上 下
81 / 579
第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

25-4.得も言われぬ不快感

しおりを挟む
「じゃあ早速明日からでいいかな? 待ち合わせは……君達の宿の前とかどう? この道を戻るつもりだろう。この先に街は一つしかないし、居場所は魔力量で特定できると思うよ」
「……そう」

 そんなにもわかりやすいものなのかとノアの発言から改めて思い知らされる。
 待ち合わせには便利かもしれないが、今後の旅路に於いて圧倒的に不便を齎す代物であることは間違いない。

 アレットは再度謝罪を述べてから伸びている部下を起こしに向かう。ノアやレミも別れを告げてアレットを手伝いに行こうとするが、ふとレミが足元に落ちていたものを拾い上げた。

 シンプルな刺繍の施された、清潔感の漂う白いハンカチ。
 リオが先程自身の口を拭うのに使っていたものだ。いつの間にかポケットから落ちてしまっていたのだろう。
 こちらも衣服同様ににセシルから支給された物のようで血を拭った痕跡は綺麗さっぱり消えていた。

 先に馬車の荷台へ乗り込んでいたリオも遅れて自身がハンカチを落としたことに気付いたようだ。ポケットを確認した上で少し身を乗り出した。

「すみません、俺のです」
「どうもありがとう。渡しておくわ」
「いや。……すごいな、随分凝っている」

 魔導師から見ても感心する程の代物らしいそれをレミは興味深く観察する。
 しかしすぐに不躾だと思い留まったのかそれを丁寧に畳み直した上でクリスティーナへ差し出した。

「すまない、珍しい物だったからつい」
「いいえ」

 クリスティーナはそれを受け取る。
 指先が質の良い布の手触りを感じ取り、そして僅かにレミの手に触れた。

 ――助けて!

 瞬間、声が頭に響く。

(っ、これは……)

 クリスティーナは思わず動きを止めた。
 エリアスを助ける直前に感じた、頭の内側に直接響くような声。
 前回と違うことといえば、その声が幼い子供のものであるということくらいだろうか。

 ――助けてください、お願い、お願いします! 何でも……何でもしますから……!

 切実に助けを求める声。涙混じりのそれは繰り返されるにつれて悲痛さを増していく。
 心臓が握りつぶされてしまうと感じる程軋む痛みは声の主が抱く強い悲しみと絶望感によるもの。

 苦しくて、悲しくて、誰かの助けを淡く期待して懇願する。
 どれだけ叫んでも、誰も助けてなどくれない。こんなにも、死んでしまいそうな程胸が痛くとも差し伸べられる手はない。

 クリスティーナの意識が深い悲しみに吞まれようとしていたその時。

 突如、泣き声がぴたりと止んだ。
 溢れる感情が収まったのか。張り詰めていた息を吐き出そうとしたその時。

 ――死んでしまえ。

 憎悪に満ちた冷たい声が脳を揺さぶった。
 先と同じ子供のものであるのにも拘らず、酷く悪意に満ちた声。

 それなのに、同時に酷い悲しみを孕んだ声。
 自分のものではないはずの感情に再度引きずり回されて、胸が酷く締め付けられた。

 もはや収拾のつかない感情の波に息を殺して耐えることしかできない。
 固く目を閉じて奥歯を噛み締める。

 自身の本来持ち合わせる感情とは全くの別物である激情に苛まれたクリスティーナを正気に戻したのはたった一声。

 ――可哀想、可哀想な子。

 今までの子供のものとは打って変わった、ねっとりとした甘さを含んだ女性の声。
 哀れみを向けた言葉のはずなのにも拘らず、全くと言ってそれを感じられない言葉。

 突然頭から冷水を掛けられたかのように現実へ引き戻される意識。
 その声に対してクリスティーナが抱いたのは本能的な嫌悪だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハニーローズ  ~ 『予知夢』から始まった未来変革 ~

悠月 星花
ファンタジー
「背筋を伸ばして凛とありたい」 トワイス国にアンナリーゼというお転婆な侯爵令嬢がいる。 アンナリーゼは、小さい頃に自分に関わる『予知夢』を見れるようになり、将来起こるであろう出来事を知っていくことになる。 幼馴染との結婚や家族や友人に囲まれ幸せな生活の予知夢見ていた。 いつの頃か、トワイス国の友好国であるローズディア公国とエルドア国を含めた三国が、インゼロ帝国から攻められ戦争になり、なすすべもなく家族や友人、そして大切な人を亡くすという夢を繰り返しみるようになる。 家族や友人、大切な人を守れる未来が欲しい。 アンナリーゼの必死の想いが、次代の女王『ハニーローズ』誕生という選択肢を増やす。 1つ1つの選択を積み重ね、みんなが幸せになれるようアンナリーゼは『予知夢』で見た未来を変革していく。 トワイス国の貴族として、強くたくましく、そして美しく成長していくアンナリーゼ。 その遊び場は、社交界へ学園へ隣国へと活躍の場所は変わっていく…… 家族に支えられ、友人に慕われ、仲間を集め、愛する者たちが幸せな未来を生きられるよう、死の間際まで凛とした薔薇のように懸命に生きていく。 予知の先の未来に幸せを『ハニーローズ』に託し繋げることができるのか…… 『予知夢』に翻弄されながら、懸命に生きていく母娘の物語。 ※この作品は、「カクヨム」「小説家になろう」「ノベルアップ+」「ノベリズム」にも掲載しています。  表紙は、菜見あぉ様にココナラにて依頼させていただきました。アンナリーゼとアンジェラです。  タイトルロゴは、草食動物様の企画にてお願いさせていただいたものです!

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

嫌われ者の【白豚令嬢】の巻き戻り。二度目の人生は失敗しませんわ!

大福金
ファンタジー
コミカライズスタートしました♡♡作画は甲羅まる先生です。 目が覚めると私は牢屋で寝ていた。意味が分からない……。 どうやら私は何故か、悪事を働き処刑される寸前の白豚令嬢【ソフィア・グレイドル】に生まれ変わっていた。 何で?そんな事が? 処刑台の上で首を切り落とされる寸前で神様がいきなり現れ、『魂を入れる体を間違えた』と言われた。 ちょっと待って?! 続いて神様は、追い打ちをかける様に絶望的な言葉を言った。 魂が体に定着し、私はソフィア・グレイドルとして生きるしかない と…… え? この先は首を切り落とされ死ぬだけですけど? 神様は五歳から人生をやり直して見ないかと提案してくれた。 お詫びとして色々なチート能力も付けてくれたし? このやり直し!絶対に成功させて幸せな老後を送るんだから! ソフィアに待ち受ける数々のフラグをへし折り時にはザマァしてみたり……幸せな未来の為に頑張ります。 そんな新たなソフィアが皆から知らない内に愛されて行くお話。 実はこの世界、主人公ソフィアは全く知らないが、乙女ゲームの世界なのである。 ヒロインも登場しイベントフラグが立ちますが、ソフィアは知らずにゲームのフラグをも力ずくでへし折ります。

異世界転生目立ちたく無いから冒険者を目指します

桂崇
ファンタジー
小さな町で酒場の手伝いをする母親と2人で住む少年イールスに転生覚醒する、チートする方法も無く、母親の死により、実の父親の家に引き取られる。イールスは、冒険者になろうと目指すが、周囲はその才能を惜しんでいる

刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。繁栄も滅亡も、私の導き次第で決まるようです。

木山楽斗
ファンタジー
宿屋で働くフェリナは、ある日森で卵を見つけた。 その卵からかえったのは、彼女が見たことがない生物だった。その生物は、生まれて初めて見たフェリナのことを母親だと思ったらしく、彼女にとても懐いていた。 本物の母親も見当たらず、見捨てることも忍びないことから、フェリナは謎の生物を育てることにした。 リルフと名付けられた生物と、フェリナはしばらく平和な日常を過ごしていた。 しかし、ある日彼女達の元に国王から通達があった。 なんでも、リルフは竜という生物であり、国を繁栄にも破滅にも導く特別な存在であるようだ。 竜がどちらの道を辿るかは、その母親にかかっているらしい。知らない内に、フェリナは国の運命を握っていたのだ。 ※この作品は「小説家になろう」「カクヨム」「アルファポリス」にも掲載しています。 ※2021/09/03 改題しました。(旧題:刷り込みで竜の母親になった私は、国の運命を預かることになりました。)

求職令嬢は恋愛禁止な竜騎士団に、子竜守メイドとして採用されました。

待鳥園子
恋愛
グレンジャー伯爵令嬢ウェンディは父が友人に裏切られ、社交界デビューを目前にして無一文になってしまった。 父は異国へと一人出稼ぎに行ってしまい、行く宛てのない姉を心配する弟を安心させるために、以前邸で働いていた竜騎士を頼ることに。 彼が働くアレイスター竜騎士団は『恋愛禁止』という厳格な規則があり、そのため若い女性は働いていない。しかし、ウェンディは竜力を持つ貴族の血を引く女性にしかなれないという『子竜守』として特別に採用されることになり……。 子竜守として働くことになった没落貴族令嬢が、不器用だけどとても優しい団長と恋愛禁止な竜騎士団で働くために秘密の契約結婚をすることなってしまう、ほのぼの子竜育てありな可愛い恋物語。 ※完結まで毎日更新です。

悪役令息に転生したけど、静かな老後を送りたい!

えながゆうき
ファンタジー
 妹がやっていた乙女ゲームの世界に転生し、自分がゲームの中の悪役令息であり、魔王フラグ持ちであることに気がついたシリウス。しかし、乙女ゲームに興味がなかった事が仇となり、断片的にしかゲームの内容が分からない!わずかな記憶を頼りに魔王フラグをへし折って、静かな老後を送りたい!  剣と魔法のファンタジー世界で、精一杯、悪足搔きさせていただきます!

移転した俺は欲しい物が思えば手に入る能力でスローライフするという計画を立てる

みなと劉
ファンタジー
「世界広しといえども転移そうそう池にポチャンと落ちるのは俺くらいなもんよ!」 濡れた身体を池から出してこれからどうしようと思い 「あー、薪があればな」 と思ったら 薪が出てきた。 「はい?……火があればな」 薪に火がついた。 「うわ!?」 どういうことだ? どうやら俺の能力は欲しいと思った事や願ったことが叶う能力の様だった。 これはいいと思い俺はこの能力を使ってスローライフを送る計画を立てるのであった。

処理中です...