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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

16-3.思案

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(……一応高確率で罰から逃れられる方法はあるにはあるのだけれど)

 時に相手が皇族であろうと優位な立ち位置を確保できる程大きなカードをクリスティーナは持っている。

 簡単な話だ。皇族の前で自分こそが聖女であると示せばいい。
 謁見の間に集うのは何も皇族だけではない。皇族に仕える者や政治で主力を振るう者達が皇族の決定を見届ける為に同席する。

 謁見の間で自身が聖女であるという主張をすれば、その言葉は皇族以外の耳にも入るわけである。
 すぐ傍に他者の監視がある以上、聖女である可能性を秘めた相手に対し皇族は慎重に動かざる得なくなり、少なくとも即座にクリスティーナの首を落とすという判断はしないはずだ。

 そしてこれは皇宮という皇国一警備の厳しい場所で行われた暗殺未遂事件である。結論を急がず状況を整理すれば真犯人を炙ることも難関ではないだろうとクリスティーナは踏んでいる。
 聖女として名乗りを上げれば真犯人を見つけるまでの時間稼ぎくらいにはなるし、時間をかければ自身の冤罪が晴れる可能性も大いにあるはずだ。

 しかしこれにはいくつかのデメリットも生じる。

 まずこの先、自分が聖女としての大きな責務を背負って生きていかなければならなくなる可能性。

 歴代の聖女は清く正しく、困っている者を見れば誰であっても手を差し伸べる……そんな存在だ。更に世界で一人しか存在しないという聖女の貴重さは折り紙付き。
 故にその身柄は皇宮に隔離されることによって安全を保障されるだろう未来は想像に難くない。今まで以上に自分の行動の自由は制限され、有象無象の民たちへ無償の愛を持って尽くし続けなければならなくなることだろう。

 しかし生憎と、クリスティーナはそのような面倒且つ非生産的なことはごめんである。
 聖女という存在が一人しか存在できない限り、その手で救える存在には限りがある。顔も知れない誰かの為にその生涯をささげるなどクリスティーナはごめんであった。
 自身の手が届く範囲にいる、自分にとってメリットのある存在だけを手中に収めておければそれで充分なのだ。

 次にアリシアの立場が危うくなる可能性だ。
 聖女を騙ることは大罪であり、清き存在を偽ることは全ての人間を敵に回す行いだ。どのような理由があったとしても許されることではない。
 厳密にいえば彼女は一度も自分の口から自身が聖女であるとは告げていないのだが、それと大差ない立ち振る舞いをしている以上、彼女が聖女ではないことが露呈すればお咎めは避けられないし彼女の立場は危ういものへと変わるだろう。

 クリスティーナはアリシアに対し苦手意識を持っている反面、家族としての情は少なからず存在している。故に保身の為に家族を売るというのはどうにも気が引けた。
 それに加えて昨日の茶会で彼女がクリスティーナを庇うような発言をしたこともクリスティーナが躊躇う要因となっているのかもしれない。

 彼女もまた、クリスティーナに対して家族としての情は持ち合わせていたのかもしれない。そんな期待染みた憶測が胸の内に小さく留まっているのだ。
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