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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』
25-4.得も言われぬ不快感
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「じゃあ早速明日からでいいかな? 待ち合わせは……君達の宿の前とかどう? この道を戻るつもりだろう。この先に街は一つしかないし、居場所は魔力量で特定できると思うよ」
「……そう」
そんなにもわかりやすいものなのかとノアの発言から改めて思い知らされる。
待ち合わせには便利かもしれないが、今後の旅路に於いて圧倒的に不便を齎す代物であることは間違いない。
アレットは再度謝罪を述べてから伸びている部下を起こしに向かう。ノアやレミも別れを告げてアレットを手伝いに行こうとするが、ふとレミが足元に落ちていたものを拾い上げた。
シンプルな刺繍の施された、清潔感の漂う白いハンカチ。
リオが先程自身の口を拭うのに使っていたものだ。いつの間にかポケットから落ちてしまっていたのだろう。
こちらも衣服同様ににセシルから支給された物のようで血を拭った痕跡は綺麗さっぱり消えていた。
先に馬車の荷台へ乗り込んでいたリオも遅れて自身がハンカチを落としたことに気付いたようだ。ポケットを確認した上で少し身を乗り出した。
「すみません、俺のです」
「どうもありがとう。渡しておくわ」
「いや。……すごいな、随分凝っている」
魔導師から見ても感心する程の代物らしいそれをレミは興味深く観察する。
しかしすぐに不躾だと思い留まったのかそれを丁寧に畳み直した上でクリスティーナへ差し出した。
「すまない、珍しい物だったからつい」
「いいえ」
クリスティーナはそれを受け取る。
指先が質の良い布の手触りを感じ取り、そして僅かにレミの手に触れた。
――助けて!
瞬間、声が頭に響く。
(っ、これは……)
クリスティーナは思わず動きを止めた。
エリアスを助ける直前に感じた、頭の内側に直接響くような声。
前回と違うことといえば、その声が幼い子供のものであるということくらいだろうか。
――助けてください、お願い、お願いします! 何でも……何でもしますから……!
切実に助けを求める声。涙混じりのそれは繰り返されるにつれて悲痛さを増していく。
心臓が握りつぶされてしまうと感じる程軋む痛みは声の主が抱く強い悲しみと絶望感によるもの。
苦しくて、悲しくて、誰かの助けを淡く期待して懇願する。
どれだけ叫んでも、誰も助けてなどくれない。こんなにも、死んでしまいそうな程胸が痛くとも差し伸べられる手はない。
クリスティーナの意識が深い悲しみに吞まれようとしていたその時。
突如、泣き声がぴたりと止んだ。
溢れる感情が収まったのか。張り詰めていた息を吐き出そうとしたその時。
――死んでしまえ。
憎悪に満ちた冷たい声が脳を揺さぶった。
先と同じ子供のものであるのにも拘らず、酷く悪意に満ちた声。
それなのに、同時に酷い悲しみを孕んだ声。
自分のものではないはずの感情に再度引きずり回されて、胸が酷く締め付けられた。
もはや収拾のつかない感情の波に息を殺して耐えることしかできない。
固く目を閉じて奥歯を噛み締める。
自身の本来持ち合わせる感情とは全くの別物である激情に苛まれたクリスティーナを正気に戻したのはたった一声。
――可哀想、可哀想な子。
今までの子供のものとは打って変わった、ねっとりとした甘さを含んだ女性の声。
哀れみを向けた言葉のはずなのにも拘らず、全くと言ってそれを感じられない言葉。
突然頭から冷水を掛けられたかのように現実へ引き戻される意識。
その声に対してクリスティーナが抱いたのは本能的な嫌悪だった。
「……そう」
そんなにもわかりやすいものなのかとノアの発言から改めて思い知らされる。
待ち合わせには便利かもしれないが、今後の旅路に於いて圧倒的に不便を齎す代物であることは間違いない。
アレットは再度謝罪を述べてから伸びている部下を起こしに向かう。ノアやレミも別れを告げてアレットを手伝いに行こうとするが、ふとレミが足元に落ちていたものを拾い上げた。
シンプルな刺繍の施された、清潔感の漂う白いハンカチ。
リオが先程自身の口を拭うのに使っていたものだ。いつの間にかポケットから落ちてしまっていたのだろう。
こちらも衣服同様ににセシルから支給された物のようで血を拭った痕跡は綺麗さっぱり消えていた。
先に馬車の荷台へ乗り込んでいたリオも遅れて自身がハンカチを落としたことに気付いたようだ。ポケットを確認した上で少し身を乗り出した。
「すみません、俺のです」
「どうもありがとう。渡しておくわ」
「いや。……すごいな、随分凝っている」
魔導師から見ても感心する程の代物らしいそれをレミは興味深く観察する。
しかしすぐに不躾だと思い留まったのかそれを丁寧に畳み直した上でクリスティーナへ差し出した。
「すまない、珍しい物だったからつい」
「いいえ」
クリスティーナはそれを受け取る。
指先が質の良い布の手触りを感じ取り、そして僅かにレミの手に触れた。
――助けて!
瞬間、声が頭に響く。
(っ、これは……)
クリスティーナは思わず動きを止めた。
エリアスを助ける直前に感じた、頭の内側に直接響くような声。
前回と違うことといえば、その声が幼い子供のものであるということくらいだろうか。
――助けてください、お願い、お願いします! 何でも……何でもしますから……!
切実に助けを求める声。涙混じりのそれは繰り返されるにつれて悲痛さを増していく。
心臓が握りつぶされてしまうと感じる程軋む痛みは声の主が抱く強い悲しみと絶望感によるもの。
苦しくて、悲しくて、誰かの助けを淡く期待して懇願する。
どれだけ叫んでも、誰も助けてなどくれない。こんなにも、死んでしまいそうな程胸が痛くとも差し伸べられる手はない。
クリスティーナの意識が深い悲しみに吞まれようとしていたその時。
突如、泣き声がぴたりと止んだ。
溢れる感情が収まったのか。張り詰めていた息を吐き出そうとしたその時。
――死んでしまえ。
憎悪に満ちた冷たい声が脳を揺さぶった。
先と同じ子供のものであるのにも拘らず、酷く悪意に満ちた声。
それなのに、同時に酷い悲しみを孕んだ声。
自分のものではないはずの感情に再度引きずり回されて、胸が酷く締め付けられた。
もはや収拾のつかない感情の波に息を殺して耐えることしかできない。
固く目を閉じて奥歯を噛み締める。
自身の本来持ち合わせる感情とは全くの別物である激情に苛まれたクリスティーナを正気に戻したのはたった一声。
――可哀想、可哀想な子。
今までの子供のものとは打って変わった、ねっとりとした甘さを含んだ女性の声。
哀れみを向けた言葉のはずなのにも拘らず、全くと言ってそれを感じられない言葉。
突然頭から冷水を掛けられたかのように現実へ引き戻される意識。
その声に対してクリスティーナが抱いたのは本能的な嫌悪だった。
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