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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
45-3.水遣いの応戦
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暫し互いに睨み合った後、先に動いたのは魔物の方だった。
牙を剥き出した二体が同時に飛び掛かる。
一方でノアは二歩、三歩と後ろに後退しながら半身で交わしていく。彼の反射神経は遠距離攻撃を主とする者とは思えない程優れていた。
しかし彼には体力という致命的な問題が存在する。既に疲れ切っていた体は三体目の動きを視認しながらも思うように動かない。
ノアは咄嗟に杖を突きだした。それは大きく開かれた魔物の口内へ潜り込み、その喉に命中する。
激痛に呻き、悶える三体目。とても戦闘どころの騒ぎではないそれはその場に苦しそうに蹲った。
「――水よ、我が呼びかけに応え、彼のものへ|水槌(すいつい)を下せ。アクア・フラッド」
上級以上の等級の魔法は初級、中級に比べて詠唱が伸びることが特徴だ。
ノアは上級魔法『アクア・フラッド』の呪文を唱えた。視界の左右から飛び掛かる四、五体目を視認したからだ。
彼との距離を詰めた二体の魔物。それらが彼へ触れる直前、彼と魔物との間に残された僅かな隙間から何の前触れもなく多量の水が発生する。
それは凄まじい速度と量を持って双方の魔物へ飛び出し、周囲の木々を薙ぎ倒しながら数メートルも相手の体を吹き飛ばした。
二体の魔物の生死は確認するまでもない。圧倒的な水の脅威に襲われた魔物の体は形を変えて横たわっていることだろう。
「すげぇ……」
シモンが小さく呟いた。
しかしそれに反応する程の余裕はノアに残されていない。上級魔法の使用によって多大の魔力を支払った彼は大きな眩暈を覚えていた。
体勢を崩さないよう、地面を踏みしめるノア。
その背後からは、先に攻撃を仕掛けてきた一、二体目の魔物が再度ノアへ飛び掛かろうとしている。
(魔力はだいぶ使ったけど、まだ行けるか)
上級は厳しいかもしれないが中級以下の魔法を酷使すればこの場は切り抜けられるかもしれない。
素早く方向転換を行い、距離を詰める魔物達へ魔法を行使する。
「アクア――」
「ノア!」
しかしその詠唱は何者かの声に遮られる。
もう随分と聞いていない、懐かしい声。ノアは咄嗟に振り返ってしまった。
背後にあったのはシモンを探している最中も見た幻影。
親子のうち、大人の方が発した声だった。
しまった、と思った時にはもう遅い。二体の魔物が魔法を発動させる間もない程に距離を詰めていた。
「……ざけんなよ」
焦燥と憤り、悲嘆……複雑に入り混じった感情を表出させながら、彼は奥歯を噛み締めた。
霧の特徴も、ミロワールの森を警戒しなければならない理由もわかっていた。にも関わらずまんまと動揺を誘われた。
何よりも自分を窮地に立たせたのがあの幻影の男だという事実はノアにとって許容しがたいことだった。
しかし険しい表情で低く呟きを零しながらも、冷静さは決して欠かない。彼は自身に出来る最善の選択を導く。
攻撃を受けてしまうのは仕方がない。ならばせめてシモンの負傷と自身の致命傷の回避に徹さなければ。
そう結論を見出したノアが受け身の姿勢へ転じたその時。
彼の視界を何かの影が横切った。
「これで戦闘向きではないと言われるのですから」
刹那、今まさに襲い掛かろうとしていた二体と床に蹲っていた一体の魔物が首から血を噴き出して倒れ伏す。
残ったのはノアとシモン、そして血の滴るナイフを握った男。
ノアの瞳に映るのは風に靡く黒髪と、その下から覗く鮮やかな赤い双眸。
「末恐ろしいものですね。魔法というのは」
左右で薙ぎ倒されている木々を暢気に観察しながら、リオは感心するように呟いた。
牙を剥き出した二体が同時に飛び掛かる。
一方でノアは二歩、三歩と後ろに後退しながら半身で交わしていく。彼の反射神経は遠距離攻撃を主とする者とは思えない程優れていた。
しかし彼には体力という致命的な問題が存在する。既に疲れ切っていた体は三体目の動きを視認しながらも思うように動かない。
ノアは咄嗟に杖を突きだした。それは大きく開かれた魔物の口内へ潜り込み、その喉に命中する。
激痛に呻き、悶える三体目。とても戦闘どころの騒ぎではないそれはその場に苦しそうに蹲った。
「――水よ、我が呼びかけに応え、彼のものへ|水槌(すいつい)を下せ。アクア・フラッド」
上級以上の等級の魔法は初級、中級に比べて詠唱が伸びることが特徴だ。
ノアは上級魔法『アクア・フラッド』の呪文を唱えた。視界の左右から飛び掛かる四、五体目を視認したからだ。
彼との距離を詰めた二体の魔物。それらが彼へ触れる直前、彼と魔物との間に残された僅かな隙間から何の前触れもなく多量の水が発生する。
それは凄まじい速度と量を持って双方の魔物へ飛び出し、周囲の木々を薙ぎ倒しながら数メートルも相手の体を吹き飛ばした。
二体の魔物の生死は確認するまでもない。圧倒的な水の脅威に襲われた魔物の体は形を変えて横たわっていることだろう。
「すげぇ……」
シモンが小さく呟いた。
しかしそれに反応する程の余裕はノアに残されていない。上級魔法の使用によって多大の魔力を支払った彼は大きな眩暈を覚えていた。
体勢を崩さないよう、地面を踏みしめるノア。
その背後からは、先に攻撃を仕掛けてきた一、二体目の魔物が再度ノアへ飛び掛かろうとしている。
(魔力はだいぶ使ったけど、まだ行けるか)
上級は厳しいかもしれないが中級以下の魔法を酷使すればこの場は切り抜けられるかもしれない。
素早く方向転換を行い、距離を詰める魔物達へ魔法を行使する。
「アクア――」
「ノア!」
しかしその詠唱は何者かの声に遮られる。
もう随分と聞いていない、懐かしい声。ノアは咄嗟に振り返ってしまった。
背後にあったのはシモンを探している最中も見た幻影。
親子のうち、大人の方が発した声だった。
しまった、と思った時にはもう遅い。二体の魔物が魔法を発動させる間もない程に距離を詰めていた。
「……ざけんなよ」
焦燥と憤り、悲嘆……複雑に入り混じった感情を表出させながら、彼は奥歯を噛み締めた。
霧の特徴も、ミロワールの森を警戒しなければならない理由もわかっていた。にも関わらずまんまと動揺を誘われた。
何よりも自分を窮地に立たせたのがあの幻影の男だという事実はノアにとって許容しがたいことだった。
しかし険しい表情で低く呟きを零しながらも、冷静さは決して欠かない。彼は自身に出来る最善の選択を導く。
攻撃を受けてしまうのは仕方がない。ならばせめてシモンの負傷と自身の致命傷の回避に徹さなければ。
そう結論を見出したノアが受け身の姿勢へ転じたその時。
彼の視界を何かの影が横切った。
「これで戦闘向きではないと言われるのですから」
刹那、今まさに襲い掛かろうとしていた二体と床に蹲っていた一体の魔物が首から血を噴き出して倒れ伏す。
残ったのはノアとシモン、そして血の滴るナイフを握った男。
ノアの瞳に映るのは風に靡く黒髪と、その下から覗く鮮やかな赤い双眸。
「末恐ろしいものですね。魔法というのは」
左右で薙ぎ倒されている木々を暢気に観察しながら、リオは感心するように呟いた。
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