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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
37-2.災厄の影
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***
夜も更けた頃合い。
濃霧に包まれた森の中、生い茂る木々の隙間からでも観測できる遠く離れた時計塔をぼんやりと眺める影があった。
フォルトゥナの南部に位置するミロワールの森。
自身を未熟だと自覚する者は足を運びたがらず、過信する者が足を踏み入れれば命の保証はできない。
治安維持活動の一環として腕利きの冒険者や魔導師、同盟国の戦力を借りた定期的な魔物駆除が行われている為、死傷者は激減した。
しかし視界を惑わす濃霧が消えない限り訪問者を脅かす可能性は消えない。
濃霧に混じってぼやけた月光に照らされるは二つに分けて高く括った水色の髪。見た限り齢十七、八程度の少女。
気怠げに開かれた大きな瞳は不気味な程鮮やかな深紅で彩られている。
地面に腰を下ろしている彼女は背中と左右に、自身よりも大きな体を持つ魔物を従えて鼻歌を歌う。
ソファであるとでも言うようにそれぞれを背凭れ、肘掛けのように扱いながらその毛並みに埋もれて寛ぐ少女。彼女の周囲からは濃厚な血の香りが漂っていた。
少女が肘掛け代わりの魔物を撫でる。その場から動かない魔物はしかし、その頭だけは忙しなく動いており、時折何かを咀嚼する音を鳴らす。
彼女達の周囲には無残に食い散らかされた人の四肢が散らかされ、汚れた地面には冒険者の証である紋章が転がっている。
彼女の瞳はその全ての光景を確かに視認しているが、しかし。その瞳に映る感情は『無関心』の一言に尽きた。
何にも興味を示さない瞳を持つ少女は暇を弄ぶように鼻歌を続ける。
しかし彼女は鼻歌を途中でやめた。
「おーい、怠け者」
彼女を怠け者と称しながら近づく存在があったからだ。
少女と同じ赤の瞳を持つ、新緑の髪の青年。エリアスが対峙した男であった。
「……邪魔しないで」
「邪魔、って。君、自分の役割覚えてる?」
不満を表すように僅かに眉根を寄せる少女。
彼女の態度に呆れたと言わんばかりに青年は深々とため息を吐いた。
「まさか、聖女の存在に気付いていないわけじゃないだろ」
「うん」
「ならいつまでもだらだらしてないで働いてよねぇ。君がそんなんだとボクが代わりに――」
青年の言葉は途中で止まる。先程まで関心を見せなかった少女の瞳が殺意を宿して鋭く光ったからだ。
「わたしはわたしのテリトリーで。あなたはあなたのテリトリーで。そういう約束」
「おお、こわいこわーい」
わざとらしく腕を擦る青年は感情を込めずにセリフを吐く。
「……働くのは、面倒。でも……お家を散らかされるのはもっと面倒」
欠伸を一つ零して、少女は腰を浮かせる。
漸くやる気になったかと青年は肩を竦めてそれを眺めた。
「約束、破ったら殺すから」
「君がちゃんと動くなら手は出さないよ。魔族同士で殴り合うのはボクだって面倒だ」
「うん」
一つ頷いて立ち上がろうと両足に力を入れた彼女はしかし、すぐに魔物のソファへ倒れ込んでしまう。
「……働く、明日から」
「おおーい!」
たった数秒ですやすやと寝息を立てる少女の様子に青年は頭を乱暴に掻き毟った。
「もーいいや、しーらない。失敗しても怒られるのはベルフェゴールだし。帰ろ帰ろ」
不満げに声を荒げた青年はベルフェゴールと呼んだ少女に背を向けて足早にその場を去る。
濃霧に溶けて消える一人。血だまりの中安らかに眠る一人。
二人の密会を知る者はおらず。また、これから齎されようとする災厄を知る者も存在はしない。
夜も更けた頃合い。
濃霧に包まれた森の中、生い茂る木々の隙間からでも観測できる遠く離れた時計塔をぼんやりと眺める影があった。
フォルトゥナの南部に位置するミロワールの森。
自身を未熟だと自覚する者は足を運びたがらず、過信する者が足を踏み入れれば命の保証はできない。
治安維持活動の一環として腕利きの冒険者や魔導師、同盟国の戦力を借りた定期的な魔物駆除が行われている為、死傷者は激減した。
しかし視界を惑わす濃霧が消えない限り訪問者を脅かす可能性は消えない。
濃霧に混じってぼやけた月光に照らされるは二つに分けて高く括った水色の髪。見た限り齢十七、八程度の少女。
気怠げに開かれた大きな瞳は不気味な程鮮やかな深紅で彩られている。
地面に腰を下ろしている彼女は背中と左右に、自身よりも大きな体を持つ魔物を従えて鼻歌を歌う。
ソファであるとでも言うようにそれぞれを背凭れ、肘掛けのように扱いながらその毛並みに埋もれて寛ぐ少女。彼女の周囲からは濃厚な血の香りが漂っていた。
少女が肘掛け代わりの魔物を撫でる。その場から動かない魔物はしかし、その頭だけは忙しなく動いており、時折何かを咀嚼する音を鳴らす。
彼女達の周囲には無残に食い散らかされた人の四肢が散らかされ、汚れた地面には冒険者の証である紋章が転がっている。
彼女の瞳はその全ての光景を確かに視認しているが、しかし。その瞳に映る感情は『無関心』の一言に尽きた。
何にも興味を示さない瞳を持つ少女は暇を弄ぶように鼻歌を続ける。
しかし彼女は鼻歌を途中でやめた。
「おーい、怠け者」
彼女を怠け者と称しながら近づく存在があったからだ。
少女と同じ赤の瞳を持つ、新緑の髪の青年。エリアスが対峙した男であった。
「……邪魔しないで」
「邪魔、って。君、自分の役割覚えてる?」
不満を表すように僅かに眉根を寄せる少女。
彼女の態度に呆れたと言わんばかりに青年は深々とため息を吐いた。
「まさか、聖女の存在に気付いていないわけじゃないだろ」
「うん」
「ならいつまでもだらだらしてないで働いてよねぇ。君がそんなんだとボクが代わりに――」
青年の言葉は途中で止まる。先程まで関心を見せなかった少女の瞳が殺意を宿して鋭く光ったからだ。
「わたしはわたしのテリトリーで。あなたはあなたのテリトリーで。そういう約束」
「おお、こわいこわーい」
わざとらしく腕を擦る青年は感情を込めずにセリフを吐く。
「……働くのは、面倒。でも……お家を散らかされるのはもっと面倒」
欠伸を一つ零して、少女は腰を浮かせる。
漸くやる気になったかと青年は肩を竦めてそれを眺めた。
「約束、破ったら殺すから」
「君がちゃんと動くなら手は出さないよ。魔族同士で殴り合うのはボクだって面倒だ」
「うん」
一つ頷いて立ち上がろうと両足に力を入れた彼女はしかし、すぐに魔物のソファへ倒れ込んでしまう。
「……働く、明日から」
「おおーい!」
たった数秒ですやすやと寝息を立てる少女の様子に青年は頭を乱暴に掻き毟った。
「もーいいや、しーらない。失敗しても怒られるのはベルフェゴールだし。帰ろ帰ろ」
不満げに声を荒げた青年はベルフェゴールと呼んだ少女に背を向けて足早にその場を去る。
濃霧に溶けて消える一人。血だまりの中安らかに眠る一人。
二人の密会を知る者はおらず。また、これから齎されようとする災厄を知る者も存在はしない。
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