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第一章―イニティウム皇国 『皇国の悪女』
9-1.騒々しい騎士
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「何事……?」
「クリスティーナ様、こちらへ」
リオは主人の手を引いて自身の背後に庇うと悲鳴の上がった方角へ視線を移した。
クリスティーナもまた、様子を窺う為に彼に庇われながらもその先を覗き見る。
祭りの参加者の間に割って入ったらしい存在は黒い毛皮に鋭い爪、鋭い目つきを持つ人ならざるもの。
それらが三体、道の中央を陣取っていた。
「……魔物」
クリスティーナの呟きを肯定するようにリオが庇う姿勢を保ちつつ道の脇へ後退る。魔物を刺激して襲われることを避ける為だろう。
一方で他の参加者らは混乱に陥り、悲鳴を上げながら魔物へ背を向けて散り散りに退散する。
しかし敵意を剥き出した魔物に対して大声をあげる、背を向けるという行いは逆に刺激を与えやすく適切な対応とは言えない。
「建国祭期間中、この地域は公爵家の騎士団が見回りを強化しているはずです。すぐに到着するかと」
潜められた声に頷きつつ目下に広がる光景を慎重に観察する。
唸り声をあげて獲物に狙いを定める魔物と彼らから背を向ける人々。いくら騎士が近くにいるからと言えどこのままでは被害者が出そうである。
クリスティーナが魔法を使用すれば撃退も不可能ではないが、失敗すれば標的は確実に自分となるだろう。公爵令嬢という立場上、自分の身の危険が周囲に大きな影響を及ぼすことをクリスティーナはよく理解していた。
故に無鉄砲な真似をすることはできない。
騎士団の到着が少しでも早いことを望むしかないとクリスティーナが小さく息を吐いたその時。
彼女たちの脇を突風が吹き抜けた。
正確に言えば誰かが駆け抜けたのだが、魔物に気を取られていたクリスティーナは既に臨戦態勢に入っていたその人物の姿を瞬時に視認することが出来なかった。
唯一視覚が認識したのは、自分達を見下ろす夕焼けよりも鮮やかな赤い髪。
素早く引き抜かれた刀身はあっという間に一体の魔物を脳天から一刀両断し、更に二体目の首を切り落とす。
しかし二体目が鮮血を散らして倒れた時、赤髪の騎士の背後から悲鳴が上がる。最後の魔物が騎士から離れ、尻餅をついた少年へ距離を詰めたのだ。
子供と魔物の距離が今にも噛みつかれそうなものであるのに対し、騎士と魔物の距離は彼の握る剣ではリーチが足りないことが明らかな程度には離れている。
しかし彼はそれに動じることなく剣の柄を両手で握りしめたかと思えば大きく振り上げる。
いくら武器を力強く振り下ろしたとて、当たらなければ意味はない空を切るだけに留まる攻撃だ。だが彼が武器を振り下ろす瞬間、鍔から小さな火花が散った。
「――フレイム・ヴェイル」
更に呟かれる短い詠唱。
刹那、剣の刀身は炎に包みこまれ、その長さは二倍近くまで上った。
彼の周囲の気温を急速に上昇させる程の灼熱の剣は迷いなく振り下ろされ、その切っ先が魔物へと届く。
瞬間、その身に炎が宿り魔物を包み込んだ。
悶え苦しむ魔物の咆哮が上がろうが火の手は緩められることなく、灼熱はその身体が炭となるまで燃やし尽くした。
魔物を一掃し、その全てが絶命したのを確認してから赤髪の騎士エリアスは自身の武器を鞘に納めて少年に手を貸す。
遅れて駆け寄る母親らしき女性に少年を引き渡し、何度も礼を述べる彼女らにへこへこと会釈をした。
そしてすぐに二人へ別れを告げたかと思えば必死の形相をクリスティーナ達へ向ける。
思わずその目力に圧倒されて面食らっていると、エリアスは鍛え上げられた脚力で瞬時に二人との距離を詰め、口を開いた。
「クリスティーナ様、こちらへ」
リオは主人の手を引いて自身の背後に庇うと悲鳴の上がった方角へ視線を移した。
クリスティーナもまた、様子を窺う為に彼に庇われながらもその先を覗き見る。
祭りの参加者の間に割って入ったらしい存在は黒い毛皮に鋭い爪、鋭い目つきを持つ人ならざるもの。
それらが三体、道の中央を陣取っていた。
「……魔物」
クリスティーナの呟きを肯定するようにリオが庇う姿勢を保ちつつ道の脇へ後退る。魔物を刺激して襲われることを避ける為だろう。
一方で他の参加者らは混乱に陥り、悲鳴を上げながら魔物へ背を向けて散り散りに退散する。
しかし敵意を剥き出した魔物に対して大声をあげる、背を向けるという行いは逆に刺激を与えやすく適切な対応とは言えない。
「建国祭期間中、この地域は公爵家の騎士団が見回りを強化しているはずです。すぐに到着するかと」
潜められた声に頷きつつ目下に広がる光景を慎重に観察する。
唸り声をあげて獲物に狙いを定める魔物と彼らから背を向ける人々。いくら騎士が近くにいるからと言えどこのままでは被害者が出そうである。
クリスティーナが魔法を使用すれば撃退も不可能ではないが、失敗すれば標的は確実に自分となるだろう。公爵令嬢という立場上、自分の身の危険が周囲に大きな影響を及ぼすことをクリスティーナはよく理解していた。
故に無鉄砲な真似をすることはできない。
騎士団の到着が少しでも早いことを望むしかないとクリスティーナが小さく息を吐いたその時。
彼女たちの脇を突風が吹き抜けた。
正確に言えば誰かが駆け抜けたのだが、魔物に気を取られていたクリスティーナは既に臨戦態勢に入っていたその人物の姿を瞬時に視認することが出来なかった。
唯一視覚が認識したのは、自分達を見下ろす夕焼けよりも鮮やかな赤い髪。
素早く引き抜かれた刀身はあっという間に一体の魔物を脳天から一刀両断し、更に二体目の首を切り落とす。
しかし二体目が鮮血を散らして倒れた時、赤髪の騎士の背後から悲鳴が上がる。最後の魔物が騎士から離れ、尻餅をついた少年へ距離を詰めたのだ。
子供と魔物の距離が今にも噛みつかれそうなものであるのに対し、騎士と魔物の距離は彼の握る剣ではリーチが足りないことが明らかな程度には離れている。
しかし彼はそれに動じることなく剣の柄を両手で握りしめたかと思えば大きく振り上げる。
いくら武器を力強く振り下ろしたとて、当たらなければ意味はない空を切るだけに留まる攻撃だ。だが彼が武器を振り下ろす瞬間、鍔から小さな火花が散った。
「――フレイム・ヴェイル」
更に呟かれる短い詠唱。
刹那、剣の刀身は炎に包みこまれ、その長さは二倍近くまで上った。
彼の周囲の気温を急速に上昇させる程の灼熱の剣は迷いなく振り下ろされ、その切っ先が魔物へと届く。
瞬間、その身に炎が宿り魔物を包み込んだ。
悶え苦しむ魔物の咆哮が上がろうが火の手は緩められることなく、灼熱はその身体が炭となるまで燃やし尽くした。
魔物を一掃し、その全てが絶命したのを確認してから赤髪の騎士エリアスは自身の武器を鞘に納めて少年に手を貸す。
遅れて駆け寄る母親らしき女性に少年を引き渡し、何度も礼を述べる彼女らにへこへこと会釈をした。
そしてすぐに二人へ別れを告げたかと思えば必死の形相をクリスティーナ達へ向ける。
思わずその目力に圧倒されて面食らっていると、エリアスは鍛え上げられた脚力で瞬時に二人との距離を詰め、口を開いた。
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