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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』

12-3.覚醒

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 イニティウム皇国は長年平穏を保ってきた。それは皇国に含まれるレディング公爵領もまた安寧であったということ。
 故に公爵家に属する騎士が命を落とすという事例にクリスティーナが遭遇することは初めてであった。
 珍しい話だからこそ夜にも拘らず三十、四十という使用人がこの場に集まったのだろう。

 リオを待っている間、クリスティーナが群衆の中へ視線を彷徨わせていると、ふと見知った顔を見かける。

 従者を連れて野次馬から更に離れた場所で治療を見守るアリシアや、柱の傍で静かに佇むイアン。更にイアンの傍でゆったりと柱にもたれている白銀の髪の青年の姿。

(――お兄様)

 兄、セシルは何か考えるように口元に手を当てていたが自身へ向けられた視線に気付くと顔を上げてにこりと微笑みかける。更にゆらゆらと手を振られるがクリスティーナがそれを無視するとイアンの肩を揺らして何やら話し始めた。
 クリスティーナへ指をさしているところを見ると彼女の話をしていることは明確であったがイアンの興味なさげな対応を見るに、くだらない話題であることは明らかであった。

(珍しいわね、お兄様が庭にいるなんて)

 レディング公爵――クリスティーナ達の父の業務を一部請け負い始めたこともあってか、最近のセシルは家を出ているか自分の書斎に引き籠っていることが多い印象だ。
 そんな彼が騒ぎに駆け付けたということは……それだけ今回のことが異常であるということなのだろうか。

 当の本人の立ち振る舞いは緊張感の欠片も感じられないものであるが。情緒がないと言われがちなクリスティーナでも流石に不謹慎だと思わざる得ない。

「お待たせしました」

 突然耳元で声が聞こえたクリスティーナは瞬きをした。
 そしてすぐにため息を吐く。

「……リオ」
「はい、お嬢様」

 足音一つ立てずいつの間にかクリスティーナの傍に立っていた従者は何でしょうと首を傾げる。
 悪気がないのだろうことはわかるのだが、彼はどうにもクリスティーナの不意を衝いて現れることが多い。

「もう少し、存在感を出して欲しいわ」
「すみません、癖なもので直しようがありません。……それに、毎度廊下の床を蹴りつけるような従者も嫌でしょう」
「そこまで大袈裟な話はしていないわ」

 リオが地団太を踏みながら前進している様を想像してしまい顔を顰める。
 煩すぎるか静かすぎるかで言えば後者の方がマシであることは確かな為、それ以上の言及を諦めることとした。

「もういいのかしら」
「はい。俺に出来ることはもうなさそうでしたので。……それにあの傷は恐らく手遅れでしょう」
「……そう」

 親しいわけではなかった。しかし見知った顔の唐突な死というものを考えさせられた時、多少の動揺は付いて回るようだ。

「……今日はもう休むわ」
「そうされた方がよろしいかと。お送り致します」

 建国祭、魔物の襲撃、騎士の死亡……今日一日だけで随分と濃い時間を過ごした。
 流石に精神的な疲労も溜まっているようで体も重い。
 どの道自分がこの場に留まっていたところで結果が変わるわけでもない。明日になればあの騎士がどうなったのかも、現場の状況整理も終わって更に詳しい話を聞くことが出来るはずだ。
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