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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

13-3.推測不可能な思惑

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 殆どの使用人が未だ庭に集まっているせいだろう。
 自室へ戻るまでの間クリスティーナは誰ともすれ違うことがなかった。

「……今日はもう休むわ。貴方も下がりなさい」

 自室前で立ち止まり、従者に声を掛ける。
 今は一刻も早く一人になって休みたい気分だった。

「畏まりました。おやすみなさい」
「ええ……」

 先程まで騒ぎの中心に立っていたのにも拘らず従者の様子は普段と何一つ変わらない。

 人前で外面を取り繕うことが得意な彼は自身の感情を表に出すことが殆どない。人の心を読むことに長けているクリスティーナでも予想出来ないことがある程だ。
 そして今も彼の考えは読めない。そのことに少なからず不安を覚えた。

(……駄目ね。色々あったから疲れが溜まっているんだわ)

 自室の扉を開けてもらい、中へ入る。
 従者が立ち去るのを見送ることもせず背を向けていると後ろから声が掛かった。

「クリスティーナ様」

 リオがクリスティーナの名を呼ぶときは決まって彼が真面目な話をする時だ。

 彼は自身の言動が公爵令嬢の従者としてはあまりそぐわないものであるという自覚があった。やや砕けた口調や軽口を使ってクリスティーナに接するのは家族を抜けばリオくらいのものである。

 長年の付き合いと信頼、忠義から構築されたそれはクリスティーナにも受け入れていたものの、だからこそ言葉に重みを持たせることが難しい。

 しかしクリスティーナを名前で呼ぶとき、決まって彼は素に近い自分を見せた。これは彼の感情の裏表が今よりもわかりやすかった幼少期、クリスティーナを名で呼んでいたことに起因しているのだろう。

 例え彼の表情を読むことが出来なくとも、その時ばかりは彼の真剣さを推測することが出来た。
 故にクリスティーナは彼に対し不満を抱いたまま背を向けてはいるものの、耳だけは傾けてやる。
 リオは主人が自分と目を合わせてくれずとも続きを話し始めた。

「クリスティーナ様は聡いお方ですからきっと察しているでしょうが、俺は貴女様にお話しできていないことがあります。……そして今もまだ話すことが出来ません」

 リオはクリスティーナが抱いた不信感に気付いたのだろう。
 主人にも話せないことがある、それはクリスティーナが先ほど推測した通りであったがそれを自身の口から明確に伝えられることで彼なりの誠意を見せてくれていることをクリスティーナは悟る。

「しかし、俺はいつだってクリスティーナ様をお慕いしています。いつだって貴女様の身を案じていますし、貴女様の為であれば俺の全てを捧げられます」

 主人の背中をまっすぐ見つめながらリオは言葉を紡ぐ。

 その言葉をどれだけ彼女が受け止めてくれているのかは彼にとって大した問題ではなかった。
 いくら都合の良い言葉を並べても結果が異なれば戯言に過ぎない。彼女であればそう考えることをリオは知っていた。
 だからこれは己の為の言葉に過ぎない。

「信じてくれとは言いません。……ただ、今の話を少しでも覚えていてくだされば、と思いました」

 数秒、静寂が訪れる。
 しかしクリスティーナが振り返ることはない。
 リオはそれを確認してから失礼しますと頭を下げ、クリスティーナの居室の扉を閉じた。

 自分以外に誰も居なくなった自室。それでもクリスティーナは暫く動かなかった。
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