の誰よりも先に思考を切り替え、行動に出る事の出来る優れた冷静さと判断力。
それに敬意と感謝を抱きながら、エリアスは地面を蹴った。
張りつめた空気の中、互いに出方を窺って睨み合う三人の意識を削いだのは誰かの初動ではなかった。
「か……さ……!」
この状況に不釣り合いな、子供の明るい声音。
その場を見たす緊迫感と相手の動きを警戒することに注力していた誰もが幻影の出現に気付いていなかった。故にエリアスとノアは不意を衝かれるような形でその存在を認知し、思わずそちらへ注意を向けてしまう。
幸いだったのは相手もまた、同じように幻影に気を取られていたことだ。
ベルフェゴールの注意が逸れていなければ、この一瞬で攻め入られていたはずである。
更に、現れた幻影の異質さは更に三人の戦意を乱した。
しゃがみ込んで両腕を広げる女性らしき何かと、その胸の中へ飛び込む三、四歳程度の幼い少年らしき何か。
曖昧な表現しかできない理由こそ、その場の全員の目を釘付けにする最たる要因であった。
幻影が映す二人の輪郭は実に曖昧だ。
それに加えて、その体の殆どを黒い淀みが覆い隠していた。
粘着質のある泥のようにも、纏わりつく煙のようにも見える、本能的に不快感を抱かせるような『淀み』。
それはまるで二人の輪郭を溶かすように頭や体の至る所から溢れ出し、地面へ滴っては蒸発して姿を消す。
「××××……た、縺?∪……」
「縺翫°え……縺!」
女性と少年の仲睦まじい様子。しかしその会話の殆どは不協和音のように不安定な音を奏でていることに加え、大きなノイズ音に掻き消され、聞き取ることは出来ない。
悍ましさすら感じそうなその幻影は視覚的にも聴覚的にも不快感を与え、見た者の心を不安感で揺さぶろうとする。
幻影が話す度に鳴る耳鳴りに頭痛を覚え、エリアスは顔を顰める。
その時、少年がふと顔を上げた。
何かに気付いたように向けた視線は丁度エリアスのいる場所を射止める。
薄く汚れた布切れを身に纏う少年。
黒い淀みに包まれても辛うじて見える黒髪と、長い前髪から覗く大きく澄んだ瞳。
「縺九≠縺輔s縲√□繧後°縺上k繧」
黄色の瞳がエリアスの視界へ入り込んだ瞬間。
その幻影は霧散する。
恐らくは記憶の持ち主との距離が一定数離れたからだろう。
淀みによって顔立ち等の詳細はわからなかった。
しかしあの幻影は恐らく――。
今まで見たことのない類の現象。生まれた疑問に思考が支配される。
我に返るまでに後れを取ったエリアスの意識を引き戻したのはノアの詠唱だった。
「――アクア・スフィア!」
杖の先から放たれる水球をベルフェゴールは一歩後ずさり、半身で避ける。
その場の誰よりも先に思考を切り替え、行動に出る事の出来る優れた冷静さと判断力。
それに敬意と感謝を抱きながら、エリアスは地面を蹴った。
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