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プロローグ―国境沿いにて 『旅の始まり』
4-2.不死身従者の迎撃
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恐らくは血の匂いに気付いてやってきたのだろう。
クリスティーナは短い詠唱を口にしようと身構える。
しかし彼女はすぐにその緊張を解いた。
紡がれない詠唱。勿論魔法は発動しない。
その代わりに、魔物の首を掻っ切る銀色の軌道が彼女の瞳に映った。
「お嬢様、せめて自衛くらいはしてくださらないと。俺の寿命が持ちません」
どさりと魔物の倒れる音。
それから距離を離すようにクリスティーナを抱き寄せながらリオは肩を竦めた。
咎めるような口調ではあるが焦りや怒りといった感情の含みは感じられない。彼にとって今の出来事は容易に対処できる事例なのだろう。
それにしても不死身の彼の寿命が持たないとは何とも愉快な冗談である。
……などと思いはしたが、決して表に出すことはなく。クリスティーナは代わりに淡々と言い返してやる。
「指一本触れられることはないんでしょう?」
「確かにそうは言いましたが……。もしかして先程のやり取りを根に持っていらっしゃるんですか?」
「……さあ。間違いなく貴方への株は下がったけれど」
「根に持っていらっしゃるんですね。自分なりに親しみを込めているつもりなのですが、これは失敗でした」
一体どこからが冗談でどこからが本心なのやら。
先程とは打って変わった穏やかな笑みの裏を図りかねながらクリスティーナは魔物の死骸から離れるように歩き始める。
リオはナイフに付着した血液をハンカチで拭ってから懐へしまった。
不死身の彼の体にはもちろん傷一つ残らない。
それどころか魔物に食い散らかされてぼろぼろになっていた彼の衣服はいつの間にかすっかり綺麗な姿を取り戻しており、先程の凄惨な状況を作り出した本人とは思えない程の清潔感を漂わせていた。
聞けば、公爵家から特別に支給されたオーダーメイドの制服らしく、服飾に使用された材料に魔法が掛けられている特別品だとか。間違いなく一級品であり、貴族でもおいそれと手を伸ばせるような代物ではないだろう。
しかしクリスティーナの衣服には一切そういった施しがない為、こちらは血みどろのままである。
その差に文句を付けながら歩いているとクリスティーナやリオの名前を呼ぶ声が離れた場所から聞こえてくる。
「貴方以上に役に立たない騎士も見つかりそうね」
「はは、手厳しい評価ですね」
「正当な評価だわ。私の身を守る為につけられたのにも関わらず、こちらが襲われている間一切役に立たなかったのだから」
「あまりきつく言うと泣いてしまうかもしれませんよ。……それよりも前に卒倒されそうですが」
返り血だらけのクリスティーナの姿を改めてまじまじと眺めながらリオが指摘する。
外傷は一切ないのだが、はたから見れば酷い有様であり怪我を負っていないと言われても納得させるのは難しいかもしれない。
そもそも自分と逸れている間に主人が血だらけになるような危機的状況が起こっていたという事実だけで職務放棄として咎められるには十分であることを考えれば、卒倒するという言葉も大袈裟とは言い切れない節がある。
「職務放棄した上に倒れられたら、本当にお荷物だわ。解雇しましょう」
「俺は別に構いませんが、一人公爵家へ戻された彼は路頭に迷うことになりそうですね」
「…………面倒だわ」
家を出て一週間程。既に波乱万丈な旅の行く先を思いやられながら、クリスティーナは今日一番のため息を吐いた。
クリスティーナは短い詠唱を口にしようと身構える。
しかし彼女はすぐにその緊張を解いた。
紡がれない詠唱。勿論魔法は発動しない。
その代わりに、魔物の首を掻っ切る銀色の軌道が彼女の瞳に映った。
「お嬢様、せめて自衛くらいはしてくださらないと。俺の寿命が持ちません」
どさりと魔物の倒れる音。
それから距離を離すようにクリスティーナを抱き寄せながらリオは肩を竦めた。
咎めるような口調ではあるが焦りや怒りといった感情の含みは感じられない。彼にとって今の出来事は容易に対処できる事例なのだろう。
それにしても不死身の彼の寿命が持たないとは何とも愉快な冗談である。
……などと思いはしたが、決して表に出すことはなく。クリスティーナは代わりに淡々と言い返してやる。
「指一本触れられることはないんでしょう?」
「確かにそうは言いましたが……。もしかして先程のやり取りを根に持っていらっしゃるんですか?」
「……さあ。間違いなく貴方への株は下がったけれど」
「根に持っていらっしゃるんですね。自分なりに親しみを込めているつもりなのですが、これは失敗でした」
一体どこからが冗談でどこからが本心なのやら。
先程とは打って変わった穏やかな笑みの裏を図りかねながらクリスティーナは魔物の死骸から離れるように歩き始める。
リオはナイフに付着した血液をハンカチで拭ってから懐へしまった。
不死身の彼の体にはもちろん傷一つ残らない。
それどころか魔物に食い散らかされてぼろぼろになっていた彼の衣服はいつの間にかすっかり綺麗な姿を取り戻しており、先程の凄惨な状況を作り出した本人とは思えない程の清潔感を漂わせていた。
聞けば、公爵家から特別に支給されたオーダーメイドの制服らしく、服飾に使用された材料に魔法が掛けられている特別品だとか。間違いなく一級品であり、貴族でもおいそれと手を伸ばせるような代物ではないだろう。
しかしクリスティーナの衣服には一切そういった施しがない為、こちらは血みどろのままである。
その差に文句を付けながら歩いているとクリスティーナやリオの名前を呼ぶ声が離れた場所から聞こえてくる。
「貴方以上に役に立たない騎士も見つかりそうね」
「はは、手厳しい評価ですね」
「正当な評価だわ。私の身を守る為につけられたのにも関わらず、こちらが襲われている間一切役に立たなかったのだから」
「あまりきつく言うと泣いてしまうかもしれませんよ。……それよりも前に卒倒されそうですが」
返り血だらけのクリスティーナの姿を改めてまじまじと眺めながらリオが指摘する。
外傷は一切ないのだが、はたから見れば酷い有様であり怪我を負っていないと言われても納得させるのは難しいかもしれない。
そもそも自分と逸れている間に主人が血だらけになるような危機的状況が起こっていたという事実だけで職務放棄として咎められるには十分であることを考えれば、卒倒するという言葉も大袈裟とは言い切れない節がある。
「職務放棄した上に倒れられたら、本当にお荷物だわ。解雇しましょう」
「俺は別に構いませんが、一人公爵家へ戻された彼は路頭に迷うことになりそうですね」
「…………面倒だわ」
家を出て一週間程。既に波乱万丈な旅の行く先を思いやられながら、クリスティーナは今日一番のため息を吐いた。
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