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プロローグ―国境沿いにて 『旅の始まり』

3-1.偏屈令嬢と不敬な従者

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「思った通りね」

 リオの体が持ち去られた地点まで戻ってきたクリスティーナは足元を汚す血溜まりを見て呟く。
 血肉が飛び散る凄惨な現場の中央には致死量を超える血液が広がっており、そこを起点として何かを引きずった跡や血痕、魔物のものとみられる足跡が続いていた。
 十中八九、リオの体を運ぶ際に出来た痕跡だろう。

 クリスティーナは追いかけてくださいと言わんばかりに森の奥へ続く痕跡を辿って進む。
 馬車道を外れているからか、人気が一切ない森の中は日中であっても独特の不気味な雰囲気を醸し出している。
 速足で進むこと数分、クリスティーナは前方に見える獣の姿と濃くなった血の匂いに気付いて近くの木陰へ身を潜めた。

「思ったよりも近かったわね」
「余程腹を空かせていたのでしょう。しかし巣窟まで続いていなかったのは好都合ですね」

 リオの言葉にクリスティーナは無言で同意する。
 種類にもよるが、魔物は狭い洞窟の中を好んで巣を作る傾向がある。もし洞窟の中まで足を踏み入れる必要があったのだとすれば身を隠して相手の様子を窺うことも難しい上に、運が悪ければ先陣より後から帰ってきた魔物に背後を取られて不利な戦況へ陥っていたかもしれない。

 木陰という死角を利用しながらクリスティーナは魔物の群れへ近づく。そしてはっきりと状況が把握できる程に接近をしてから冷静に観察を始めた。
 数は五。その中央には無残に食い散らかされた首無しの体が転がっており、未だ魔物達の餌食となっている。
 実にグロテスクな絵面であり、目を逸らしたくなるような惨状だ。

「いくら空腹と言え、魔物の胃袋も底なしではありません。気が済むまで待つというのも手ではありますが」
「……いいえ」

 リオの提案も一理ある。彼の頭が体の近くにあるということは普段と状態が異なるとはいえ視覚と聴覚が存在するということだ。彼の実力であれば得られる情報が客観的な視点からのもののみであったとしても難なく反撃できるだろう。
 魔物が満腹となり餌に対する興味を失いさえすればリオの不死身の体は急速に再生する為、魔物の不意を衝くことも容易となり、彼の体の奪還成功率も上昇することだろう。
 しかし、その手段にはいくつかの問題があった。

「痛覚」
「はい?」
「……先に意を唱えたのは貴方だったはずよ」

 痛覚があるのであれば今こうして話している間にも体を貪られている彼は痛みを感じているはずだ。先の会話からその考えに至るのは実に簡単であり、当たり前のことである。
 しかしリオにとっては予想外の返答だったのか、彼は珍しく鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする。
 そして暫し驚いた後に喉(実際には噛み千切られているが)の奥で笑い始めた。

「はは、確かにそうでした。これは失礼……ふふ」
「……それに、時間が経つにつれて数が増えるかもしれないわ。手早く片付けてこの場を去るのが最良と考えたまでよ」
「最良……く、確かに、そうでありますね。俺も最良だと思います……ふ、ははっ」

 現在の魔物の数であればクリスティーナでも対処が出来る程度の勢力ではあるが、このまま放っておけば血の匂いにつられた魔物が更に群がることも考えられる。
 そう、つまりは正しい選択なのだ……と後付けの理由を言い訳がましく述べてはみるがリオの笑いは止まるどころか余計に悪化してしまったらしい。今の彼に体が存在していたのであれば間違いなく肩を震わせていただろう。

 主人を堂々と笑い者にするとは度し難い。本来であれば首でも落としてやろうと考えるところではあるものの、残念なことに彼の首は既に落ちてしまっている為にそれを行動に移せないことが実に惜しい。
 いっそのこと、未だ抱えている生首をこの場で投げ捨ててやろうかとクリスティーナが考え始めた時、ふと複数の視線が自分へ注がれていることに気付く。
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