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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
42-3.守るという意義
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今度は何かと視線を向けると、赤い瞳に真っ直ぐ射止められる。
彼はじっとクリスティーナを見た後、その長い睫毛を伏せて続けた。
「社交界にて広まったクリスティーナ様の身勝手さは大変大きな噂になりました」
「本当に良いお言葉ね」
突然主人を侮辱し始めた従者の後頭部を殴る準備をしながら先を促す。
クリスティーナの右手には握り拳が作られているが、従者はそれに怯えることなく続ける。
「噂程ではないと思いますが。周囲の視線も、言葉も、関係も。それらを気にせず己が思うまま突き進んでこられたのが貴女様でございます」
姿勢を正し、片膝をつく従者。
彼は不敵に笑って主人の顔を見た後に首を垂れた。
「だからこそ、貴女様らしくもない。公爵家の御令嬢という縛りすらなくなった貴女様が、一体何に躊躇われていると言うのでしょう」
クリスティーナの『躊躇い』に目敏く気付いた従者が穏やかに、日頃よりも丁寧な口調で話す。
「私が傍に居るのは、貴女様を聖女などと言う肩書に縛り付ける為ではありません。貴女様のことをお守りする為です」
彼から笑みが消え、やや長い前髪の下から見える赤い瞳は決意と忠義に満ちている。
外から漏れる喧噪、彼が言葉を区切る度に齎される静寂。それらが緊迫した空気を作っている。
「貴女様の御身は勿論、思慮や望みなどの在り方まで。その全てをお守りできなければ意味がありません」
凛と張った、一室に良く通る声。
しかし噛みしめるようにゆっくりと、丁寧に言葉は紡がれていく。
「御身をお守りした果て、貴女様が聖女として世界の中心に立たれることになったとしても。クリスティーナ様としてのお姿を失ってしまっては意味がないのです。貴女様の心も守れなければ、意味などないのです」
公爵令嬢として暮らしていた時のクリスティーナは自身の選択に疑問を覚えることは殆どなかった。
異を唱える時は堂々と矢面に立ち、自身が正しいと信じ、または望んだ選択であれば周りの批判や反対に折れることはしない。そういう振る舞いを続けてきた。
しかしクリスティーナは知っている。それが許されていたのは公爵家という国でトップクラスの地位にクリスティーナが立っていたからだ。
裏で彼女のことを悪女と囁く者達も、堂々と歯向かうことは出来ない。例え裏で手を下そうと目論む存在があったとしても、それを押さえ込むだけの圧倒的な力が公爵家にはあった。
仮に公爵家にいた頃のクリスティーナが今と同じ状況に立たされたのだとしたら、迷うことなく護衛を引き連れて森へ向かうはずだ。
多少無茶な選択を取ったとしても、自身や護衛が受ける損失は小さなものだから。クリスティーナの決断一つで公爵家の権力や武力が揺らぐことはないのだから。
だが今は違う。
護衛は二人のみ。更にクリスティーナはいつどこで命を狙われてもおかしくない立場である。
クリスティーナが己の正しさのみを信じて突き進めば、自分も護衛の二人も、容易に危険へ陥る可能性だって考えられる。
故にクリスティーナは自分の身を弁えて選択をしたつもりだ。
例えそれが自身の望んだ選択ではなくとも、今の自分の立場では仕方がないのだと言い聞かせた。
しかし目の前の従者は、そんなことはしなくてもいいのだと言う。
今までのように自分の道を進めばいいのだと。
「勿論、御身が最優先ではあります。体無くして心は存在し得ませんから。故に不測の事態には貴女様のお気持ち全てを優先することは出来ないかもしれません」
一度伏せられる瞳。
しかしその視線が再びクリスティーナへ向けられたとき、彼の唇は柔く弧を描いていた。
「しかし場面に応じて的確に取捨選択を行うことは元より我々の仕事。何かが起こる以前から全てを貴女様が背負う必要はないのです」
再び静かに浮かべられる微笑。
安心させるように、そして言い聞かせるように、彼は言った。
「私のことはどうぞお気になさらず。貴女様の望むこと、向かう先こそ私の望む道でございます。クリスティーナ様」
鮮やかな赤い瞳は、どこまでも真っ直ぐと主人を見つめる。
優しくも確かな意志の強さを孕むその視線は、クリスティーナの悩みすら消し飛ばしてしまうような心強さを与えた。
彼はじっとクリスティーナを見た後、その長い睫毛を伏せて続けた。
「社交界にて広まったクリスティーナ様の身勝手さは大変大きな噂になりました」
「本当に良いお言葉ね」
突然主人を侮辱し始めた従者の後頭部を殴る準備をしながら先を促す。
クリスティーナの右手には握り拳が作られているが、従者はそれに怯えることなく続ける。
「噂程ではないと思いますが。周囲の視線も、言葉も、関係も。それらを気にせず己が思うまま突き進んでこられたのが貴女様でございます」
姿勢を正し、片膝をつく従者。
彼は不敵に笑って主人の顔を見た後に首を垂れた。
「だからこそ、貴女様らしくもない。公爵家の御令嬢という縛りすらなくなった貴女様が、一体何に躊躇われていると言うのでしょう」
クリスティーナの『躊躇い』に目敏く気付いた従者が穏やかに、日頃よりも丁寧な口調で話す。
「私が傍に居るのは、貴女様を聖女などと言う肩書に縛り付ける為ではありません。貴女様のことをお守りする為です」
彼から笑みが消え、やや長い前髪の下から見える赤い瞳は決意と忠義に満ちている。
外から漏れる喧噪、彼が言葉を区切る度に齎される静寂。それらが緊迫した空気を作っている。
「貴女様の御身は勿論、思慮や望みなどの在り方まで。その全てをお守りできなければ意味がありません」
凛と張った、一室に良く通る声。
しかし噛みしめるようにゆっくりと、丁寧に言葉は紡がれていく。
「御身をお守りした果て、貴女様が聖女として世界の中心に立たれることになったとしても。クリスティーナ様としてのお姿を失ってしまっては意味がないのです。貴女様の心も守れなければ、意味などないのです」
公爵令嬢として暮らしていた時のクリスティーナは自身の選択に疑問を覚えることは殆どなかった。
異を唱える時は堂々と矢面に立ち、自身が正しいと信じ、または望んだ選択であれば周りの批判や反対に折れることはしない。そういう振る舞いを続けてきた。
しかしクリスティーナは知っている。それが許されていたのは公爵家という国でトップクラスの地位にクリスティーナが立っていたからだ。
裏で彼女のことを悪女と囁く者達も、堂々と歯向かうことは出来ない。例え裏で手を下そうと目論む存在があったとしても、それを押さえ込むだけの圧倒的な力が公爵家にはあった。
仮に公爵家にいた頃のクリスティーナが今と同じ状況に立たされたのだとしたら、迷うことなく護衛を引き連れて森へ向かうはずだ。
多少無茶な選択を取ったとしても、自身や護衛が受ける損失は小さなものだから。クリスティーナの決断一つで公爵家の権力や武力が揺らぐことはないのだから。
だが今は違う。
護衛は二人のみ。更にクリスティーナはいつどこで命を狙われてもおかしくない立場である。
クリスティーナが己の正しさのみを信じて突き進めば、自分も護衛の二人も、容易に危険へ陥る可能性だって考えられる。
故にクリスティーナは自分の身を弁えて選択をしたつもりだ。
例えそれが自身の望んだ選択ではなくとも、今の自分の立場では仕方がないのだと言い聞かせた。
しかし目の前の従者は、そんなことはしなくてもいいのだと言う。
今までのように自分の道を進めばいいのだと。
「勿論、御身が最優先ではあります。体無くして心は存在し得ませんから。故に不測の事態には貴女様のお気持ち全てを優先することは出来ないかもしれません」
一度伏せられる瞳。
しかしその視線が再びクリスティーナへ向けられたとき、彼の唇は柔く弧を描いていた。
「しかし場面に応じて的確に取捨選択を行うことは元より我々の仕事。何かが起こる以前から全てを貴女様が背負う必要はないのです」
再び静かに浮かべられる微笑。
安心させるように、そして言い聞かせるように、彼は言った。
「私のことはどうぞお気になさらず。貴女様の望むこと、向かう先こそ私の望む道でございます。クリスティーナ様」
鮮やかな赤い瞳は、どこまでも真っ直ぐと主人を見つめる。
優しくも確かな意志の強さを孕むその視線は、クリスティーナの悩みすら消し飛ばしてしまうような心強さを与えた。
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