上 下
155 / 579
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

50-1.無気力な少女

しおりを挟む
 顔を強張らせて一方を睨みつけたまま動かないエリアスとノア。
 彼らに遅れる形で、クリスティーナもまたこちらへ向かってやって来る気配に気が付いた。

 どくりと全身の血管が大きく脈打つような感覚。その場に膝をついてしまいたくなるほどの圧倒的な重圧感。
 ゆっくりと歩み寄る足音は一つ。しかし他者の魔力を感知できずとも、洗練された戦士としての勘を持たずとも感じられる程の存在感をそれは放っていた。

 クリスティーナはしゃがみ込んだままゆっくりと後退る。後方へ転がったリオの首を回収する為だ。
 今まで遭遇したことのない、底知れない実力と得体の知らなさを感じさせる相手は間違いなく敵意を持っている。先の攻撃こそがその証拠だ。

 クリスティーナは未だ地面に横たわるままのリオの体を見る。
 リオの不死の体質はその常軌を逸している再生力と引き換えに、死亡した瞬間から数秒間意識が飛んでしまうというタイムラグが発生する。その隙を埋める為にも彼が五体満足ですぐ戦線復帰できるよう頭と体は近くに存在していることが好ましい。

 そして彼の体質の事情を知っているのはこの場でクリスティーナのみ。彼の意識が戻る前に対処できるのは彼女のみという事になる。

 リオの頭が数メートル先に転がることをクリスティーナは確認する。
 そして前方から迫る脅威へ警戒をしながらも数歩後退った後、覚悟を決めてエリアス達から背を向け、転がる従者の頭へと両手を伸ばした。

 難なくそれを拾い、抱き上げたクリスティーナは踵を返そうとすぐさま振り返る。

「逃げたら、駄目」

 しかし、その時。すぐ耳元でぽつりと声が降る。
 気だるげで、その声自体に覇気は全く感じられない。にも拘らず全身の産毛が逆立ち、頭の奥で警鐘が鳴る。

 ねっとりと鼓膜にこびりつくような言い知れぬ不快感を齎したのは女の声だ。
 それはとてつもない既視感を生じさせる声音だったが、その正体を認識するよりも先にクリスティーナの頭は真っ白になり思考が止まった。

「っ、クリスティーナ様!」
「クリス!」

 濃霧の中、クリスティーナの背後に立つ相手が手を伸ばす。その気配を感じながらもクリスティーナは動くことが出来なかった。
 彼女の放つ重圧と不意を衝かれた驚き、差し迫った危機を感じ取った脳は冷静な判断を下すことよりも思考の放棄を選択した。

 何の前触れもなく後方へ回り込んだ相手の動きに反応しきれなかったのだろう。エリアスとノアがそれぞれ遅れて動き出すが、とても間に合いそうにはない。

 足の先から頭まで駆け上がる震えを堪えるように、従者の頭を包み込んでいた両腕に力が籠められた。
 手を伸ばされただけで感じる底知れぬ脅威に目をきつく閉じる。
 その瞬間、乾いた音がクリスティーナのすぐ耳元で鳴った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

異世界王女に転生したけど、貧乏生活から脱出できるのか

片上尚
ファンタジー
海の事故で命を落とした山田陽子は、女神ロミア様に頼まれて魔法がある世界のとある国、ファルメディアの第三王女アリスティアに転生! 悠々自適の贅沢王女生活やイケメン王子との結婚、もしくは現代知識で無双チートを夢見て目覚めてみると、待っていたのは3食草粥生活でした… アリスティアは現代知識を使って自国を豊かにできるのか? 痩せっぽっちの王女様奮闘記。

こちらの世界でも図太く生きていきます

柚子ライム
ファンタジー
銀座を歩いていたら異世界に!? 若返って異世界デビュー。 がんばって生きていこうと思います。 のんびり更新になる予定。 気長にお付き合いいただけると幸いです。 ★加筆修正中★ なろう様にも掲載しています。

私との婚約は政略ですか?恋人とどうぞ仲良くしてください

稲垣桜
恋愛
 リンデン伯爵家はこの王国でも有数な貿易港を領地内に持つ、王家からの信頼も厚い家門で、その娘の私、エリザベスはコゼルス侯爵家の二男のルカ様との婚約が10歳の時に決まっていました。  王都で暮らすルカ様は私より4歳年上で、その時にはレイフォール学園の2年に在籍中。  そして『学園でルカには親密な令嬢がいる』と兄から聞かされた私。  学園に入学した私は仲良さそうな二人の姿を見て、自分との婚約は政略だったんだって。  私はサラサラの黒髪に海のような濃紺の瞳を持つルカ様に一目惚れをしたけれど、よく言っても中の上の容姿の私が婚約者に選ばれたことが不思議だったのよね。  でも、リンデン伯爵家の領地には交易港があるから、侯爵家の家業から考えて、領地内の港の使用料を抑える為の政略結婚だったのかな。  でも、実際にはルカ様にはルカ様の悩みがあるみたい……なんだけどね。   ※ 誤字・脱字が多いと思います。ごめんなさい。 ※ あくまでもフィクションです。 ※ ゆるふわ設定のご都合主義です。 ※ 実在の人物や団体とは一切関係はありません。

今日も黒熊日和 ~ 英雄たちの還る場所 ~

真朱マロ
ファンタジー
英雄とゆかいな仲間たちの毎日とアレコレ 別サイトにも公開中 広大な海と大陸で構成されたその世界には、名前がなかった。 名前のない世界で生きる黒熊隊にかかわる面々。 英雄ガラルドとゆかいな仲間たちの物語。 過去、別サイトで「英雄のしつけかた」の題で公開していました。 「英雄のしつけかた」←英雄ガラルドとミレーヌの物語。 東の国カナルディア王国に住む家政婦のミレーヌは、偶然、英雄と呼ばれる男に出会った。 「東の剣豪」「双剣の盾」という大きな呼び名も持ち、東流派の長も務める英雄ガラルド・グラン。 しかし、その日常も規格外で当たり前とかけ離れたものだった。 いくら英雄でも非常識は許せないわ!  そんな思いを胸にミレーヌは、今日もフライパンを握り締める。

前世は元気、今世は病弱。それが望んだ人生です!〜新米神様のおまけ転生は心配される人生を望む〜

a.m.
ファンタジー
仕事帰りに友達と近所の中華料理屋さんで食事をしていた佐藤 元気(さとう げんき)は事件に巻き込まれて死んだ。 そんな時、まだ未熟者な神だと名乗る少年に転生の話をもちかけられる。 どのような転生を望むか聞かれた彼は、ながながと気持ちを告白し、『病弱に生まれたい』そう望んだ。 伯爵家の7人目の子供として転生した彼は、社交界ではいつ死んでもおかしくないと噂の病弱ライフをおくる

おばさん、異世界転生して無双する(꜆꜄꜆˙꒳˙)꜆꜄꜆オラオラオラオラ

Crosis
ファンタジー
新たな世界で新たな人生を_(:3 」∠)_ 【残酷な描写タグ等は一応保険の為です】 後悔ばかりの人生だった高柳美里(40歳)は、ある日突然唯一の趣味と言って良いVRMMOのゲームデータを引き継いだ状態で異世界へと転移する。 目の前には心血とお金と時間を捧げて作り育てたCPUキャラクター達。 そして若返った自分の身体。 美男美女、様々な種族の|子供達《CPUキャラクター》とアイテムに天空城。 これでワクワクしない方が嘘である。 そして転移した世界が異世界であると気付いた高柳美里は今度こそ後悔しない人生を謳歌すると決意するのであった。

【完結】帝国滅亡の『大災厄』、飼い始めました

綾雅(要らない悪役令嬢1/7発売)
ファンタジー
 大陸を制覇し、全盛を極めたアティン帝国を一夜にして滅ぼした『大災厄』―――正体のわからぬ大災害の話は、御伽噺として世に広まっていた。  うっかり『大災厄』の正体を知った魔術師――ルリアージェ――は、大陸9つの国のうち、3つの国から追われることになる。逃亡生活の邪魔にしかならない絶世の美形を連れた彼女は、徐々に覇権争いに巻き込まれていく。  まさか『大災厄』を飼うことになるなんて―――。  真面目なようで、不真面目なファンタジーが今始まる! 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう ※2022/05/13  第10回ネット小説大賞、一次選考通過 ※2019年春、エブリスタ長編ファンタジー特集に選ばれました(o´-ω-)o)ペコッ

目が覚めたら異世界でした!~病弱だけど、心優しい人達に出会えました。なので現代の知識で恩返ししながら元気に頑張って生きていきます!〜

楠ノ木雫
恋愛
 病院に入院中だった私、奥村菖は知らず知らずに異世界へ続く穴に落っこちていたらしく、目が覚めたら知らない屋敷のベッドにいた。倒れていた菖を保護してくれたのはこの国の公爵家。彼女達からは、地球には帰れないと言われてしまった。  病気を患っている私はこのままでは死んでしまうのではないだろうかと悟ってしまったその時、いきなり目の前に〝妖精〟が現れた。その妖精達が持っていたものは幻の薬草と呼ばれるもので、自分の病気が治る事が発覚。治療を始めてどんどん元気になった。  元気になり、この国の公爵家にも歓迎されて。だから、恩返しの為に現代の知識をフル活用して頑張って元気に生きたいと思います!  でも、あれ? この世界には私の知る食材はないはずなのに、どうして食事にこの四角くて白い〝コレ〟が出てきたの……!?  ※他の投稿サイトにも掲載しています。

処理中です...