雨音ラプソディア

月影砂門

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第六番 〜七色の交響曲《アルコバレーノ・シンフォニー》〜

第五楽章〜浮遊劇場のオペラ

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 鬼ごっこが終わり、リビングに戻ると甘いものを寄越せと言わんばかりの顔をする兄貴と砂歌さん。寄越せとは思っていないだろうが。


 「ほれ、お前が食いたいって言ってたタルト?買ってきたぜ」

 「・・・ヴェ、ヴェーダが?」

 
 甘い香りを漂わせるケーキの箱とヴェーダさんを交互に見ながら呟く兄貴。確かに意外すぎる。もちろん黎と砂歌さんの分も買ってある。さらに大誠さんが和菓子のオールスターズが入った紙袋を置いた。


 「和菓子もなんかいつもと違う・・・」

 「霧乃堂でカフェをオープンすることになってな。そのメニューの試作品だ」

 
 持ち帰りも可能なメニュー。美味しそうな四つのタルトと客に出す予定の試作品四つが目の前に。もはや二人の買ってきた理由とか持ってきた理由とか聞いてないはず。夕陽のような琥珀色の瞳をキラキラさせてどれから食べようかと悩んでいるようだ。
 ようやく一番最初に食べるものが決まったらしい。試作品とはいえ食べたことがある和菓子から手をつけた。めちゃくちゃ幸せそうな顔をした。


 「美味いか?」

 「うん。しつこくない甘さと舌触りのいいなめらかなこし餡に手作りのそれ自体が美味しいお餅の最強コンビ。餡子と餅の比率も最高。緑茶との相性もバッチリ。大好きないつも美味しい霧乃堂のお饅頭」


 食レポ。とにかく美味しいとのことだ。試作品だからこれでいいんだろうな。大誠さんも満足そうにしてるし。


 「カフェするならウェイターやるよ?」


 ウインクでバイトやるよ?と告げる兄貴。オープン前から。大誠さんはキッチンスタッフもするんだろうしな。


 「大兄たいにいと要相談だな」

 
 大兄とは、大誠さんのお兄さん。最近修行から帰ってきて店を継ぐことになった人。名は大志たいしさん。カフェをオープンしようと言ったのも勿論彼。ちなみに、大誠さんの弟は俺たちの先輩。世間って本当に狭い。うちの学校は進学組とそのまま付属の大学に行く組と就職組と別れる。俺は今のところ付属大学に行く気でいる。猛勉強した大誠さんは、一年のうちから一番上のランクに行きたかったかららしい。ちなみに弟さんの名前は大樹たいきさん。俺と犀は自慢ではないがスポーツ推薦。


 「お次はタルト。メロンタルトだ。こっちはベリータルト。こっちは生ショコラケーキのタルト。こっちはショートケーキのタルト。本当にタルトの上にケーキが・・・」

 「タルトというかパイ生地らしいけどな」

 「パイ生地のタルトか。好きそうだな」


 黎と砂歌さんも目をキラキラさせながら頬張っている。兄貴がこんなに甘党とは聞いてない。和菓子好きとは知ってたけど。


 「この香りのお風呂で寝れそう」

 「やめとけ」

 
 ケーキの香りが充満している浴室でリラックスしてる兄貴。イメージしたくないのは俺だけか


 「なぁ琥珀、髪ふわっふわだな・・・ドライヤーしたんだよな?風呂上がり」

 「・・・」


 拗ねた。兄貴が拗ねた。ヴェーダさん、それは触れちゃいけない。拗ねる兄貴を大誠さんが宥める羽目になるんだからな。


 「ヘアーアイロンもしたとも。髪をまとめるっていうスプレーもしたさ」

 「あ、お兄ちゃん」

 「ん?」


 黎が後ろに回り、兄貴の髪に触れたと思ったらヘアアレンジを始めた。妹が兄の髪をいじる構図である。何がしたいのかと思ったら、ピンやらなんやら持ってきてハーフアップにした。


 「おぉ、いいんじゃね?」

 「男のハーフアップってと思ったら」

 「イケメンに合わない髪型なんてないのよ」


 恋が凄い暴論を披露してきた。そうな理論あるか?


 「ことは」

 「どうしたの?」

 「ピンは武器になるんだぞ」

 「おぉ、ピンを武器にするお兄ちゃん。かっこいい」


 戦闘中に刺さったらヤバいな。でもピンはまとめるためのものだったらしく外した。


 「梅雨本当にえらいことになるんだな」

 「毎日こんな髪の毛いじってる時間ねぇだろ」

 「髪を整えるのに1時間かけてる兄貴によく言えるな・・・」


 それはさすがに大誠さんも知らなかったのか。どんなに寝坊したとしてもその状況には必ず出くわす。


 「光紀くんは直毛なの?」

 「えぇ、まあ・・・」


 若干くせっ毛なのは多分俺と黎と兄貴と暁だけだ。ハーフアップになって毛が整ったように見える兄貴は満足そうにありがとうと言った。


 「コスチュームを纏ったらその髪になるように設定すればいいのではないか?」

 「お姉ちゃんもそうしているものね」

 「あ、そうか。戦ってる時にヘアアレンジやってらんねぇもんな」


 戦闘中に髪の毛をいじってる砂歌さんをイメージしてみた。シュールだな。やってるうちに倒されそう。


 「傷んでいるわけではないのだね」

 「くせっ毛の猫毛・・・」

 「くせっ毛って誰の遺伝子だ。焔もだよな」

 「くせっ毛と猫毛の二乗」


 どっちもだった。親父はあまり分からないが、母ちゃんはふわふわと長髪がカールしてる。母ちゃんも髪と格闘してる。俺は気にしない。すぐに髪を切るからだ。なぜ切らないのか分からない


 「なんか柑橘系の匂いがする」

 「スプレーの香りだよ」

 「女子用ですね」


 恋が苦笑してると思ってたら、黎が女子用のスプレーを使ってたからか。相手は男よと思いつつ黙っていたと


 「コスチュームも変える予定だったから丁度いいや」

 「白いパーカーはもう着れねぇな」

 「バレッバレだからな」

 
 特徴が白いパーカーの青年は少し情報量としては乏しいと思うのは俺だけか。そんな服装の男性は山ほどいる。ただ、戦闘になったら別だ。実際兄貴のことを調べ尽くせたのかは不明だ。
 

 「ふと思うんだけどよ。遠距離攻撃派の琥珀と恋って平地でどうするんだ?」

 「恋はナトリのとき普通に平地でやってたじゃねぇか」

 「木がないだけでやることは同じよ。琥珀さんは攻撃と別の役割と体力の問題があるから平地でほとんどしないだけ」


 恋が地味に毒を吐いた。体力の問題。俺たちにとっても最大の関門。それ以前に、俺たちが全員の動きの把握を全然していないという悩みの種が兄貴にはある。海景くんが参加してくれたお陰でかなりカバー出来ているとはいえ、敵が増えれば二人の目では足りない。特に兄貴は360度も見渡せるほど視界が広くないわけで。


 「平地でろくに戦えない参謀とかはっきり言っていらないよ」

 「あ、兄貴?」

 「すげぇこと言ったな」

 「珍しいな」


 体力云々の前に戦えなくてはならない。参謀って結構裏方でそもそも戦わない方が多い気がする。


 「黄玉さんもヨハンナ様もエルデもこれまでの土使いの守聖はみんなそう」


 発作が起きようが、過呼吸になろうが、高熱や頭痛で倒れそうになろうが戦場の全てを把握し体を引き摺って戦う。そこが平地だろうと、海だろうと、森だろうと、環境に左右されることなく戦い続ける。土の守聖はほとんどが心臓疾患だった。それでも仲間たちを守るために勝利のために体を引き摺った。動き回れないなら、動き回らない戦い方を選べばいい。


 「マテリアルが消耗して疲労したなら甘いものを食べればいいんだから」

 「それはつまり・・・毎回戦闘後甘いものをくれっていう」

 「俺は毎回ケーキを持ってくることに・・・」

 
 経済的に二人ともなんの問題もないはずだ。つべこべ言わず持ってきてあげてくれ、と他人事のように言う俺と犀。


 「ところで黎ちゃんとシャロンさまと暁以外に聴きたいんだけど」

 「どうした?」

 「兄貴を若干怒らせるようなことした覚えねぇぞ?」

 「いつになったらスキルを身につけてくれるのかな?鬼ごっこのとき修行の成果がまーったく見えなかったんだけど」


 背後に鬼が出現。笑いながらさらにケーキを食べながら言う。ただものすごく怖い。暁とヴェーダさんまで顔を引き攣らせている。


 「僕がスキルのこと話したってことは、身に付けとけよって意味しかないよね?ね?特に大誠」

 「お、おぉ」

 
 今まで一緒に戦ってきて大体兄貴の意図するところを察することができるようになってきたはずの俺たち。ヨハンナ様の話の後、意味もなくスキルの話をすると思ったのかと言いたいわけだ。兄貴は。


 「まぁ、身に付けていないならないで」


 兄貴はシンボルから何かを取りだした。本が何冊か出てきた


 「一人一冊、全て暗記しなさい」


 分厚く読めない文字で書かれた表紙。ページ数はおよそ600ページ。ペナルティが酷すぎやしないか?


 「これまでの守聖が使ってきた真言の方程式。スキルの発動方法。スキルを使った真言。真言使いの叡智が詰まった一冊」


 恋、光紀、大誠さん、海景くんがページをめくり始めた。普段から本を読む四人にとっては、百科事典の中身を暗記するかのようないっそ拷問とも言えるペナルティが苦にならないというのか。紙はとにかく薄い。字は小さいし。魔法陣みたいなやつが書いてあるけど意味がわからない。


 「まあでも、スキルはともかく真言の方程式は自分で開発すればいいんだけど・・・」


 ボソッとモナカを食べながら呟く兄貴。ヴェーダさんが睨み付けた。こんなもの読ませるんじゃねぇよと言わんばかりの顔だ。こんなものってなんだと言いたげな顔を見せる兄貴。目だけで喧嘩しないで欲しい。


 「スキルの発動の仕方教えろや」

 「ヴェーダ・・・それが人に物を頼む態度か」

 「だって考えてみろよ。コイツは俺たちが覚える予定の内容全部頭の中に入ってんだろ?」

 「情報の取捨選択をしろって話だろ」

 「最初のページに覚えたい真言の形式があれば検索してくださいって書いてあるじゃないですか」


 『検索する時はアーカイブ真言に接続をし入力してください』とちゃんと書かれてあった。もうやる気がなくてペラペラ捲っていた俺やヴェーダさんは見逃し、普段本は読まないが辞書は引ける犀もその通りにやっていた。しかもメモまでとるという。


 「本に検索用真言を貼り付けてみたんだけど改善点とかあったら言ってね」

 「今のところ不便なところはねぇな」

 「出来れば光聖語でお願いしたいのですが」

 「おっと、文字の変換機能を付けるのを忘れていたようだね」


 さっさと変換機能を足してくれた。俺としても有難い。読めなくはないけど。というか、そんな真言を予め貼り付けてくれていた兄貴の機転がすごい。


 「真言の勉強会が始まるとはな」

 「お兄ちゃんは読まないのかい?」

 「覚えてんだろ」

 「覚えてはいる。今は覚えた真言を頭の中で整理してシュミレーションをしているところだよ」


 ケーキを食べながらそんなことを考えていたのか。一つの脳でどんだけ考えられるんだ。考えながら手を動かし文字を書くこともひとつの脳でやっているのだから出来るよとか言ってきた。


 「あとはタオリアスとの戦いをどうしようかと考えているところだよ」

 「確かに。タオリアスのアジトだけを攻めるのか?それともそのほかのアジトもやるのか?」

 「そのほかのアジトもやる。いいタイミングでアンチ界の四神が首都に揃ってくれるみたいだからね」


 サラッととんでもない事を言わなかったか?幹部レベルというか幹部が残り三人も首都に来るというのだ。そんなもの一気に片付けられるものなのか?


 「その四神?は一気に片付けられることを察していないのですか?」

 「そんな大胆なことするか?」

 「この国から逃げるための艇に乗るために来るんだよ」


 急に国内に入ることが出来なくなったため、飛空艇の製造を急ピッチで進めた。もう出来てしまったのか。そしてその製造班のリーダーがアンチではないがレクイム教団に所属しているというミカオ。そのミカオの真言で造った飛空艇なので、国外に逃げることも可能だと考えたわけだ


 「ただ、そのミカオは俺と暁で捕えた」

 「そうだね。ところで、ミカオはなにか吐いたの?」

 「いいや。吐くどころじゃねぇ」

 「ちょっと状況が悪い方に行っちまって」


 暁とヴェーダさんが頭を搔きながら言った。王の耳が届く刑務所だ。その看守が何か出来るはずはない。


 「喉を潰した」

 「徹底されてるみたいだね」

 「喉に刻印されてたからそれを剥がそうとしたんだけどめちゃくちゃ暴れやがるし」

 「無理に剥がすのは止めた方がいいね。ミカオに情報を聞き出すのは無理そうだね」


 そんなことになってたのか。兄貴、ちょっと関わり過ぎだな


 「そのタオリアスたちって強いのか?」

 「強いし防御力にとにかく長けてる。防御力が高いタイプは、その硬さを過信している節がある。そこが弱みだね」


 それはヴェーダさんのことか?そうではないと兄貴が否定した。ヴェーダさんは何だかんだで謙虚なところがあるとのことだ。


 「スキルも身につけていない状態でここまで勝ててきた時点で焔たち全員の実力の高さは確かだ。でも、これからはそうはいかない」

 「だから覚えさせようと」

 「もうちょっと分かりやすく言っておいて欲しかった」

 「まぁ、そうだね。決戦の日は設定してある。それまでに完全とまでは言わないけど身につけてほしい」


 了解と全員頷いた。決戦の日は6月13日。この日に決めたことだって意味があるのだと兄貴は笑った。


 「わたしはどうすればいいの?」

 「黎と姉貴とオレは具体的なスキルの話なかったもんな」

 「黎ちゃんも暁もシャロンさまも戦場に立った瞬間に発動するスキルがある」


 黎はそこにいるだけで俺たちの全ステータスを底上げする力がある。暁はそこにいるだけで敵のマテリアルの放出を抑える力がある。砂歌さんはそこにいるだけで俺たちの真言を強化し、敵の真言を弱体化する力がある。始まりの真言使いたちを受け継ぐ者というか本家の力はさらに強い。黎と暁のことだ。暁に関してはカンタータとファディアの力が使えるわけで。覚える必要が無いのだ。立った瞬間に発動されるから。俺たちもそうだったら覚える必要もなかったのにな


 「そして6月13日は、光聖国にいるアンチを除く真言使いの力を強化することができる。アンチは漏れなくさらに弱体化。シャロンさまの力プラス初代の力が付与されるわけだ」

 「凄まじいな」

 「お母さんと何か関係があるのかい?」

 「お誕生日だよ」


 4年周期でシンフォディアの力が強くなる日が来る。それが誕生日。エルデも何だかんだでその日を選んで戦っている


 「と、思うよね。当時アンチとかないんだよ。だから強化とか弱体化とか付与されるスキルもなかった。光と闇の対立が始まったのはヨハンナ様が没してからだ」

 「しかし今は暗黒もアンチだから効くのだろう?」

 「えぇ、もちろん。ちなみにジェードが出てくるのは6月20日です」


 ショートケーキタルトを食べる兄貴以外が固まった。ちなみにが一番大事な話なのでは?黎の母親の誕生日の一週間後にジェードが動き出す。


 「シンフォディアたちとノクタノディアとの戦いが勃発したのは6月20日。焔と犀と黎ちゃんが初めてであった日も6月20日。剣術の大会でシャロンさまの前に現れた日も、その後攫った日も、レクイム教団に入団した日も、ジェードの祖父がスピリト国を建国した日も全部6月20日」


 暗黒たちが動き出すのはいつも決まった日だったのか。黎の母親フィオーレ=ハルフェフォリアさんの恩恵の日とは違い周期ごとに起こすわけではない。何もする必要がなければ起こさないだけのこと。ただ、その6月20日までにジェードは着々と準備を進めていく。


 「13日に倒す予定の四神とジェードでいえば四神でも順位が違うとはいえ、タオリアスたちの方が強い」

 「だから13日に設定したんだな」

 「なるほど。タオリアスたちを引き摺り出してもう倒してしまえば国内は一旦平穏が保たれますからね」


 保たれるのかは分からないが、その四人とアマノが消えるだけでかなり状況は変わるだろう。艇で逃げることも阻止しつつ。ジェードより強いとかマジか


 「弱体化するとまぁ、ナトリくらいの強さにはなるはず」

 「だいぶ弱くなるんだな」

 「強さはどれくらいなんだ?」

 「アンチ界の玄武ノストリアはナトリ覚醒レベル。青龍のタオリアス、朱雀のサスアレス、ウェスハリスはナトリ通常時レベル」


 強さの順で言うと、ノストリア>ウェスハリス>サスアレス>タオリアス。タオリアスとサスアレスの前にミカオがいたがその男は既に倒されているため排除。タオリアスのめちゃくちゃ後ろにアマノ。


 「ぶっちゃけ僕としてはナトリが強いのかよく分からないんだけど・・・」

 「あのブチ切れ状態を維持出来たらノストリアとか余裕だろ」

 「ヴェーダ超えられてるらしいしな」

 「んじゃあよ、アレだろ。当日は琥珀がノストリアを倒すってことか?」

 「悪いんだけど蛇と水っていう僕の最大の弱点のハイブリッドがノストリアだから、暁かヴェーダかどっちかにお願いするよ」


 軟体類に蛇は含まれるのだろうか。それともカエルとかヤモリとかと同じ括りなのか?あと兄貴は泳げないので水の中で息ができない。


 「ん?なんで蛇になるんだ?」

 「アマノがタオリアスたちを改造したせいでこうなった」


 タオリアスはくすんだ青い龍。ノストリアはそのまま亀と蛇が合体した玄武。サスアレスは赤黒い朱雀。ウェスハリスが灰色の虎


 「蛇になるというか、タオリアスなら硬い鱗で身体中を覆った姿になったり。ノストリアは髪と腕が蛇になるっていう」


 それは蛇じゃなくて触手では?というかそれミヤマの上位互換ではないのかと思う俺はおかしいのか。


 「四神と言っているとおり、彼らは四神と同じ属性の真言使い。タオリアスは木属性。ノストリアは水属性。サスアレスは火属性。ウェスハリスは金属性。攻撃力はサスアレス。スピードはウェスハリス。防御力はタオリアス。真言使いとしての強さならノストリア。当日希望の相手と戦える保証は全くない」


 最大の弱点だと言っているノストリアが兄貴に当たる場合もある。スピードに劣るヴェーダさんにウェスハリスが当たる可能性もある。黎と砂歌さんはサポートに徹することになるはずなので、戦闘には参加しない。もしくは兄貴により別のことを頼まれる可能性がある。この国にいるだけで効果を付与されるのだから、動こうが寝てようが問題ないわけだ。当日、兄貴は自分で作った宝石たちで俺たちの補助もしてくれるという。ヴェーダさんなら琥珀石。防御力に難ありの犀&恋コンビにはダイヤモンドだろうか。


 「みんなに全部支給するとも。それがこれ。失くすなよ?」

 「お、おぉ」

 「ブレスレット?」

 
 ブレスレットよりも頑丈そうな腕輪。それぞれ効果がありそうな宝石が埋め込まれた一応シルバーアクセサリーだ。ジュリエットという悲劇のヒロインと同じ名前の宝石職人と、心時という鍛治職人により作られたもはや防具。


 「今までは質屋に行ったら高値で売れそうな宝石を割りまくっていたけれどその必要は無い」

 「お前割りながらそんなこと考えてたのか」

 
 光紀が繰り出す金がお金に見えていたなんて言えない。


 「13日のために我ながらドン引きするほど裏で手回しして来たんだ。アジトから外に出た瞬間発動する固有結界を細工してみたりとか。ねぇ、海景くんとヴェーダ」

 「大変でしたね・・・」

 「結界って難しいんだな・・・」

 
 三人で固有結界内にワープするようなトラップをアジトの手前に仕掛けたという。その様子がバレないように大誠さんと黎によって作られたミストをふりかけた。さらに真言の発動を悟られないように暁と砂歌さんが気配を消した。これまではカトールとかフェルマータとかを頼っていたが、ようやく仲間たちを頼るようになったわけか。


 「まぁオレたちが琥珀に計画言えやって脅しただけなんだけどな」

 「何やってんだよ」

 「自発的に頼ったわけじゃなかったのね」


 は、はいと縮こまりながら計画を言う兄貴をイメージしてみた。可哀想になった。


 「ただ当日、四人だけが来るとは思わないことだ。当然部下を連れてくるよ。それと・・・」

 「なんだ?」

 「役割分担をしよう」

 「役割分担?保証はねぇんだよな?」

 「理想通りにしないとは言っていないからね」


 何言ってんだという顔になる俺たち。理想通りになるとは限らないのに、理想通りにするってどういう事だ。


 「当日一箇所に集めるからね」

 「そういう結界だったんですね」

 「そう。海景くんとヴェーダが作ってくれた結界、あれは一般人には見えない浮遊砲撃要塞」

 
 ますます何言ってるのか分からない。砲撃要塞ってまずなんだ。なんでそんなもの作った


 「飛空艇を撃ち落とすためだ」

 「わぁ~空中戦」

 「ってことは、その砲撃をするのが琥珀だな」

 「それは・・・海景くんにやってもらう」

 「えっ!?」


 急に役を振られた海景くんが聞いたこともないような声を上げた。そりゃ驚くな。曰く、海景くんの広範囲に渡る視界が必要なのだという。あとは百発百中の腕があるから。


 「その浮遊要塞の操縦なんだけど」

 「クロヤに操縦士。シロヤに副操縦士をさせますね。あと救護班も呼んでおきます」

 「そりゃ助かるぜ。でもよ、地上じゃないのにフィオーレさまの力の恩恵って受けられるのか?」

 「結界内だから」


 国境まで張られた結界。それにより範囲は狭めてあるが、狭められた分凝縮されるらしい。つまり光属性の真言使い全員に恩恵を与える可能性もあるわけだ。


 「ちなみに、シャロンさまがいるから13日結界の力がさらに強くなるんだよ」

 「シンフォディアだからか。すげぇんだな」

 「調律真言使いたちってすごいのね」

 「凄いどころじゃねぇ・・・」

 「お母さんが強くなるから、黎ちゃんの力が倍になるよ。母の寵愛は強い」


 うん、頑張ると頷く黎。お母さんが見守り、お姉ちゃんは守りを強化してくれる。初めての友だちで、実は双子の兄だった暁は単身で戦うとは思うけど。ジェードのときもそうだし


 「黎ちゃんはお姉ちゃんと一緒に要塞の深奥にいてくれ」

 「深奥、どんな要塞なのかな・・・」

 「楽しみだ。見えはしないが想像は出来るからな」


 そんな要塞を張った覚えがないヴェーダさんは首を傾げている。


 「ふっふっふっ、土の真言使いは・・・健康と引き換えに膨大なマテリアルの器を得ることが出来たのさ」


 一番引き換えにしちゃいけない所を引き換えにしたな。体力消耗するのに、マテリアルの器だけデカくしてどうするんだよ。そのため、多分巨大なんであろう浮遊要塞を作ることが出来たのだろうけど。早く見たい


 「万全でも崩すことあるのか?」

 「あるね。それでも僕の思考回路は回り続けるよ」


 そこが怖いというかなんというか。万全でも崩すのかよ


 「そこは、僕が誇るホムンクルスの一人翠にお任せを」

 「落ち着かせてくれるっていう子だよね。ところで、その子って寝る時も落ち着かせてくれるのかな?」

 「はい。そうですが」

 「ん、落ち着いてねぇのか?そういえば魘されてたな。悪夢でも見てたのか?」

 「夢を見た覚えはないね。ただ、心臓はバクバクする。ストレスによる不整脈が寝ている時に起きると困る」


 悪夢に覚えはないが、寝ている最中心臓がバクバクして起きることがある。暁がいた時は起きなかったのでマシだったのかな


 「焔を起こしに行こうとした時に心拍数振り切ったけどね」

 「俺最近ちゃんと起きてるぞ!?」

 「うん、知ってる。最近は本当にちゃんと黎ちゃんたちに言われた通り寝てるよ。ただ寝苦しいんだ。安らかな睡眠というものをしてみたいんだけども、翠ちゃんの力借りられないかな?」

 「なにそれバイタルチェックしたい」


 もちろんですと言うと思ったら、バイタルチェックしたいと返ってきた。安らかな睡眠をした事がないということか?俺毎日安らかな睡眠なのにか。兄貴だから睡眠中に読書をしているのかと思ったが、悪夢のせいだったのか?


 「そうだ。翠お手製のアロマを焚きますか?」

 「優しい香りがしそうだね」


 これで兄貴の睡眠不足は解消できるだろうか。出来て欲しい。それが原因で自律神経が整わず不整脈が起きている可能性もあると言っているし。ストレスももっといけない。


 「気がついたら寝ていた、なんて報告も聞きますから」

 「麻酔じゃないよね?」

 「睡眠薬じゃねぇのかそれ」


 光紀と大誠さんが突っ込んだ。睡眠薬か麻酔かのどちらかではと思えてならない。


 「お兄ちゃんが元気になるならいいね」

 「そうだな。ところで、わたしは何をすればいいのだろうか」

 「そういや、途中だったな」

 「シャロンさまは固有結界の維持をお任せします。ついでに光力の強化もして下さるとありがたいのですが」

 「任せろ」


 頼もしすぎる王さまの返事に兄貴も満足そうだ。砂歌さんに出来ないわけないんだよ。


 「まずそうだね。タオリアスは焔、大誠、光紀くんに任せる」
 
 「守聖かと思ったんだけど・・・」

  「犀と恋ちゃんはウェスハリスをお願い」

 「オーケー!」

 「わかりました」


 守聖で別れるんだな。


 「暁はサスアレス」

 「了解」


 暁はその気になればなんだって使えるある意味万能タイプだからな。


 「ヴェーダは、ノストリアね」

 「わかった」

 「お前は?」

 「四神とは別の何かが引っ掛かりそうな予感がしている。カトール、どうかした?」

 
 急に念話が届いたのか、会話を始めた。兄貴の顔が険しい。光紀が淹れた紅茶を凝視している。多分紅茶を見ている訳では無いんだろう


 「予想通りだ。13日になる前に分かってよかった。ありがとう」


 念話が切れると、考えること多すぎるからか吐息を漏らす。


 「光紀くん、恋ちゃん、遠距離からの攻撃を頼みたいんだけどいいかな」

 「分かりました」

 「了解です」 


 兄貴がウェスハリスの相手をすることになった。これで完全に兄貴が司令してくれることはなくなってしまったわけか。少し不安だが、ジェード戦のときはさらに厳しくなるかもしれないのだ。


 「ジェードはまぁ、これまでの敵とは勝手が違うからね」

 「そうなのか?」

 「おいおい話すよ。まずは目の前の敵を優先しないとね」

 「そうだな」

 「国内の敵を何とかしないとみんな不安になってしまうものね」


 こうして、役割分担の話は終わった。今回の戦いは今までとはおそらく違う。自分たちで考えて動かなければならない可能性が高いのだから
 俺たちは、その日までにスキルの使い方を大体理解しそれなりに使えるようになるまで鍛錬することにしたのだった。


 
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