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第二章―魔法国家フォルトゥナ 『魔導師に潜む闇』

22-3.仮面の貴公子

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 フォルトゥナの国境を越えたのはそれから更にいくつも日を跨いだある日のことだ。
夜も始まったばかりの時間、新しい国土へ足を踏み入れたクリスティーナは興味深げに周囲を見渡していた。

 至る所に看板を抱える酒場からは豪快な笑い声や怒号、脇道へ逸れた場所には露出の多い服を纏った女性が道行く男性へ声を掛けている。
 馬車を停められる宿を見つけたリオが先に受付で話を済ませ、エリアスは繋ぎ場で馬を休ませている。

 魔法国家フォルトゥナ東端に位置する街、フロンティエール。
 彼らの仕事を宿の前で待つ傍ら街の様子を窺っていたが、このフロンティエールという街、治安はお世辞にも良いと言えなさそうである。少し前までであれば自分がこのような場所に足を踏み入れるとは考えもしなかっただろう。

 故郷とは随分変わった街並みの新鮮さからクリスティーナが辺りを見回していた時、彼女を照らしていた月光が突如何かの影によって遮られる。

 ふと視線を上げたクリスティーナが見たのは上空から降る人影。
 それはまるで体全体が羽で出来ているかのような軽やかさで物音一つ立てずにクリスティーナの前に降り立った。

「おっと、失礼」

 月光に晒される黄橡の髪、顔の上半分を隠す豪奢な仮面によって覆われた顔は彼の風姿を視認させることを拒んだ。

 しかし仮面の下で細められた黄緑の双眸は少なくともクリスティーナへ悪意を孕んでいるものではなさそうだ。
 仮面の青年は穏やかな口調で一つ謝罪を述べると、クリスティーナから一歩離れて片手を自身の胸に当てながら深々とお辞儀してみせる。

「お怪我はありませんか? レディ」
「…………問題ないわ」
「それはよかった」

 淡い笑みを口元に携える青年は姿勢を正す。一連の恭しい動きはどこかわざとらしさを覚える程にゆったりと丁寧に行われる。

「今宵は月が綺麗ですね。このような素敵な夜に貴女のような麗しい女性をエスコートできたのならそれ以上幸福なことはなさそうですが……生憎それは叶わなさそうだ」

 彼の視線が自身の背後へ向けられる。
 何者かの走る音が複数、こちらへ近づいてくることにクリスティーナは遅れて気付いた。
 仮面の青年は自身の口元に人差し指を携えてから優しく地面を蹴り、ふわりとその体を宙へ浮かべた。

「気を付けて、レディ。君のような女性が一人佇むには、この夜は少々危険が多い」

 彼はそのまま近くの建物の屋根へ着地したかと思えば更に足場を蹴り上げて移動を図り、やがてその姿は宵闇に紛れて消えた。
 文字通り空を飛ぶ仮面の青年を呆然と見送るとすぐ傍から暢気な声が届く。

「ほー、あんな魔法もあるんですね。風魔法……とか?」

 エリアスの呟きにクリスティーナは深く息を吐く。
 この騎士、一挙一動が大袈裟に見えるがその実、気を抜くと何食わぬ顔で傍に居るような基本動作に無駄のない手練れである。
 リオ程ではないにしろ気配を消すのが上手い。油断していると度肝を抜かれることがままある。

「……いたのなら声を掛けなさい」
「あ、すみません。相手が怪しい動きをしたらすぐ対応できるように様子を見てました」

 更に質が悪いのは、恐らくそれを無自覚で行っていることだ。
 自覚のないものには咎められても首を傾げることしかできない。その為クリスティーナはこの件に対してエリアスに嫌味を零すことが出来ないでいた。

「……そう」
「お二人とも、部屋の用意できたそうですが……何かありましたか?」
「何でもないわ」

 クリスティーナは宿屋から顔を出したリオに対し、首を横に振る。
 建物の中へ入るクリスティーナの背後を慌ただしく駆けていく足音が複数聞こえた。
しかしそれらは彼女の後に続いたエリアスが扉を閉めたことにより、掻き消されてしまった。
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